第57話 メンツの確認

    ▽第五十七話 メンツの確認


 溝白町にはすぐに辿り着いた。

 何があるか解らないので送還は使いたくなかった。ゆえに犬ありタクシーでの到着である。車に酔う質のノエルだが、短時間なのでどうにか重度の吐き気で済まされていた。


 集合場所は溝白町が誇る、溝白中学だ。


 避難指示があったらしく、生徒たちはいない。

 久しぶりの学校――カイトは高校生だが――によって少なからず精神にダメージを受けるカイト。寄ってきたシュマロへと屈み込んで、そのふわふわの体毛を撫で繰り回した。サモエドは極上だ、とでも言うように身を委ねてくる。

 背中を撫でる。

 時折、カイトの顔を見ようと上目遣いで見上げてくるが、その所為でやや撫で辛い。不意のサモエド堪能タイムにノエルが鼻を鳴らす。


「んだよ、いきなりよ」

「落ち着いた」

「なんでざわついたんだよ」

「そういうこともあるよね」

「ねえよ」


 カイトたちは揃って体育館に入った。

 どうやらここが会議場の代わりになるようだ。入ってみればずらり、と探索者と思しきメンツが勢揃いしていた。


 上は大人から、下は子どもまで選り取り見取りである。

 中には小学生くらいの子もいた。ダンジョンは次々に新設されていく。いずれは『10才未満限定』のような縛りのダンジョンも出るかもしれぬ。

 少なくともフィリピンでは出現した。

 だから日本は子どものダンジョン探索者を積極的に支持するしかないのだ。それでも基本的には中学生からしかダンジョン探索は許可されていない。


 一部の例外は……特殊な条件を満たしたエリート。

 あるいはカイトやシュマロのようにダンジョン外でレベルアップを経験してしまい、それに付随する『罪』を対処するために探索が許可された人物。


「あ。犬飼カイト」

「あとサモエド」


 探索者たちが寄ってくる。

 カイトは思わず後じさりしたが、一方で人なつっこいサモエドは首を傾げるに留まる。何人かが屈んでシュマロを撫でる。

 困ったのが全員が本気で悪意がないところだ。ただの一般犬好きたちである。

 ゆえにこそ注意しようにも、シュマロも楽しんでいるし、これから命がけの仕事を一緒にする予定なので不和は生存率を落とすしな、と社会性とで揺れる。


「あの。触っても良いですか」


 先の小学生は礼儀正しく上目遣いで問うてくる。

 大人連中が無遠慮に触る中、たいしたものだと感心してしまった。何人かの大人は小学生の礼儀正しさに恥ずかしくなり、少しだけ距離を取ってきた。


 サモエドの魅力に取り憑かれた人物は、普通にシュマロを撫でていた。


 だが、シュマロはシュマロで悪い気がしていないようだった。その様子を見た探索者たちはメロメロにされていた。犬に対して興味のない者もけっこういた。

 そのメンバーたちはむしろカイトのほうに注目している様子だ。


「失礼します」


 と小学生がお尻付近を撫でる。

 複数の人にメチャクチャに撫でられ、シュマロは楽しげだ。その様子をはらはらと見守っていれば、隣のノエルがふんと腕を組んだ。


「おかしいぞ、犬飼」

「どうしたの」

「メンツが弱すぎる。この中じゃオレが一番レベルが高い。スタンピードの脅威が不明なら、上位探索者がもう一人くらいは加わって……」


 ギョッとした顔でノエルがカイトを見やった。


「もしかしたら、お前が上位探索者換算されてやがるのか?」

「え、俺?」

「……あり得なくはねえ。初心者ってだけで実力は通用するだろうしな」

「しないよ!」

「あ?」


 睨まれてしまう。

 カイトはそっと目を逸らした。とはいえ、今回のスタンピードはレベル20くらいが想定されている。

 それならばたしかにカイトでも通用するだろう、と改めて思い直す。


 腕時計を見た。


 そろそろ集合時間が迫っている。

 この体育館には三十名ほどの探索者がいるが、スタンピードは果たしてこの人数で対処可能なのだろうか。

 まだ予兆を見せるだけだ。

 あくまでもこのメンバーは調査員。本番にはもっと集まるはずだが……と思っていると体育館の舞台上から声が聞こえてきた。


「あーい、俺さあ、犬、嫌いなんだよね」


 ぴょん、と舞台から飛び降りたかと思えば、その青年は異常な跳躍力を見せてカイトたちの前に落ちてきた。

 体育館が着地音に揺れた気がした。

 シュマロもびっくりしている。


