第76話 事件の顛末
▽第七十六話 事件の顛末
スタンピードが片付いた後日のこと。
ノエルは
『ライブ大成功だったよ、ノエルくん! 登録者200万人記念ライブ、いやあ、みんなにも来てほしかったくらいっ』
「オレも行きたかったですけど」
『それともアレかなあ? 事後処理は終わったのかってことかな?』
ノエルは黙った。
事後処理。
あまりヌイは事後処理に奔走するタイプではない。それはトップではなく、配下や部下の仕事に他ならないからだ。
今回ならば秘密裏にエミが動いたのだろう。
「いつだって上は終わってやがりますね」
『ふふ。仕方ないです。永久に完璧無比清廉潔白な組織なんて、夢見がちな子どもしか口にしてはいけない戯言。目指すことすら歪を生むのでよろしくありませんから』
日本探索者ギルド協会は巨大な組織だ。
ダンジョン災害が発生してからまだ20年。それでも日本の根底を揺るがすほどの危機、そして利益を独占する組織は、あっという間に日本を牛耳ることに成功している。
そのような組織だ。
のし上がってこられるような傑物は、正常な手法を使うだけでは満足できない。組織が腐ったわけではない。
これくらいは当然の「代謝」なのだ。
幸いながら日本探索者ギルド協会には
他国からの干渉も減じるだろう。
エミが動く「理由」が作れたのだから。
「エミさんは?」
『兄でしたら、今頃は――どこかのダンジョンを荒らしているのでは?』
18年前。
まだ子どもの強者というのがどの国にもほとんど居なかった。そこで問題となったのが、子ども制限のスタンピードであった。
いくつもの国が滅亡しかけた。
それを寸前で留めたのが、当時、まだ9才だった夕暮園エミである。
彼は特殊だ。
ダンジョンが出現した20年前、彼の自室がダンジョンに変わった。しかも中難易度ダンジョンである。
最悪なことに制限は『ボス討伐後のワープ以外での脱出不可』だ。
不幸中の幸いとして物資は、少しだけあった。
室内ごとダンジョンに飲まれたので、自室にあったものを持ち込めたのだ。
エミは模造刀で魔物を殺し、ジョブを得て、ダンジョン内でアイテムを揃え、半年をかけて自力で脱出してきた。
その際、彼を救うためにやって来た両親と祖父母、警察官数名と動いた自衛隊。
彼らを率いての脱出である。
なお、その際にエミは父親と祖父母を喪っている。
ともかく、エミはそれから探索者として動き出した。いくつもの国を救う見返りとして「貴国のダンジョンを一生涯、自由に好きに探索する権利がほしい」と願った。
国々は応じるしかなかった。
その契約は今もまだ生きており、エミはどの国のどのダンジョンも自身の裁量で探索できる。
今の大国には、その国でしか産出されない特産ダンジョン物資というものがある。
日本であれば『エリクサー』、バチカン市国であれば『疑似蘇生薬』、アメリカであれば『変異抑制剤』、などなど。
エミは自国について攻撃してきた国の特産ダンジョン物資を数ヶ月ほど奪い続ける。
それによって失われる経済力と影響力とは、庶民が想像できるモノではない。
エミの報復探索を恐れ、日本は比較的陰謀に巻き込まれ辛い国とされているくらいだ。単独で日本の安寧を守護している怪物でもある。
大量の暗殺者を送り込まれても、全部をぶち殺し、暗殺者を送ってきたことによってさらに追加での報復が送られる。
ゆえにどの国もエミには手を出したくない。
アメリカの
エミが動いたならば安心だろう、とノエルは胸を撫で下ろす。
「そっちは解りました。もう一件についてですが……」
『なあに? 私が犬飼くんから奪っていることかな?』
「それです。どうしてそのようなことを?」
んー、と通話の向こうで悩む声が聞こえてくる。同時に何らかの魔物の断末魔も。相変わらずストックすることに余念がない。
伊達や酔狂で日本最強の探索者をしていない。
ただ信じられないようなドジを踏むこともあり、見ていて「頼りになる」なんて一度も思わせてくれない首魁なのだけれど。
『そっちのほうが生き残れるから、かな』
「どういうことです?」
『私よりも概念操作が巧いんですよ、あの時の犬飼くんは。ボクたちの
映像に残っている犬飼カイトは、手足のように己が力を行使してみせた。
あれはヌイたちにはできぬことだ。
あの映像が積み重なっていけば、いずれ、犬飼カイトが自力で本格的に異能を運用する段階になって参考となり、他の
ヌイの作戦は、長期的に見れば犬飼カイトにとって最上だろう。
しかしながら、と不安とともにノエルは問わずには居られなかった。手にしているスマートフォンを握る手にも力が入る。
「ですが、自分の力くらいは正確に把握していたほうが安全だと思います」
『それは違うかな……キミも知ってるでしょ? ボクたちの中で最強の火力を持つ代わりに、最弱になってしまった四番目のことを。過ぎたる力は可能性を殺すし、手に負えない戦場を呼び寄せるから』
