第9話 無数の死の記録
映像の中の「俺」は、懐中電灯を片手に廊下を巡回している。すると突然、闇の中から人の形をした影が蠢き出し、「俺」に襲いかかる。短い悲鳴と共に映像は途切れた。
「ヒッ!!」
俺は恐怖で口を押さえながら後ろへ下がった。
どれくらい時間が経ったろう。頭が追いついて行かない。
「なんだこの映像は。」
理解できないまま、他にも無数のファイルがある。
俺は次々とファイルを開いた。
どれもこれも、俺によく似た男が、様々な状況で、様々な異形に遭遇し、無惨に殺される記録だった。ある映像では、ルクスに似た男が「俺」を突き飛ばして見殺しにしていた。また別の映像では、ミアそっくりの少女が、泣きながら「俺」の心臓をナイフで貫いていた。
それは、ありえたかもしれない、無数の「死の可能性」。
「理解してきたかね?」
背後から紳士ルクスの静かな声がした。
「ここは、かつて“存在してはならない人間”が捨てられた場所なんだ。死者は忘れられない記憶の残滓として封じられ、ビル自体がその“記録媒体”になっている。ここに記録された者は、永遠に死の瞬間を繰り返し続ける。」
ルクスの言葉が、目の前の悪夢を肯定する。俺は、この映像の一人に、まだ「死んでいないだけ」の存在になりつつあるのだ。
その時だった。
「リアは死んでなんかないッ!!」
今まで黙っていたミアが、絶叫と共にコンソールに駆け寄った。
「姉さんはここにいる! 私が…私が助け出すんだ!」
ミアは意味不明の文字列を凄まじい速度でキーボードに打ち込み始めた。モニターの映像が一斉に乱れ、砂嵐に変わる。
紳士ルクスは部屋を見渡す。
するとモニターに反応するかのように部屋の中が軋み始めた。
「おいおい。どうなってんだ?揺れが大きくなってくるぞ!」
俺は理由はわからないが、PCとこの部屋が繋がっていると確信した。
俺はミアに叫んだ。
「やめろ、ミア! それ以上はビルが崩壊するぞ!」
制止も虚しく、ミアは最後のリターンキーを叩きつけた。
瞬間、ビル全体が咆哮のような振動に包まれた。壁や床から、黒いタールのような液体が滲み出し、空間の歪みが激しくなっていく。ミアの左目の眼帯の隙間から、禍々しい青白い光が迸った。
「見つけた…リア…!」
ミアが歓喜の声を上げたのと同時に、俺の意識は急速に遠のいていった。歪む視界の最後に見たのは、こちらに手を伸ばすミアの、右目のターコイズブルーの瞳だった。
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