第7話 夢様の日常(つづき)

「阿倍野橋さん」


 まだクラスメイトの全員の顔と名前を覚えていない、ある日の休み時間。

 翔さんは、「シミュレーションゲームだと、50人くらいユニットがいて、フルネームとか出身国とか、特技属性も全部覚えてるんだけどな……」と言うことがある。ユニットというのは将棋だと駒になるようなものらしい。

 声をかけられて数学の教科書から顔を上げると、3人組がいた。


「ええと、上狛かみこまさん」

「覚えてくれてた? 嬉しい」

 上狛さんはびしっとしたリボンで胸をはる。

「ええ、中学生ダンス大会で入選していたってきいてたし」

「そう!」

 いきなり3人でそろって腕を振ってピタッとあわせる。3人とも同じようなリボンの結び方だ。

「私と木津さん、山城さんで同中チームで」


「あのハルパスホールの大会も出たことあるのよ! すっごいでしょ!」

 上狛かみこま らんさんの隣で、背の高い木津きづ 沙奈絵さなえさんは、自慢げに言う。ハルパスホール、たしかに、ミュージカル公演ができるほどの施設なので、いい経験をしているのだろう。

「阿倍野橋さんは、ダンス興味ないですか?」

 と話しかけてくれたのは山城やましろ 千昭ちあきさんだ。ふくよかな体形ながら--というのは失礼だと思うけど、ダンスはキレッキレで、動画もバズったことがあるそうだ。


「嫌いじゃないんですけど……まだどこの部活にしようか、いろいろ見ているところで」

「また聞きたいことがあったら私らにきいてね。それで、本題なんだけど……阿倍野橋さんに聞きたいことが」


(阿倍野橋さんに聞きたいことが)


 またか、と身構える。

 私の立場を知った人が、ハルパスに関係したことをきいてきたりするのだ。

 ハルパスで行われるイベントのチケットを手に入れられないかとか、ハルパスデパートの限定品って手に入らないかな、とか。もちろん断る。

 ところが今回は別の話題だった。--上狛さんが一呼吸おいて話しはじめる。


「姫路君のメッセアドレス、持ってたら教えてくれないかなあ?」



「えっ」

 さっと上狛さんの顔を見ると、……彼女は少し緊張しているようだった。

(ああ、この人は、姫路君が気になってるんだな)

 それでも。

 相手が誰でも、安易に他人のアドレスやアカウントを教えてはいけない。きっちりと断った。




 その数日後、午後のホームルームで、クラス委員の選出についてという話になった。担任の説明によると、例年は1人のところ、3人選出する必要があるそうだ。


「というのも、今年から緑青男子との様々なイベント交流があって、一人で全部担当するのはきついからね。男女問わず、クラスから3人ということになった」

 希望者がいないかと先生がきくと、ほぼ同時に3つの椅子が動いた--上狛さん、木津さん、山城さん、だ。


「先生、私たちがクラス委員に立候補します!」

 見た目には上狛さんがわずかに先に動き--二人が後に続いていた。


「おう、そうか! 他に立候補者はいるか?--」

 先生がクラスを見回すが、返事がなかったので、そのまま3人に決まった。




 鞄を片付けていると、3人の話し声がちらっと聞こえてきた。

「木津、山城、ありがとう」

「いいのよ! 蘭ちゃんのためなら」

「男子高のダンス部の見学もできるし--動画撮っていいかな」




 ***


 野球を見に行く日当日が、誕生日じゃなくてよかったと思う。当日だったら、またお父さんが『夢ちゃんデー』とか言い出して、特別イベントをやりそうだったから。


 オーサカドームには両親もいて、みんなで野球観戦ができるのは嬉しかった、けど--場所はVIPルームだった。スタジアム側はおおきなガラスからも見られて、壁のモニターでも観戦できる、ふかふかの椅子の場所。テーブルには、バースデーケーキ。


