第69話 思わぬ

   ▽第六十九話 思わぬ


 カイトは目を覚ました。

 髪を乱雑に掻きむしる。黒い血まみれの自分を自覚して「我ながら死んでた」と思って苦笑した。


 ケルベロスが居ない。

 代替するように工場地帯は破壊されており、ケルベロスと何か、、が争った爪痕のみが残されている……

 なんとなくカイトは「シュマロがやったんだ」と理解できていた。


「勝った……」


 息を漏らす。安堵の。

 カイトは確実に死んでいた。みすみすシュマロを殺されたことにより【テイマー】の罪が発動したのである。

 それもキャンセルされた。

 事実としてシュマロは「死ななかった」からだ。


 シュマロが死んでいた時間だけ、カイトも死を体験することになったのだろう。

 かなり苦しかった。

 おそらく死んでいた時間は一瞬なのだが、壮絶な痛みによるショックで気絶していたのだろう。

 できればもう二度とシュマロには死んでほしくない、と色々な意味で思う。血でどす黒くなった衣服や羽衣を見てウンザリする。


 あとで探索者ギルド内にあるクリーニングに出さねばならない。


 カイトは【リベンジマッチ】があることを当然ながら想定していた。

 ゆえに切り札たる送還は選ばなかった。それが発動しても通用しなかった時こそが送還の切り時である。


 しかしながら【リベンジ】系はすべてダメージを無効化しているのではなく、耐えているだけだ。【リベンジ・クロー】も【リベンジ・マッチ】も同じである。

 痛みも怪我もないけれど。

【狂戦士】たるシュマロの良さを演出するのが【テイマー】の役目といえども、いささか良心に差し障る。


 とはいえ嫌でもやらねばならないこともある。

 それが探索者として恩恵を得たことによって生じる義務だからだ。ギリギリまで粘る姿勢は必須。

 唯一、カイトの想定外があったとすれば【テイマー】の罪が発動したことだ。


 これは別に自分だけ安全圏にいたかったわけではなく、30秒経過後も敵が生存し、シュマロが窮地に陥った時に送還できなくなったかもしれないことを問題と感じた。

 シュマロを死なせるつもりはない。

 常にリスクを減らすように動いているし、いつでも逃す準備だけは用意してあるつもりだ(カイトも人間なので完全というのは不可能で、本気でリスクをゼロにしたければ一切のダンジョンに潜れなくなる)。


 リベンジ・マッチ。

 良い意味でも悪い意味でも奥の手だ。

 二重の意味で「最悪の保険」とも呼べるだろう。これが発動して終了するまで、厳密にはシュマロには命の危機は訪れないのだが……システム的な面はともかく、感情的には複雑である。


「かといって敵前逃亡したら何人死ぬか解ったもんじゃないし、そっちもそっちで良心を腐らせるし……最悪の場合は義務の放棄で探索深度を上げられなくなるし」


 結論。スタンピードってしんどいな……


 そのようなことを考えていれば、重量が背中から押しつぶしてきた。舞い散る白い毛によって、襲撃者の正体については伝わってくる。

 背中をグッと押さえつけるストレッチのような体勢だ。


 カイトはどうにか脱出し、シュマロを抑えるために抱き留めた。


 むしろ、これはサモエドを喜ばせる結果となった。

 壮絶にベロベロと顔面を舐められる。嫌がって顔を背けても、頬や首を舐められて大変にくすぐったい。


「もういい、もういい、解った解った」

「わふ! わうううん! わん!」

「耳元で吠えすぎだって、解った解ったから」


 サモエドは温厚な犬種とされている。

 無論、犬種だけで人格や性質というものは測りかねる。個体差は顕著だ。それでもサモエドという種族は基本的に「威嚇的」に吠えるタイプではない。

 コミュニケーション的に吠える犬なのだ。

 ゆえに普通に躾けても「静かな性格」でない限り、わりとコミュニケーション吠えを行う。会話の代わりの吠えだ。


 サモエドの吠えはよく通る。

 マンションなどで飼った場合は、吠えられずにストレスになるかもしれないが、しっかりと吠えをとどめねば騒音被害を生み出すことだろう。

 カイトは今のところ、実家が一軒家なので気にはしていない。


 ともかく、それを顔の横から食らい、カイトは耳がきいんと痛んだ。


 おうんおうん、と泣くようにサモエドが鳴く。

 カイトはよしよし、と逆に攻勢に出てもみくちゃにすることによって、サモエドからの執拗な舐めを封じ込めた。


「怖かったな。でもやるじゃん。よく勝った」

「わん!」

「そうか、わんか」


 ひとしきり落ち着いた。

 かなり暴れて疲れたのだろう。まだスタンピードは完了していないが、コアモンスターを討伐したことによって「おかわり」は供給されない。

 残存戦力で勝ちきれるだろう。

 もうカイトたちの仕事は終わったとみてよろしい。


「すごかったな、そこの犬!」

「配信許可良いですか!?」

「殺されるかと思った、マジでたすかるー!」

「犬撫でさせて!」

「オヤツ買ってあるんですけど、あげても大丈夫ですか!?」


 戦闘終了を見て探索者たちが駆け寄ってきた。

 まず、スタンピードを終わらせようよ、と言いたかったけれど、ケルベロスから生き残った喜びで理性が溶けているようだ。



 理解できるので黙っていれば……ソレが落ちてきた。



 人並みを無視するように。

 それは。その男は。昨日、炎上の結果、親が地位を失ったソレは。


「お前の所為でええええええええええええ!」


 目を剥く。

 剣を振り下ろしながら落ちてくるのは、国木くにきだった。尋常ではない鬼気迫った、凶器的な相貌でシュマロ目掛けて剣を振りかぶっている。

 

