14 ルーマー③ とんぼ返り

「まぁ折角せっかくだからセルフサービスの飲み物でも飲んでから、早めに出ようか?」

 カラオケの入力装置をもとの場所に戻したシャルに、ぼくは言った。

「わたしも一緒に行くわ。れてって」


 受付のカウンターから少し離れた場所に、ソフトドリンクやコーヒー、お湯をそそげる機械があって、そばにコップと数種類のティーバッグがたばになって置かれていた。

「シャルは何にする?」

「フフフ。やっぱり白湯さゆかな!」


 シャルは周囲を確認しながら、盗聴器とうちょうきがあればほのかに光るセンサーを機械周辺にかざした。反応が無いから、ここでの会話は誰かに聞かれることは無いだろう。

 ぼくはシャルの白湯と自分のオレンジジュースを注いだ後、小声でシャルにたずねた。

「他の部屋も盗聴されているのかな? だとすると、一体誰が? 何のために?」


 シャルはぼくの肩に乗っかって、耳元でささやくように答えた。

「実は、さっき横断歩道を渡ったあたりから、監視カメラの数がやけに多いと感じていたの。町の人たちが静かで活気かっきが無いのは、町中が監視の目にさらされているからじゃないのかな。犯罪を未然みぜんに防ぐためには仕方の無いことかも知れないけど。


 町の治安を守るがわにとって、監視の目の届かないルームは抜け穴よ。逆に犯罪者にとっては、よからぬことを話し合える絶好の場所になりえる。

 わたしはこの町の公安警察こうあんけいさつが、ルームのいたる所に盗聴のアミを仕掛けているんじゃないかと思うの」


 部屋に戻り、ソファーに座ってジュースを飲み始めると、シャルが急に白湯を飲むのをやめて、ぼそりと言った。

「なんだか胸騒むなさわぎがする。今すぐに店を出たほうがいいわ」


「わかった。さっさと空港に戻ろう」

 ぼくはジャンプしたシャルをしっかりとかかえて、扉を開けた。左右を確認すると、廊下は来た時と同じように、しんと静まり返っている。小走りで入口へ向かうと、神経質そうな丸メガネの店長が二人のおじさんの相手をしていた。

 見つかるとなんだかつかまりそうな感じがしたので、ぼくは壁に身を隠して様子をうかがった。


「観光客の子どもがこの店に入ったことを確認している。間違いないか?」

「ええ、先ほどスマートウォッチを身につけた男の子とネコさんが、うちの店に来ましたよ」

「その二人は公安警察の重要機密きみつに接触した疑いがある。身柄みがら拘束こうそくして尋問じんもんする必要があるので、部屋番号を教えてくれ」


 ぼくは急いで顔を引っ込め、シャルと目を合わせた。

「廊下の突き当りに、屋上へ行く階段があったはず。急いで!」


 ぼくはシャルの言葉を聞く前に走り出していた。フェルト敷きの廊下に、にぶい足音がわずかに響く。

「足音が聞こえた。逃げたぞ!」

壁の向こうから野太のぶといおじさんの声が聞こえた。


 ぼくはしっかりとシャルを胸に抱いて、わき目もふらずに階段を駆け上がった。


 屋上のドアを閉め、急いでビルのはしへ向かった。さくの下は硬いアスファルトの道路、近くに飛びうつれるような建物は無かった。


「シャル、どうしよう?」

「一か八か、スマートウォッチの作成能力にけてみるわ」

シャルはスマートウォッチを操作しながら、しぼり出すような声で言った。


 屋上のドアが乱暴に開いて、二人のおじさんが息を切らして出て来た。

ぼくはシャルをかかえたまま、柵をまたいで屋上のふちに立った。


「早まるな! いや……死んでくれたほうが秘密がバレなくていいかもな」

 おじさんたちはお互いに顔を見合わせ、ニヤリと笑った。


「それじゃあ、さようなら!」

ぼくはシャルをしっかりと抱いて、ためらうことなく飛び降りた。


 シャルとぼくは大きなカナブンに乗って、無事に空港へとんぼ返りしたのだった。

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