第4話:えがおのすこあ
雨上がりの放課後。
バド部の練習がはじまる頃、体育館の床にはまだ、ところどころ湿気が残っていた。
「足もと滑るから、気ぃつけてなー!」
部長の声が響くなか、晴はシャトルカゴを整えながら、ちらりと視線を送る。
——みこが、徠斗の隣にいた。
いつものように、徠斗が教えている。
フォームの確認。ラケットの握り方。シャトルの軌道。
近い。やっぱり、近い。
その距離に、心の奥がチクリと疼く。
ポニーテールを結びなおす指が、ほんの少し震えた。
---
「じゃあ、2人ずつでペア組んで、ゲーム形式いこか!」
練習メニューが発表されると、自然と組まれていくペアたち。
その流れで、みこと徠斗がペアになった。
「えっ、うち、らいとくんと……?」
「……よろしく」
その言葉だけで、胸が跳ねる。
コートに立ち、ネット越しに向かい合う相手は、晴と2年の上村先輩。
ゲーム開始の笛が鳴る。
---
みこは懸命だった。
うまく返せないサーブも、徠斗のフォローでどうにか持ちこたえる。
「タイミング、悪くなかった」
「へへっ、ありがとうっ」
少しずつ、笑顔が増えていく。
そして、セット後半。
「ナイスリターン、海湖」
徠斗が、みこにだけ見せた小さな、でも確かな笑顔。
心臓が跳ねる。熱が、ふわっと頬にのぼる。
――スコアには記録されない、特別な一点だった。
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その試合を、晴は見ていた。
プレイしながら、視線の端で、しっかりと。
(……あんな顔、うちのときは見せへんのに)
胸の奥に、じくじくとした痛み。
でもそれを笑顔に変えて、ゲーム後にタオルを渡す。
「みこちゃん、だいぶ良くなってきたなぁ!」
「ほんま!? やったぁ〜!」
――けど、本当は。
あの笑顔を引き出したのが徠斗やと思うと、心の奥が、ぐしゃっと音を立てそうだった。
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その日の帰り道。
雨上がりの空に、夕陽が差しこんでいた。
「今日の、あのスマッシュ……らいとくんの見てて、うちもできた気になったわ」
「できてた。おまえ、ちゃんと前より打ててる」
いつものように、淡々とした声。
でも、まっすぐな言葉。
「らいとくんってさ、やさしいんやね」
「やさしいって言われるの、あんまり得意じゃない」
「えっ……なんで?」
「……ちゃんと、強くなりたいから」
短い言葉の奥に、まだ知らない徠斗がいる気がして、みこは少しだけ心がざわついた。
---
その頃、晴は校舎の窓から、ふたりの帰る姿を見ていた。
言葉にできない感情が、ぐるぐると渦を巻く。
(どこまで行くん……? うちの知らんとこまで)
晴のスコアには、今日も勝利が記録された。
でも、その勝ち点が、ちっとも嬉しくない。
「……負けたく、ないのにな」
ポニーテールが、夕風に揺れていた。
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