 シュマロは気づけていない。


 戦闘終了によって気が緩んでいる。大量の人に囲まれたことにより、いつもと違う状況に戸惑っている。

 そこまで悪意に敏感な質でもないのだろう。

 シュマロは知らない。人間の怖さ。


「っ! シュマロっ!」


 だから、カイトはノータイムで愛犬を送還した。

 突然と消えた犬。

 誰もが目を見開く中、カイトは国木の尋常ではない目がこちらを捉えたことを悟る。まずい、と思って逃げようとするよりも早く。


 昨日時点でリーダー候補を自称していた男は強かった。

 少なくとも純粋【テイマー】たるカイトよりは。

 一瞬で距離を詰め切られて、腹に何かを叩き込まれた。ぐふっ、と「く」の字に折れ曲がっていれば、視界が白く染まっていく。


 咄嗟に牧杖を握り締めたのは、彼が優秀な探索者たる証だろう。

 景色が染まっていき、消えていく。


「ざまああああwwwww ざまあ展開、神展開キタコレ!? お前みたいなズルしてずるい奴、シネ! シネ! シネええええええええよおおおおお! 殺されろおおおおお!!」


 それが消えていくカイトがどうにか聞けた言葉だった。


       ▽

 カイトが目を開けば、そこは白い箱をイメージさせる室内だった。正方形の部屋には四方それぞれに切れ目のようなドアがある。

 不自然な部屋。

 だからこそ、ここがダンジョン内だとすぐに気がつけた。

 その中央にてカイトは身を振って、少しでも多くの情報を手に入れようと試みていた。その時だ。


「お、ようやくお出ましか」


 なんて声とともに切れ目のような扉が、自動ドアのように開く。

 四方の扉からは合計十名の人が現れる。数名、記憶の中にある顔が混ざっていた。それは今回の作戦で戦力を期待されていたレベル50越えの探索者たちだ。

 手に手に武器を持ち、その切っ先はすべてカイトに向けられていた。


 ふわ、とカイトは和やかに微笑む。


「良かった、生きてたんですね!」

「お前、相当に勘が良いな。いや、八番目なんだからただ者じゃないのは当然か」

「……」


 カイトはあえて明るく振る舞って、相手の気を緩ませようと試みていた。それをあっさりと看破されてしまう。

 探索者たちの目にあるのは剣呑。

 ふう、と静かに息を吸う。なんだか嫌な予感が止まらない。


「なにが目的なんですか?」

「お前に教えてやる義理は――」


 そうレベル50探索者の代表が拒絶しようとした時だ。彼らの前に展開している、おそらくカイトの体感でレベル20から30くらいの探索者が口端を醜く吊り上げた。


「もう良いじゃないっすか、三島みしまさん。とっとと殺しちゃいましょうよ。田中さんを待つ必要なんてないす。しょせん【テイマー】でしょ?」

「……はあ」


 頭痛を覚えたかのように、三島と呼ばれた男が頭を抑えた。カイトのほうに軽く会釈するように頭を下げてくる始末だ。


「上の奴は解ってねえ。現場で重要なのは数じゃなくて質なんだよなあ。まあだが政治家や商人ってのは数こそが強さだから、強さの感覚が違うのは解るが。こんな数合わせ居ないほうが現場は楽っていつになったら解ってくれるのやら」

「は? おい、今てめえ俺らのことを――」

「――だまれ、しゃべるな、次に口を開けば八番目にやられたことにして始末する。全員を、連帯責任で。いいな」

「…………」


 不穏な会話。

 カイトの都合なんてすべて無視したような語り口。それにこの場で出される「田中、、」の名前は、嫌な予感を加速させて止まってくれない。

 今、カイトは窮地にある。

 それだけはどうにか飲み込めた。だが手札がない。


「俺が何をしたと?」

「解るだろ? 強い力ってのはより強い力に狙われる。欲するという意味でもあり、抑止するという意味でもあり、だ。お前、早い話が『上』から嫌われたんだわ」

「わざわざ狙われるほどの力なんて俺は持っていないです」

「正気で言ってるか? それともヌイに奪われたか?」

「……?」


 まあ良い。

 と三島は厳つい顔面を歪ませて、その手の武器をゆっくりと下げた。それに倣って他のレベル50たちも武器を下げる。


「田中さんが来るまでお話に付き合ってやる。無論、やりたくなったらやれや。俺としては万が一でも死にたくねえから、絶対に勝てる戦力が集まるの待つ。お前としては……情報を知れるチャンスだな。んなのたたきのめして奪うってんなら戦闘開始でも良いぜ」


 不穏な空気が両者の間を通り抜けていく。

 カイトはギュッと牧杖を握り締めた。その光景を凝視しているレベル50たちは固唾をのむ。だが、カイトが力を抜いたのを見て、ほっと息を吐く。


「解りました、お話、しましょうか」


 命がけの会話が始まろうとしていた。


   次回 悪意の計画

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