ep.3:7秒間のフォーカス
第11話 6月のある日(1)
私は、氷山 ちか。国枝は一卵性双生児の姉。
お母さんのおなかの中で、得意なものを取り合った、と両親によく言われる。
国枝は計算能力を、私は運動神経を。
「ちかに運動神経を持っていかれたから、運動テスト、だめだったわ」
「国枝に計算能力をもっていかれたから、算数テスト、だめだったわ」
クリスマスプレゼントだって、かぶることはなかった。国枝はパソコンを、私はランニングシューズを、といったように。
「でも」
国枝はいつも私をはげましてくれた。--そう、中学時代のあの頃も。
「かなわないところはお互いあるけど、うちら、ふたりいれば最強ってことよ」
そして国枝はいつも、笑顔でこう言った。
「ちかの好きにしたらいいよ! あたしはいつも応援してる」
***
緑青女子高は6月に入って、校舎に湿り気が増えてきた。天然パーマのクラスメートは、髪型を気にしている。蒸し暑いよね、とハンディファンをもう持ってくる人もいる。
「梅雨って嫌だよねぇ、ファンデもうまくのらない」
いつもの食堂の、いつものテーブル。女子4人でおやつを食べていた。
「国枝さんってどんなの使ってるの?」
「ただのフェースパウダー。ちょっと国枝はパフにつけすぎじゃないかな」
「えー、説明書には、3回なぞって、って書いてたから」
「ふふ、そこまで律儀に守らなくても」
国枝は何でも、順番通りに、説明書きの通りに進めないと気が済まないタイプだ。夢さんは笑ってアドバイスをしてくれる。
「へぇー、そうなんだー。いいなあ、夢さんは天王寺さんにいろいろ教えてもらえて。今度遊びに行ったら話できる?」
「もちろん。私も、みんなのこと話してると、天王寺さんが会ってみたいって言ってたわ」
国枝と夢さんが楽しく会話する一方、必死でスイッチゲーム機をカチカチやってるのは、翔さんだ。でも、会話の端っこだけを聞いたようで、
「私も梅雨時は嫌」と言う。
「ボタンが押しにくいから」
「……うーん……」
「あれ、翔さん? 今日、アルバイトじゃなかった?」
翔さんは5月から、ゲームショップでアルバイトを始めた。男子校の香芝君ともたまにシフトがあうらしい。きっと、ゲームが詳しすぎる翔さんにはぴったりのバイトなのだろう。
「わああ! 忘れてた! ちかさんありがとう! おっとセーブセーブ!」
ゲームの記録をすることだけは忘れず、あわてて彼女は鞄を抱えて走り去った。
「そいえば、ちか、明日ヒマ?」
「何か用事?」
国枝が食堂の窓の外の曇り空を見ながら聞いてくる。
「男子校のパソコンクラブと、合同練習するんだけど」
国枝はパソコンクラブに入って、競技プログラミングの勉強をしている。近々高校生対象の大会があるそうだ。
***
どんよりとした空。放課後、踏切のところで私たちは山田君を待っていた。
「私たちが手伝えるの? 大きなパソコンなんでしょ?」
なんでも、山田君が、女子高のパソコンクラブのみんなが「見たことがない」というので、ノートパソコンではない大きなゲーミングパソコンを持ってくるということだった。
快速電車が通り過ぎたのに、まだ踏切が上がらない。次に来たのは、見たことがない、濃いオレンジ色の高級感のある電車だった。ゆっくり通り過ぎたから、中はふわふわの椅子があって、まばらに人がいた。
「これ、ゆうぐれ2号っていうんだ」
「へぇ。初めて見た」
「あたしも山田君にきいたの。この春のダイヤ改正ってやつからはじまって、山田君がいうには、不定期の運用ってやつだから、見られたらラッキーなんだって」
「ふーん……」
ゆうぐれ2号が行ったあとの踏切の向こうには、山田君と、五位堂君の姿が見えた。
小柄の山田君と、大柄の五位堂君。五位堂君は電子レンジより一回り大きな箱をかついでいる。
「よっ」
「ちょっと、大事に扱ってくださいよ!」
「大丈夫だってほら」
「うわあああ」
片手でも平気と言いたげに軽々と箱を扱おうとするので、山田君が必死でそれを止めている。そのやり取りを見て国枝は笑った。
「あちゃー、これは、持ち運びの手伝いっていうより、五位堂君がうっかり落とさないかを見守る手伝いだね」
