稲田との出会い②

それから1週間後、本当にデミヒューマンの機体が届いた。


正直、状態はいいとは言えなかった。埃をかぶり、人工皮膚はべたついており、中も経年劣化でところどころ割れたりワイヤが切れたりしていた。


それでもヒントには違いなかった。


「これほど細かくモータを……。確かにこの配置ならリアルな表情も作れる」


須田は顔のパーツを熱心に調べているようだった。どうやらかなり小さなモータが40個も内蔵されていたらしい。そこに人工皮膚が合わさることで、デミヒューマンのリアルな表情が再現されていたようだ。


「この人工皮膚、すごい。かなり薄い。人間の皮膚と質感と伸縮性がほぼ同じ。眼球に入る光の再現も異質。それに造形もわざと少し非対称。本当にすごい。作った人、会いたい」


岩畔が珍しく雄弁だ。そのくらいテンションが上がっているんだろう。岩畔の人工皮膚製造技術も卓越しているが、どうやらデミヒューマンを作った森の技術はそれを上回るらしい。


「嘘、私のが完璧だと思ったのに。10年前にもうこんな」


黒井はバッテリーとモータの技術に衝撃を受けているようだった。デミヒューマンは今から10年以上前に作られたにも関わらず、使われているモバイルバッテリーの性能は黒井のものを上回る。バッテリーは稲田が作ったものらしいが、稲田の技術の幅の広さが十分に伺える。


「ぐぬぬ。これほどのモータを同時に制御するのは至難の業じゃ。これはワシも負けておれん! 若造にはまだまだ負けんぞ!」


緒方は、よくわからないが闘志を燃やしていた。


各々が興奮を隠せない一方で、俺もデミヒューマンの技術一つ一つの高さに感嘆していた。


「ワイヤも自分で開発したのか……。蜘蛛の糸の強さを化学繊維で再現したんだ。脚はワイヤを使ってないのか。だから脚の出力を出せたんだ」


見れば見るほど、新しい発見があった。初めての経験だ。アイデアが次々に浮かんでくる。


それから、俺はより一層熱心に開発に取り組んだ。デミヒューマンの機体を参考に、繊細な動きができ造形も人間に近い腕を完成させた。完璧ではないが、希望は見えた。


10年以上前にすでにデミヒューマンを完成させた人がいるという現実は、なるべく考えないようにした。そうでないと心が折れる。


そうして確実に完成への一歩を踏み出した頃のある日。


俺はその日は技師師の仕事があったため、KATOプロジェクト関連のことはやらない日と決めていた。週1、2回はプロジェクトから離れる日を作ることで、冷静になり新しいアイデアを生むことができる。やりすぎはよくない、というのが俺の持論だ。


技師師の仕事を終えた後、俺は家の近くの公園で一休みしていた。ここで何をするでもなくぼんやりと時間を過ごすのが、俺のストレス発散法だ。


いつも通りベンチにかけて、物思いにふけっていた時だった。


俺の後ろのベンチに、一人の男が座った。他にも空いているベンチはあったため少し不思議ではあったが、こういうこともあるだろうと無視していた。のだが。


「そのまま後ろを向かずに話を聞いてほしい。片西君だね?」


渋い声が、男から発せられた。思いがけないことで、振り返りそうになるのをどうにか抑えた。まさか警察か? KATOプロジェクトのことがばれた?


「……そうですが。あなたは?」


とりあえず正直に答えることにした。訝しむ私に、男が言う。


「怖がる必要はないよ。私は稲田雅之。君の見方だ」


その時の衝撃と言ったら。大隈にデミヒューマンの件を伝えられた時よりも驚いたかもしれない。


「あの、稲田教授ですか? 一体なぜ」


なぜここに、と言いかけた私の言葉を遮るように、稲田が話を続ける。


「監視の目があるのであまり大げさに反応しないでね。もう10年以上経って監視も段々緩くはなってきたけど、いまだに私の行動は警察に報告されているらしい。ただ、こうして話せば、会話の内容は聞かれない」


そう言われ自分の行動を反省する。稲田は気にせず言った。


「大熊さんに君のことを聞いてね。ぜひ一度話してみたくなったんだ。開発は順調じゃないみたいだけど、相変わらずかな?」


「いえ、あなたが譲ってくださった機体のおかげでアイデアがどんどん浮かびます。いまは油圧とワイヤを組み合わせて人工筋肉を作ろうと」


「なるほど、面白そうだね。実は私も油圧を使おうとしたことがあってね」


そうやってしばらく技術について議論を重ねた。稲田が当時成功させたこと、失敗したこと、当時の技術では達成できないことを知った。そして今俺が悩んでいることについてもアドバイスをもらえた。


「つくづく君たちが羨ましいよ。私も是非、プロジェクトに参加したかった」


会話の中で、稲田がそうこぼした。


「今は研究はされているんですか?」


「いや、していないよ。監視されながら研究を行うのは難しくてね。政府に協力するなら構わないと言われているんだが、どうも私は政府が信用できなくてね。諦めてしまった。森の方はうまくやっているみたいだけど」


「そうですか……」


思わずため息をついてしまった。デミヒューマンの機体を実際に見た後だからこそ、稲田のような技術が活かされないのはあまりにも悲しい。


「正直なところ、」


稲田が思い切ったような口調で言った。


「私はデミヒューマンの暴走は単なる制御エラーのせいじゃないと思ってる。こんなことを言うと言い訳に聞こえるかもしれないけどね」


その言葉に、俺は首をかしげた。


「どういうことです?」


「デミヒューマンのデモンストレーションは10回以上行われた。そのうち、海外メディアや海外の研究者も参加したのは最後の1回だけなんだ。そこで、今まで一度もないような暴走が起きた。


実は、最後のデモンストレーションでメディアと研究者にデミヒューマンを近くで見てもらった瞬間があったんだ。一応見張っていたんだけど、一瞬だけデミヒューマンから目を離した瞬間があった」


「ということはつまり……」


「どこかの国の人間が、デミヒューマンに細工をしたんじゃないかと思ってる。そんなこと可能かは分からないけど、でも間違いないと思う。そうでもなければあんな動き方はしないし、タイミングも悪すぎる。いや、その国にとってはベストタイミングだったのかな」


それは納得できる話ではあった。結果としてデミヒューマンの開発は中止になったし、日本は人型ロボットの開発を禁止した。その後、デミヒューマンに似たロボットが他の国で開発され、特許を取ったりもした。日本の技術発展をよく思わず自国の利益にしたい、と思う国があったとしておかしくはない。


だが、もしそんなことが本当にあったとしたら。俺は自分が苛立つのを抑えられなかった。


「私は、デミヒューマンを通じて人の孤独を解消したかった。この夢は潰えてしまったけど、それでもデミヒューマンにかける情熱は今も変わっていないつもりだ。そして君たちがこの情熱を継いでくれた。大熊さんからプロジェクトのことを聞いたときは本当にうれしかったよ。どうか、必ず完成させてくれ。私もできる限り協力する」


「ありがとうございます。必ず、必ず完成させてみせます」


精一杯俺の気持ちが伝わるよう、力強く言った。背中越しではあったが、稲田と確かに心が通じた。そんな気がした。

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