7 ステーク③ 希望

「え? ちょっと待って。ぼくのスマートウォッチに【図書館】の選択肢せんたくしなんてどこにも無いんだけど?」

ぼくが抗議するように言うと、シャルはニヤリと笑って言った。

「フフフ。さっき観光客用のプログラムをいじくって、こっそり書きえたの。瞬間移動テレポートの制限を解除したから、すべての階へ行けるわよ」


 六つのドアにはそれぞれ【児童・教養】【文芸・美術】【歴史・文化】【政治・経済】【資料・研究】【お手洗い】とプレートがってあった。


「とりあえず【児童・教養】から入ってみない? ぼくと同じ年代の子どもがいるかも知れないから」

「なるほどね。子どもは純真だから、生活のなまの声が聞けるかも」

シャルは大きくうなずいた。


 ドアを開けると、扇状おおぎじょうの室内全面に様々な色の本がきつめられていた。天井は高く、壁には左右にスライドできるはしごが二本設置されている。見上げるような場所にある本も、はしごを移動させ苦労して登れば取れそうだ。

 真ん中には、まるくて低いテーブルが三つあった。床に座って本を読むためのものだろう。


 シャルを抱いて壁に並んだ本を手に取ろうとした時、部屋のすみの方から子どもの泣き声が聞こえた。シャルとぼくは目を合わせ、そっと近づいて行く。細長いおげの女の子が、顔を隠すようにうずくまって泣いていた。


「どうしたの?」

驚かせないようにそっとたずねると、女の子は両手で涙をぬぐって振り向いた。ぼくの姿を見て表情がかたまる。


「ぼくとシャルは観光でこの図書館に来たんだよ。シャルはスリムだけど、ぼくはきみに比べて横幅よこはばがだいぶ広いから驚いちゃったかな?」

 ぼくはモニターに映った細長い女の人が、実際の姿だと聞いた時に正直驚いた。逆の立場だったら、この子の表情がかたまったのも理解できる。

「よかったら、どうして泣いていたのか教えてくれない? お節介せっかいかも知れないけれど」


 少し落ち着いた女の子を一番奥のテーブルに誘い、シャルとぼくは耳をかたむけた。女の子は様々ななやみや不満を途切とぎれ途切れに話し始めた。


 限られた場所じゃないと遊べない。外に出てみたいと親に言うと、すごい剣幕けんまくで怒られた。少し太るとみんなからけむたがられ、仲間はずれにされる。

 息のまるような規則から開放されたい。こんなざされたせまい塔の中から抜け出したい。

 本の中に描かれた、キラキラして、広くて、自由な世界に飛び出して転げ回りたい。そんな決してかなえられない願望に、ふと絶望して泣いていたという。


 今度はぼくがかたまってしまった。今、女の子から聞いた願望というか絶望は、このステークの塔にいる住民のほとんどがかかえている問題じゃないかな? もちろん中には現状に満足している人もいるだろうけど。


「ぼくの意見を聞いてくれる?」

すっかり泣きやんだ女の子に声をかけると、静かにうなずいた。


「冷たいようだけど、一人で泣いていても何も変わらないよ。願いを叶えるためには、何をすればいいかをまず考えないと。そして同じ願いを持った仲間を見つけて意見を出し合ってみる。すぐに答えは見つからないかも知れないけど、絶望が希望に変わっていくかも知れないよ」


 女の子の瞳がきらりと光って表情がしまった。何かをつかみ取った時の表情だと思いたい。

 シャルは微笑びしょうを浮かべて用は済んだとばかりに、ぼくの胸元にジャンプした。


 【児童・教養】のドアを閉めたあと、シャルがささやき声で言った。

「ユーはこのステークの塔が、いつから、どうしてここにあるのか、知りたくはない?」

「もちろん知りたいよ。ひょっとすると、羽虫はむしのじいさんが言ってた『ステークの秘宝』の言い伝えにも、つながるかも知れないね」


 ぼくはシャルを左腕に抱いて【歴史・文化】のドアを開けた。

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