『コンプライアンスが最強に厳しくなった世界で、僕は恋愛をする。』

姫がかり

プロローグ コンプライアンスとは誰得?


恋愛は、違法である。


……うん、落ち着いて聞いてくれ。 いきなり何を言い出すのかと思ったそこの読者諸君、 僕だって言いたくて言ってるわけじゃない。


事実として、 この国、この時代、この社会において

恋愛は、違法である。



昔の時代には、暴力描写のある漫画が普通に売られていて、 恋愛だって自由で、なんならグラビアなんて、 まぁつまり“けしからん”文化が堂々と本屋に並んでいたらしい。


それはもう、鼻血が出そうなほどけしからん。

鼻血が出たら通報される今では考えられないくらいに、けしからん。


暴力が普通。 恋愛が自由。 表現が野放し。 そしてグラビアが合法。


……これもう、ファンタジーだろ。どこの異世界だよ。


その世界は、確かに存在していた。 今より、いや今と比べ物にならないほど“異常”で“自由”な時代。 でも――僕たちはその時代を知らない。


なぜなら。


僕たちの青春には、なにもない。


なにがあるかって? 規則がある。 法律がある。 制限がある。 監視がある。 報告義務がある。 そして、感情すらも規制される。 ほら、いっぱいあるじゃないか。


だけど、 “僕たち自身”がない。


時代は進み、技術は発展し、 コンプライアンスは法よりも強くなった。


アンパンマンは敵を殴れず、 自分の顔をちぎってあげる行為も衛生上NGで、 女性を助けるワンシーンでさえ、抱きかかえる前に、「事前に許可を取りましたか?」と問い詰められる。


いや、取りましたけど? いや、取りましたけど!?

いや、命を助けたんだけど!?


とにかく、 そういう時代なのだ。


だから恋愛なんて――もってのほか。


今の時代。

恋愛は、“感情”で決めてはいけない。


結婚は、血液と遺伝子の相性で決まる――《未来構築パートナー制度(通称:ラブガチャ)》に従って。


個人の体質、病歴、性格傾向、子どもの遺伝的リスク――

すべてが数値化され、

「この人となら、最も合理的に子どもが作れますよ」とAIが選ぶ。


選ばれた相手と3年間の生活を送る。

生活不一致なら、また“再抽選”。


それが、大人たちの恋愛のカタチで、


感情じゃない。理屈。

心じゃない。制度。


そう教えられて、僕たちは育った。


でも。


僕の心は、どうやら“バグ”を起こしたらしい。


まだ名前も知らない。

声も聞いたことがない。

ただ、窓越しに一度だけ見たその子の姿が、

頭から、離れなくなったんだ。 

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