第15話
片山中学校・2年3組。
昼前の5時間目、体育の時間。
今日はサッカー。
2チームに分かれて、6対6のゲームが始まろうとしていた。
**内村 創真(うちむら・そうま)**。
ボールを前にして、彼はすでに胃が痛かった。
小柄で、運動が苦手。とくに球技になると“空振り王”とあだ名されていた。
試合開始。
ボールが創真に転がってくる。
――が、足がもつれて転倒。
「マジかよ!」
「おい、パスすんなって言っただろーが!」
「またかよ、内村。もうベンチいけよ」
顔では笑ってごまかす。
でも、視界がにじむ。
(なんで俺ばっか、こんなに……)
その後も“トロい”“邪魔だ”と罵られ、とうとうボールを触ることも許されなくなった。
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放課後。
創真は体育倉庫の裏に、体育着のまましゃがみこんでいた。
(できない奴は、黙ってろってことか)
そのとき、背後から草履の音が響く。
「“走れぬ者”は、戦う資格がないと思うか?」
顔を上げると、そこに立っていたのは――着流し姿の剣豪、**宮本武蔵**。
「……何?誰?」
「名乗るほどの者ではない。されど、お主の戦いぶりは、確かに見届けた」
「戦い……? あんなの、ただの恥さらしやろ」
「違う。お主は、“逃げなかった”。それだけで十分、武士なり」
創真は、笑った。
「走るのも遅いし、蹴れへんし……どうせ俺なんか……。みんなの足引っ張って、悪者扱いや」
武蔵は静かに言った。
「武芸において、“早さ”とは確かに武器なり。
だが、**“最後まで立ち続ける者”こそ、真の勝者**である」
「でも、それじゃチームの勝ちにはならへん」
「勝ち負けが、全てか?」
その言葉に、創真ははっとした。
「お主の戦場は、あのサッカーコートではない。
“みんなと並べないこと”と戦っている――お主自身の心の中にこそ、真の敵がいる」
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翌週の体育。
創真は、黙ってピッチに立った。
走るのが遅くても、転んでも、声を出し続けた。
「ナイス!」「ドンマイ!」
すると、少しずつ、パスが回ってきた。
ひとりの上手な子が、ゴール前で創真に小さくつぶやいた。
「……内村、おまえ、意外と“声”出すんだな。悪くねぇわ」
創真は、頷いた。
ボールが来る。
ドリブルもできない。シュートなんて夢のまた夢。
でも――**しっかり止めて、横にパスを送った。**
それだけで、チームが前に進んだ。
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その夜。屋上にて。
宮本武蔵は、沈む夕日を背に独りつぶやいた。
「遅き者、鈍き者。されど、逃げぬ者。
そは誇るべき戦士なり。勝者とは、最後に立っていた者のことよ」
風が、木刀を鳴らした。
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