『もう一度、君と出会う春に』

@mittani

第1話終わりと始まり

会議室の蛍光灯が、疲れた目に突き刺さる。


「橘、この企画書やり直し。明日の朝一までな」

 上司の冷たい声が響く。時計は既に午後十一時を回っていた。

 三十歳。独身。彼女なし。

 毎日、会社と家を往復するだけの生活。

「はい、分かりました」

 機械的に返事をして、パソコンに向き直る。

 ふと、デスクの引き出しが目に入った。

 そこには、高校の卒業アルバムが入っている。

 なぜか今日、無性に見たくなって持ってきていた。

 周りに誰もいないことを確認して、そっと開く。

 笑顔の自分。親友たち。そして……。

「結衣……」

 呟いた名前は、十二年前に置いてきた想い。

 告白もできずに、ただ見ているだけだった女の子。

 今、彼女はどうしているだろう。

 幸せに、誰かと結婚しているだろうか。

「戻れるなら、戻りたいな……」

 独り言が、静かなオフィスに響く。

 あの頃に戻れたら、もっと素直になれたのに。

 もっと、青春を謳歌できたのに。

 そう思った瞬間、激しい眩暈に襲われた。

「うっ……」

 視界がぐるぐると回る。

 意識が遠のいていく。

 最後に見えたのは、アルバムの中の笑顔だった。

   *

「おい、橘! 起きろって!」

 誰かが肩を揺すっている。

 聞き覚えのある声。でも、もう何年も聞いていない声。

 ゆっくりと目を開けると、そこは見慣れた教室だった。

 いや、見慣れていたはずの教室。

「やっと起きたか。また保健室送りかと思ったぞ」

 目の前にいるのは、高校時代の親友・高橋翔太。

 でも、明らかに若い。十七歳の頃の姿だ。

「翔太……?」

「何だよ、寝ぼけてんのか? もうすぐ五時限目始まるぞ」

 混乱する頭で、周りを見渡す。

 

 教室、制服、黒板の日付。

 全てが、十二年前のあの日を示している。

 スマホを確認する。いや、ガラケーだった。

 日付は、二〇一二年四月十五日。

 高校二年生の、春。

「マジか……」

 小さく呟いた言葉は、新しい始まりの合図だった。

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