ふと足元を見ると五位堂君の靴は、ドラゴンタイガーだった。これは私も中学時代によく履いていたな、とふと思い出して……いろいろ思い出しそうになってぶんぶんと頭を振った。
「ちか、どうしたの?」
「……ううん」
それから4人で女子高に向かって、上履き(とスリッパ)でパソコンクラブの部室まで歩いて行ったけど、五位堂君がさくさく前を歩いて、後ろで山田君と国枝がネットニュースの話をしているから、中途半端な位置だなあと前後ろを見ていると、前にいる大柄の五位堂君と目があった。
「--持つ?」
(いや、無理でしょ)
私は苦笑いした。
***
「……で、当日の課題は、基本情報レベルのアルゴリズムは求められますし、まずチーム全体で基礎理論のところを復習したほうがいいと思います」
「そうよね、生成AIは利用禁止ってことを考えると、しっかりやったほうがよさそう」
私はどこのクラブにも入っていなかったけど、パソコンクラブはいつでも誰でも見学OKで、パソコンを運んでからそのまま、五位堂君も情報実習室の空いているところで、山田君や国枝たちのやりとりをきいていた。けれど、ちんぷんかんぷんだ。
情報の授業ではこの部屋で先生の言うとおりにオフィスソフトを操作したり、教科書に書いている文字を打ったりするけど、難しい。国枝は「ぬるすぎる。こんなのもう中学生でマスターした」と言い放ち、さぼって先生に怒られたらしい。
五位堂君が持ってきた大きな箱に入っていた大きな箱型のパソコンは、一部が透明になっていて、中の部品が見える。ハンディファンみたいな部品が、いろんな色に光りながら回って風を起こしている。これはパソコンの内部を冷やしているらしい。
クラブの人たちの会話をききながら、ぴかぴか光るパソコンを見たりしていたけど、ちょっとつまらなくなったので、五位堂君にひとこと言って外に出ようかと思ったら--
「ぐがー」
(?!!?)
完全に寝ていた。
みんなに気づかれないように、五位堂君の腕を叩いた。筋肉質で硬かった。
「……んあ?」
「外出よう」
***
「あいや、助かった!」
「……とりあえず、食堂でも行く……?」
食堂の建物との内部通路は、女子高の生徒しか通れないので、いったん昇降口まで戻った。五位堂君があのドラゴンタイガーの、私が通学用のローファーを履いて、ちらっと廊下横の窓ガラスを見ると、ぽつぽつと雨粒がついていた。
「雨降ってきたかも--」
「ダッシュダッシュ」
五位堂君はさっとあきっぱなしの扉から抜けていく。ぱつん、と泥落としのマットを踏んだ音が--
「--」
中学の時に何百回何千回と聞いた、ダッシュ練習のスタートの手を叩く音に似ていて、スイッチが入った。
「ダッシュダッシュ……え?」
後方からスタートしたけど、すぐに追いつく。そして、さっと脇を抜けた。五位堂君からするとちょっと小走りで、食堂の建物まで数十メートルを走っているところ、真剣に走る私に抜かされたかっこうだ。
「まじで--??!」
五位堂君は私が抜かす直前、一瞬後ろを向いた。
『絶対に振り向かず走れ!』
あの時陸上部のコーチに何度も言われたこと。
私はひたすら食堂の入り口を目指して--追いかけてくる重い足音よりも先に、たどりついた。
「よしっ!」
「うおお?!」
しかし勢いあまって私たちは建物の入口で派手に転びかけて--バランスを崩した私の腕を、五位堂君がつかんでくれた。
強くつかまれてびっくりしたけど--もう一度目があった時に五位堂君はぱっとバンザイをするかのように手をはなしてくれた。
「す、すげー。最後本気で追いかけた! 心臓ばっくばく」
「いや、その……つい必死で走っちゃった、ごめん」
「氷山さんすごい!」
五位堂君の言葉はストレートで、まったく何か裏があるようには聞こえなかった。
『すごいわね、今日のタイム。風が吹いてたからじゃない?』
また一瞬、あの頃聞いたとがった言葉を思い出してしまう。
でも、五位堂君が笑っているのを見て、素直に誰かと走って勝って、嬉しいと思った。
私は、国枝と違う中学で、陸上部に入って、短距離走の選手を目指していた。
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