第19話

片山中学校・2年3組。

美術の授業中、クラスの後ろで雑誌を読んでいた少女――**白石 結花(しらいし・ゆか)*は、耳をそっと触っていた。


(……ピアス、開けたいな)


モデルのページでは、色とりどりのピアスが、光っている。

垢抜けたその姿に、自分を重ねてみる。


けれど、鏡に映るのは――丸顔、たるんだ目元、地味な制服。


「ねえ、あんたってピアス似合わなそう」


同じ班の女子が、何気なく言った言葉が、棘のように胸に残る。


---


結花の家は、母と二人暮らし。

母は看護師で、いつも疲れていた。


「勉強さえしてりゃいいの。変にオシャレなんかして、何の意味があるの」


中学に入ってから、一度だけ鏡の前でメイクをしてみた。

でも、母に見られて、化粧道具はすべてゴミ箱に捨てられた。


それ以来、**結花は自分の“可愛くなりたい”を心の奥にしまい込んだ**。


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その夜。

ネットで「ピアッサー」を検索しながら、結花はつぶやく。


「……痛くてもいいから、変わりたい。

少しでも、自分のこと、好きになりたい……」


その時、窓の外で草履の音がした。


「穴を開けることで、失うものもある。

されど――開けずに失っている“誇り”もあるのか」


着流し姿の剣豪、**宮本武蔵**が、月明かりの中に立っていた。


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「……誰?」


「名乗るほどの者ではない。されど、お主の“痛み”は、すでに聞こえておる」


「ピアスぐらい、自由でしょ? 悪いことなんか、してない!」


「いや。誰も責めてはおらぬ。拙者が問うておるのは――“何のために、変わりたいのか”」


結花は目を伏せた。


「……かわいくなりたい。誰かに振り向いてもらえるような自分になりたい。

でも、どれだけ頑張っても、誰にも見られてない気がする。

どうせ私なんか、って思ってる……けど、それでも、変わりたくて……」


武蔵は静かに頷く。


「“飾る”ことは、悪ではない。

だが、“飾らなければ認められぬ”と思う心こそが、闇の種となる」


「……じゃあ、どうすれば、自分を好きになれるの?」


武蔵は、結花の胸を指した。


「耳たぶに穴を開けるより、

まずは、己の心に“誇り”という名の穴を開けよ。

他人の目に映る美ではなく、己の声に耳を澄ませよ」


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次の日。

結花は、ピアッサーを買った。


だが――開けなかった。


代わりに、鏡の前で自分の顔をじっと見つめて、口に出した。


「私は、私をちゃんと見てる。だから、少しずつ好きになる」


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1週間後。


学校で、前髪を少しだけ短くしてきた結花に、クラスの男子がふとつぶやいた。


「……なんか、雰囲気変わった?」


結花は「そうかな」と笑って、鏡を見ずに教室を出た。


もう、誰かの言葉がすべてじゃない。


---


夕暮れの屋上にて。


武蔵は、風に揺れる木刀を背に語る。


「“穴”とは、飾るために開けるものにあらず。

己の中にある“願い”と向き合うために、空けるべきは――心の壁なり」


そして、空を見上げる。


「今日もまた一人、剣を持たぬ戦士が立ち上がったか」


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