11 ステーク⑦ 屋上にて

 ぼくは屋上の四角い出入口ハッチを開けた。そばに旅客機の入口から伸びた階段タラップがあって、制服を着たスリムな係員が立ち番をしていた。


「あら? お早いお帰りですね。塔の中で、何か不都合でもございましたか?」

息を切らして戻って来たぼくに、心配そうに係員が声をかけた。


 シャルはぼくの肩から係員の胸元に飛び移って、急いで用件をげた。

「人命に係わる事態だから、急いで旅行の責任者につないで!」


 シャルのスマートウォッチが光り、目の前に【旅行事業部に接続中……】と表示された画面が投映とうえいされた。数秒後、画面にパリッとした四十代くらいのおじさんがうつった。


「ステークにご訪問のお客様ですね? 一体どうされましたか?」


 シャルは落ち着いた口調でこれまでの経緯けいいを説明し、三冊の古文書こもんじょのデータや塔の破損箇所はそんかしょの画像、羽虫はむしのじいさんとの通信記録をまとめて送信した。


「お話はうけたまわりました。不確定な情報ではありますが、当社はお客様の安全が第一と考えております。準備がととのいしだい、ただちに離陸しましょう」

「旅客機の乗客だけ助けて、塔の住人たちは見殺しにするの? そんなことをしたら、あなたの会社の評判はどうなるのかしら? わたしが心配するようなことじゃないけれど」

シャルは翡翠色ひすいいろの瞳をキラリと光らせて言った。


「……五秒、お待ちください」


画面に映ったおじさんの映像がみだれた。同時に足もとがれ始める。揺れは次第に大きくはげしくなっていく。ぼくは立っていられず、思わずシャルを抱く係員さんにすがりついた。


 次の瞬間、時が止まったように振動がんだ。一体何が起こったんだろう?


 再び目の前に、おじさんの映像が映し出された。

「当社は人道的見地けんちから、お客様の安全を確保するとともに、難民支援なんみんしえんを実行致します。ステーク住民の受け入れ先が見つかりましたので、今から塔まるごと移住先へおはこび致します。

 残りの駐機ちゅうき時間はそのまま継続けいぞく致しますので、お客様方はどうぞそのまま、ご観光をお楽しみくださいませ」

 画面に映ったおじさんは、ひたいの汗をハンカチできながら大きく息を吐いた。


 ウスバカゲロウをモチーフにした旅客機はステークの塔をつかんだまま、ゆらゆらと動き出した。ぼくとシャルはゆっくりと塔のはしへ向かった。

 さくに身を乗り出して真下をながめてみる。到着した時と同じように、景色はずっと深い闇がかすんで見えるだけだった。


「図書館で出会った女の子。次は塔の外に出て、転げ回って遊べたらいいね」

 ぼくは柵の隙間すきまから外をのぞき込むシャルに向かってつぶやいた。

「フフフ。塔の中を観光する時間はまだたくさんあるわ。ユー、わたしと一緒にいろんな階を探検してみない?」

 シャルは好奇心たっぷりなみを浮かべて、ぼくに言った。


「おい、ネコさんと少年。ワシもおともしようじゃないか」

 柵の手摺てすりから羽虫はむしのじいさんの声が聞こえた。そこにいたの? お願いだから危険な場所に止まらないでね……。

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