四番目。
圧倒的な【押し潰す力】を使い、何体ものレイドボスを単独で潰し続ける男。しかしながら、その代償として彼は通常の探索者としての才が死に絶えた。
『アレを今から使うということは、犬飼くんのせっかくの才能を殺すことに繋がるよ』
「……それでも危険が――」
『短期的な危険よりも、将来にやってくる絶望を対策したほうが良いと思うなあ』
それは生粋の探索者たるヌイの意見である。
強い探索者は目先の短期的な危険を乗り越えることにより、将来に訪れるであろうより危険な絶望を乗り越えていく。
身の安全ばかり考えていては、ろくなスキルが発現しない。
窮地を脱する経験も積めず、簡単に死んでいく……ゆえに探索者は難しい。
弱い探索者は短期的なリスクに怯え、行動を控えた結果、いずれ壁に潰される。
犬飼カイトを見ていれば解る。
彼はさんざんと安定志向です、なんて面をしながらも、平然と自分よりも倍のレベルのダンジョンに「散歩」などと称して乗り込む。
だから、犬飼カイトとそのサモエドは強いのだ。
『それに文句があるなら、犬飼くん自身がボクの能力を打ち破れば良いだけだよ。それが探索者っていうお仕事だと至高かわいいヌイちゃんは思うな』
「んな、無茶苦茶な……」
『無茶苦茶なお仕事ですもん。ただノエルくんがどうしてもって言うなら解除しても良いです。ボクも枠を潰されていてしんどいですし』
ノエルは迷う。
解除してもらえば犬飼カイトがグンと強くなれるだろう。そしてヌイの言うようにどこかで死ぬ。ノエルなどでは守りきれぬだろう。
ヌイの能力は絶対ではない。
奪ったのは犬飼カイトの『気づき』である。
それについても「非情に気づき辛い」くらいの干渉に過ぎない。
犬飼カイトのポテンシャル次第ではどうとでもなるはず。短期的には解除不可能でも、長期的に見れば……自力であるならば、きっと。
ゆえにノエルは抗議を諦めた。
ヌイの勘は十中八九正しい。あれは勘ではなく、超観察力か何かなのだから。観察に思考が行き過ぎて、目の前の小事に躓くのだけれど。
その上、安全策としてノエルを付けたり、兄を動かしたりもしている。
犬飼カイトがシュマロを育成しているように、夕暮園ヌイもまた最強の【テイマー】を生み出せるように育成している、ということなのだろう。
志半ばで国によって排除されてしまった二番目のことを思えば、たしかに十全であっても死ぬときは死ぬ。
それに知っている。
夕暮園ヌイは目的のために躊躇するタイプではないが、かといって他者をないがしろにするような暴君でもない。
通話の向こう。
ヌイの声がすうと真剣の色を帯びた。
『ボクたちは必ずダンジョンを殺す。この無理ゲーをクリアしてみせる。世界を維持する。そのためにはキミも、ボクも、犬飼カイトくんも……かわゆいシュマロちゃんも全力を出さないといけない。陳腐な強さに甘んじてはいけない』
「……解りました」
『じつは犬飼くんの【力】以外にもひとつだけ、とあることを奪っているだけど、それについても許してくれるかな?』
「何でも良いです。オレはヌイさまを信じているので!」
良かったあ、と電話の向こうのヌイがけらけらとおかしそうに笑っている。相当にウケることがあったらしい。
ひとしきり笑った後、ヌイは悪戯好きの猫のように言い放った。
『それでどうだったの、ノエルくん?』
「……どう、とは? 護衛の件ですか。しくじりましたよ。オレの想定以上にオレは対人では使い物になりません」
『いやいや違う違う。私が犬飼くんにキミを預けたのは、キミを成長させるためだって言ったでしょ? どう? どう? どう?』
くすくす、と魔女のようにヌイが嗤って言った。
『ちゃんと恋はできたかな? 人としての心は成長できたのかにゃん? ノエル・キャンディーちゃん
ノエルちゃん十七歳は顔を真っ赤に染めてスマートフォンを大地に叩き付けた。【鬼】のスペックで叩き付けられたスマートフォンは無事ではなかった。
また、その破砕音をゼロ距離でぶつけられたヌイもまた目を白黒させていた。
次回 新しい日常
――――
作者からのお知らせです。
今話で第四章『スタンピード』は終了となります。
「リベンジ・マッチつええ」や「これからも読みてえ!」と思った方はぜひお話の【フォロー】と【評価(星つけ)】のご協力をよろしくお願いいたします。
すでに終えているという方はありがとうございます。助かります。
次回より第五章『沖縄』が始まります。
沖縄でいったい何が起こるのか。ライバルの出現や本格的なボス戦などなど、色々とある章が始まるようです。
それでは明日からもよろしくお願いいたします。
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