「そうそう、今日、姫路君たちも来てるっていうから、ここに寄ってねと伝えているわ」

 お母様と姫路君のお母様もずっと仲良しで、その情報も伝わっていたらしい。ちょうど、ドアがノックされた。

「夢姉!」

 元気よく先に入ってきたのは三斗琉みつる君だ。

「こんにちは、久しぶり」

「よっ」

 その後ろから姫路君と、生駒さんが見えた。--生駒さんはアロハシャツ姿だ。今日はオフのようなサングラスもかけている。


「誕生日やったっけ? メッセには流れてこんかったけど」

「今日じゃないし、アプリに誕生日は登録してないんで……」

「ケーキだ!」

「三斗琉君もどうぞ。夢ちゃんの誕生日をお祝いしてほしいな」

「もう、宙良そらさんったら……」


「なあ、夢ね……夢、あとでプレミアシート行かん?」

「えっ」

「いいですよね?」

 さっと姫路君は両親に了解をとっている。

「そこからなら、タイバースの選手ばっちり見えるで」

「ほんと?!」

 思わず高い声を出してしまう。

「いいの?」

「もちろん。生駒もいるし」

 生駒さんはサングラスをずらして、ウインクをしてくれる。



「ほんまは応援団のいる席とか行きたかったんだけど、生駒がまだあかんって言うし……今はまだがまんだけど、大人になったら行くねん」

 そうつぶやく姫路君は、同い年の私よりずっと大人びているように見えた。


 オーサカドームのプレミアシートはどちらのチームのファンも座るので、一塁側、三塁側とも違って静かだ。でも、VIPルームのように四方を壁やガラスに囲まれているわけではなく……球場の臨場感がよりダイレクトに--歓声や応援がドームいっぱいに響くのを、足元から体感できる。


 ゲームの終盤をプレミアシートに並んで座った。タイバースの投手の速球をみたり、ガイアンツのヒットや走塁を見たり、テレビだと見えない、外野手が守備につくところだとかも細かく見ることができて嬉しかった。


 ゲーム終了後は、来日したパスス選手のイベントがあって、それも私たちは笑いあってみていた。




 ***

「ほえー、パスス来日してたの?」

 野球の話がわかるのは、同クラの女子だと翔さんだ。ただし、翔さんは『ゲームのキャラクターとして』選手に詳しい。毎年のように発売されるプロ野球のゲームは、ほとんど(翔さんのお父様と)プレイしているという。月曜日、野球を見に行った話をしていた。

「そうなの。同じユニフォームで記念打席に立って……」

「バッチリスタジアムの最新版だと、もうレアキャラ扱いだよ。まだまだ人気あるね」


 最近のスポーツゲームは、モーションキャプチャーを取り入れて、より選手のくせや動きもリアルに再現しているという。

「でも、あのタイバースの応援は再現できないかも」

「あれは球場に行かないとわかんないよね」

 二人で盛り上がっていると、名前を呼ばれた。



「阿倍野橋さん」

 上狛さんたちだった。


「この前は無理を言ってごめんなさいね。この前男子校と合同クラス会があって、姫路君もクラス委員だったの。それで、アドレスを教えてもらったわ」

「あ、はい。やっぱりそういうのは直接本人から聞いたほうがいいと思います」

 それだけ伝えると3人はすぐ離れた上狛さんの机のほうに戻って行った。


「へぇ、姫路君もクラス委員なんだ。大変そう。でも委員にがんばってもらおう。私はナゾトキモノガタリ海の章、過去編のトロフィーがまだコンプリートできてなくて、ここのところそればっかり考えてる」

「……かけるんは、やっぱりゲーム好きなのね……」




 ***

「夢さん」


 天王寺さんがドアをノックする。次にオーサカドームでタイバースの試合のとき、姫路君に言えば一緒に試合を見に行けるだろうか、とか考えて検索していた私は、パソコンから目を離して、どうぞ、と返事した。

「郵便です」

 私宛の郵便は、危険物が入っていないか見てもらってからもらうことになっている。ひとつはハガキで、今度お父様と行く展示会の告知だった。もうひとつの、金属のチェック済みの封筒の差出人は……ブログのプロバイダーだった。月額料金はお父様に払ってもらっているんだけどな、と開けてみて、思わず声が出た。

「あっ!」

「どうされました?」

 廊下を歩きかけていた天王寺さんがびっくりして戻ってきた。

「いや、ごめんなさい。これ、懸賞の当選品だった!」

「あら! おめでとうございます!」


上本町うえほんまち さくら】のブログ、『上本町の文房具探訪』 運営者様 という書き出しで、同封の手紙は、先日のブログキャンペーンの当選について書かれていた。

 そして商品は、ロプト雑貨店の商品券だった。

「見てみて! うれしい!」

「よかったですね」


 そこでわれに返った。ロプト雑貨店はハルパスのテナントにないので、お母様か天王寺さんと行かないといけないけど……じっくり見て選ぶとかはできないことを思い出して。

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