第9話 初めての裏切り
僕の所属する王国軍魔法科第一連隊は、ガリケが僕にやったように、王国各地からスカウトされたり、選抜されたりした魔法の使い手が集まっていた。
ところが連隊には、一向に出撃命令が下らなかった。魔法使いは、この世界では珍しい存在だ。それがゆえに、積極的にスカウトをしても、思うように人数が集まらない、というのがその理由らしかった。
実際、傭兵募集所の横に設営された連隊の宿舎には、僕を含め二十数名が寝起きしているだけだった。魔法攻撃による火力がいかに凄くとも、たった二十数名ではこけおどしに過ぎない、というのが王国軍上層部の方針らしい。
少なくとも魔法使いを100人の単位で集めないと、満足のいく戦果にはならない―。戦争とはそういうものらしいのである。
「だから諸君らは、しばらくここで別命あるまで待機するように」
部隊長はそう言った。事実、僕を傭兵所に紹介したガリケは、また別の魔法使いをスカウトするために、早々にキトミルの街から出ていったのである。
「人材不足かあ」
僕は呟いた。僕としては、この世界の戦場というものがどのようなものか、全くわからなかった。しかし傭兵として雇用された以上、出撃の有無に関係なく、毎月銅貨にして15枚の基本給料が軍から払われる約束である。
しかも傭兵宿舎での生活が許可されているので、食事は無料で提供されるし、とうぜん寝処に困ることもない。仮に3か月ここに居れば、銀貨1枚(約100万円)の価値とほぼ同じ給料がもらえ、それを丸々貯金することができる。
日本円で100万円もあれば、アンジェのいるコボイの村までの旅費としては、余裕とはいかないまでも、まず十分と思える金額だった。
コボイの村までの路銀は、幾らになるか分からない。でもお金が多くあるには越したことはない。これは僕なりに考えた計画だった。
僕が連隊に配属されて数日が過ぎたが、部隊の士気は見るも無残に低下していた。いつ下るとも分からない出撃命令を待つ間に、やることが何もないのである。要するに暇なのだ。
とりわけ、ヒルドラと名乗る女魔法使いの所業は、目に余るものだった。ヒルドラは長身の上、引き締まった体をした戦士
彼女は根っからの酒豪らしく、連隊宿舎の中で朝から酒をかっ食らって(いや、飲んで)いた。それだけに飽き足らず、彼女は男性の魔法使いと、その声が隣室に漏れ響くほど派手な乱痴気騒ぎを始めていたのである。
ある日の夜、顔面を上気させたヒルドラが、僕の寝起きする部屋に押しかけて来た。
「まったくよう。全然っ、つまらねえよここの生活は。アタシは飽きたよ、ここの暮らしが」
「…そう、ですかね。でも戦場に行かないで、このままここで暮らしていても、既定の給料がもらえるんだから、僕は案外この暮らしに馴染んでますけど」
「おまえ、ほんとうにそう思ってんのか?」
顔をずい、と接近させてきたヒルドラからは、強い酒の匂いがした。
「はん。アタシの目的は金じゃねえ。魔法を使って戦場で暴れまわることなんだよ。血沸き肉躍る実戦の経験がしてえ。そこで手柄を立ててえ。そんなこと、誰しもが思うことじゃねえか。でもよ、頭数が足りねえとかで、一向に出撃命令が
「まあまあヒルドラさん。いつかは出撃の命令もくるでしょうけど。今は有給休暇だと思って、おとなしくしているのもいいんじゃ…」
僕がそこまで言うと、途端にヒルドラは僕の
「…おまえ、なんだ。女が嫌いなタチなのか」
「…いや、そんなことはないけど…」
「おいおい。暇つぶしっていえば、もう、ヤるしかねえだろ。な?ここじゃ、これしか娯楽がねえんだよ。しょーがねえ…単刀直入に言うな。アタシとヤんねえか、いま」
僕は反射的にヒルドラの手を除けた。
「僕には妻がいるんだ。子供もいるんだ。そんなことできない」
ヒルドラは見透かしたような表情で笑った。
「おまえ、既婚者だったのかよ。真面目かよ。ふーん。でも、女房と子供と離れて寂しいだろ?あ?違うか。暇つぶしじゃん、こんなの。浮気ですらねえよ。じゃあさ、今だけアタシをあんたの女房だと思って抱きな。いいだろ?」
僕はヒルドラとしてしまった。書類上18年の歳月が経っているとはいえ、僕はアンジェとの約束を早々に破ってしまったのだ。僕には罪悪感だけが残った。
でも、ヒルドラの誘惑に負け、理性が吹き飛んだ中、裏切りに最後まで抵抗できなかったのは、彼女の責任ではない。他でもない僕自身の
(第10話に続く)
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