「俺、今回のリーダー予定の国木くにき北星ほくせいなんだけど。犬飼カイトだよな。お前さ、誰に許可とって目立ってんの?」

「え?」

「いや質問を聞き返してくるとか育ちわりぃー。あと体育館に犬とか連れ込むなよな、マジで頭わりぃー」


 国木と名乗った青年が足を振り上げた。

 何をするつもりなのか、とカイトは怪訝そうな顔を浮かべた。あくまでも常識人たるカイトにはヤバい奴の行動は理解ができない。


 足が解き放たれた。

 それは低い位置にあるシュマロの横腹を目掛けた蹴りだった。それに気がついた時には、もう後衛職たるカイトでは反応できなかった。


 目を見開くのがやっとだ。


 いや。

 仮に舞台で現れた瞬間に気がついていたとしても、カイトのステータスではどうしようもない。


 まずい、と思って動こうとした時だ。

 すでにノエルが動いていた。まだ中学生に成り立て、といった様子の幼いノエルではあるが、ヌイが派遣したというだけはある。


 見えぬほどに速い拳だ。


 それが国木の顔面を打ち据えていた。

 国木の凡庸な顔立ちがぐちゃ、と一瞬だけ潰れたかと思えば、その勢いで何本もの歯が宙へ散らばる。吹っ飛んだ。


「オレはノエル・キャンディー。舐めるなよ、くそ雑魚が」


 国木は体育館の壁に激突し、そのまま束の間を意識ゼロで過ごした。さすがにすぐに復帰してきて、彼は抜けたものがある口を大きくかっ開いて喚く。


「お、おへはムツルギコーポレーションの副社長の息子だほ! ほまえ! どうなっへも、しはないはらな!」

「犬、蹴ろうとしたよな?」

「けっへないっ!」

「たしかにな。オレが蹴らせなかった。でも、お前は蹴る仕草をした。遊びだろうとどうだろうと、本当は蹴るつもりがなかろうが、そんなのオレが知ったことか? 実際に犬が蹴られたあとに文句でも言うか? 馬鹿かよ」


 国木がポーションを震える手で取りだして一気飲みした。

 それだけでずらり、と歯が生え揃う。かなり上質のポーションだ。値段にすれば100万円を超えるかもしれない。


 大規模な会社の副社長――の息子というのは本当のようだ。


 ただ。

 この場は探索者たちが勢揃いする場所だ。何人かは配信をしている。昨今、注目の的たる犬飼カイトやそのペットたる「ヤバい犬」を映さない者はいない。

 今の時代、探索者の肖像権とやらは軽視されているのだ。

 国木は勝ち誇ったような表情で、嫌な奴全開でノエルを中指で指す。


「お前、人生終わりだから。金と権力の力を甘く見過ぎなんだよ、ガキ」

「……マジで言ってる?」

「びびっててくさああああああ。草、草、草あああああああああああああああああああああああああああ!」


 その夜。

 当然のように大炎上した国木(父)は記者会見の場に引きずり出され、その勢いで副社長の座から解任されてしまった。


 その際の言い訳はとても酷いものだった。

 悉く失敗した、と言い換えることが可能だった。


 曰く、

「あれは遊び」

「本当に蹴るつもりはなかった」

「蹴っていないのに息子は暴行を受けた!」

「申し訳ない」

「我が家でも犬を飼っていて、あれくらいはよくあるスキンシップ」

「体育館に犬を連れ込むのは良くない」

「犬飼カイトの両親は彼を放置して海外に居る。教育が不十分なのは仕方がない」

「権力を使って誰かをどうかしたことは記憶にない」


 などを述べた。

 それぞれ。ネットでは。


 遊びで蹴って良いなら、遊びで殴られても良くない?

 蹴るつもりがあるかどうかは争点じゃなくて草。

 馬鹿息子ざまあ。

 謝ってるのに頭まったく下げてなくてプライド高杉。

 自分の家の犬も蹴ってるってこと? 動物愛護団体はなにしてんの。

 探索者ギルド公認なんだが????

 両親批判し始めるの、やっぱりさっきの謝罪に誠意なくてワロタ。馬鹿息子の親、ここにあり。

 明らかに馬鹿息子、権力と金でどうにかしてきた奴だろ。状況証拠ぞろぞろ。


 ということになった。

 無論、中には無条件に犬飼カイトを批難する者もいたが……ネットはそういうものである。そしてネットにはミスをした者を正義の名の下に叩くことを怠らない醜悪さと怠惰さとがあった。


 という顛末のノエルから聞いたカイトは「だからネットは見ないんだ」と述べた。


   次回 調査

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