第17話 カレンドゥラ

 俺は左手で指鉄砲の形を作った。


 列車がトンネルを出ると同時、カレンドゥラが全身を使って飛び退こうとする。

 危機感を感じたのだろう。

 エルフの熟達した魔法兵にしては珍しい挙動だ。


 長い年月を生きて成熟したエルフは、己の魔法力に絶対を覚える。

 魔法とは長い年月を研鑽することで研ぎ澄まされ、神々の奇跡に迫るものだ。

 だから無限に近しい寿命を持つエルフの魔法兵は戦場に置いて砲兵かみと並ぶ。


 そんな奴らは危機感というものを抱かない。

 砲弾すら防ぎ、爆発の熱量の中をも生き残る圧倒的な魔力障壁。

 呼吸の為に排煙やらを通してしまうのは生き物として当然であるが、根本としてある程度の年嵩のいったエルフは魔力障壁を破壊されるとは思っていないのだ。


 だから、何をしても無駄だと思う。

 危機感が消え失せる。


 それを目の前の男は俺が何かをすると飛び退いて見せた。

 まったく厄介な敵だ。

 だが、問題ない。


 トンネルを抜けて空間が広がる。

 視界が開ける。

 まともな空気が吸えるようになる。


 その果ての反応はわずかにも遅い。

 それだけであれば十分。

 縮めた距離が再び開くその間際に俺の切り札は届いた。


 まるでドラゴンの咆哮ひめいのような音が響き渡る。

 指先から放たれた無形無色の魔力は、喰い破る様にカレンドゥラの魔力障壁全てを貫通した。

 俺の魔力の通り道にあった全ての魔力は消失し、避けきれなかったカレンドゥラの右腕をも喰い破る。


「ぐぅ!? この魔力はっ!」

「悪いな、俺は竜殺しなんだ」

「破竜者かァ!」


 俺の魔力は竜を殺すものらしい。

 その性質は魔力そのものを消滅、魔力の関わるものの破壊だ。

 神の恩寵とも呼ばれる魔力をなかったことにするから神に見捨てられただとか、そんなことを言われる所以って奴だ。

 俺としてはまったくそうは思っていないが、確かに魔法は使えないわ、魔力を注いで使うタイプの魔道具は全部ぶっ壊して不便ではあった。


 この身体で使ったらどうなるのかと思ったが、破竜の魔力が通った左腕が壊れたようだ。

 かつてのように全身を貫く反動はなくなっているが、使った左腕だけはぶっ壊れたのか動かない。

 そして、連発はやはりできそうにない。

 もっともこの切り札って奴は魔力の大半を使うから元々連発はできないのだが。


 ただこれのおかげで相手の防御は崩れた。

 いくら熟練の魔法使いであっても、この距離、魔力障壁が破壊されたばかりであれば防御はできない。

 袖口に隠しておいたナイフを取り出してカレンドゥラに組み付く。


 そのまま心臓に向けて振り下ろした。

 ざくりと肉を貫く。


「まだだ!」

「くっ!」


 しかし、カレンドゥラの心臓にナイフは突き刺さらなかった。

 奴はダメになった右腕を盾にしてナイフを防いだ。

 こいつ線の細いくせに高い魔力から来る身体強化のおかげで人形になった俺に劣らない筋力だ。

 全体重をかけるが、相手も全力で抵抗しているためこれ以上ナイフが進まない。


「オマエ、まさか竜殺し、とは。可憐な見た目に騙されたぞ」

「騙して悪いが中身は男なんだよ」

「ハハ」


 荒野のようなカレンドゥラの笑み。

 組み付いた時にフードが外れたおかげで、今は奴の顔が見える。


 エルフらしい緑黄金の髪は上等な絹のようで、風にたなびいてなお乱れない。

 瞳は上等すぎる澄んだ翡翠で、長い年月を生きた大木の如き意思を感じさせる。

 鋭利に過ぎる顔は、敗北を間近にしているというのに一切歪んでいない。


 ただ笑っている。

 楽し気に。


 俺が竜殺しじゃなかったら、勝負の土俵にも立てていないな。

 生物としての規格って奴が違うってことをただそれだけで見せつけられた気分だった。


 全力で拮抗しているというのに一切ナイフは動かず、楽し気にカレンドゥラは口を開く。


「しかし、竜殺し。オマエ、さっきのはなんだ?」

「何?」

「破竜装はどうした。ただの一撃で終わらせるやり方はオマエたちのやり方ではないだろう?」


 なんだ、何を言っている。


 俺のそんな困惑を見抜いたのか、カレンドゥラはさらに笑う。


「ハハ。なるほど、。つまり、オマエは天然。数百年ぶりに見たぞ!」

「!?」


 カレンドゥラの力が上がる。

 徐々に俺のナイフが押し戻されていく。


「くっ!」

「我が名はカレンドゥラだ。魔法署名で知っているな。落葉の年で千と百になる。竜殺し。オマエ、名は?」

「何を、言っている!」

「名を聞いているのだ。麗しの乙女」


 なんだこいつ。

 急に背筋に悪寒が昇ってくる。

 それも命の危険とは何かが違う冷たさだ。

 ねっとりとした風のような――。


「名だ」

「……エオンだ」

「エオン……なアイオンか。我が言葉にて永遠を示す名だ。良き名をもらっている。それでこそだ」

「何を言ってんだ、この野郎!」

「ハハ。決めたぞ、エオン。オマエを我が伴侶としよう」

「は?」


 もしもこれが俺に隙を作る作戦であったのなら大成功だ。

 俺の人生の中で、戦場で敵に愛を囁くなんて馬鹿をやった奴はいない。

 それが長い年月、千年以上も生きたエルフがやると思うか?

 思うわけないだろ。


 おかげでほんの一瞬、意識が遠くに行った。

 わずかな間ではあるが、緩んでしまった。

 失態だ。


「精霊よ」


 その隙にカレンドゥラの姿が風となって掻き消える。


「くっ! 精霊魔法か!」

「如何にも。吾は熟達した魔法使いだ。どのような魔法であろうとも使える。さあ、返答を聞こうか、愛しきエオン」


 気持ち悪い。

 ぞわりとした冷たいものが背中を震わせた。


「なに言ってやがる!」

「求婚だ。吾はソナタに惚れた。天然の竜殺し。さらにはこの吾と戦える力を有している。この歳になると吾と戦えるものは限られるのだ」

「だからなんだってんだ」

「わからないか? ソナタのおかげで血沸き肉躍ったということだ。この感動は三百年ぶりだ。まだ吾も枯れてなどいないということよ、我が好敵手、どうかソナタを我が宿敵とさせてほしい」

「お断り、だ!」


 だから、攻撃を返答にする。


「些か性急すぎたな。ソナタとは出会ったばかりだ。であるならば、時間をかけるべきだ」

「勝手なことをいうな!」


 俺の拳はカレンドゥラには当たらない。

 彼が纏う風が攻撃を逸らす。


「チッ」

「そう顔をしかめるな愛しいオマエ。美しいかんばせが台無しだ。今日はここまでにしよう。ソナタに求婚するならばもっと上等な着物を用意すべきだからな」

「二度と来るな」

「つれないことをいわないでくれ。もっと惚れそうだ。ではまた会おうエオン。逢瀬の場所は選んでおく」

「二度と来るんじゃねえ!」


 カレンドゥラは風に乗って消えた。


「なんだったんだよ、あいつは」


 俺は変な奴に目をつけられたと溜め息を吐いた。

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