第38話 蘇る温もり
何もかもから逃げ出した俺は、街の空を彷徨いながら、ふと思い出した。
(母さん——俺も死んだってのに、母さんには会えなかったな)
街の喧騒を他所に、俺は空を見上げる。
(……母さんは最期、俺に何を伝えたかったんだ?)
声を漏らすが、その言葉は虚しく、空に消えていく。
それもそのはず、空は何も——答えてくれない。
(……そうだ。このまま天まで昇っていけば、母さんに会えるかもしれない)
——あらぬ事を考えた俺は、空に吸い込まれる様に昇っていった。
(——もし会えたら、何を話そう。やっぱり皆んなの事かな。……友達? とは違うけど仲間ができたんだぜって。……俺、昔から友達とかいなかったから、きっと、母さんも喜んでくれるよね?)
徐々に離れるギルバディアの街。そこには、帝国に立ち向かおうと、互いに助け合う人々の姿。
——だがそれは、もう俺には関係のない光景だ。
俺は一刻も早く、この世界から消えたい。
心も、体も、全部——ここからいなくなりたい。
(——母さん)
天に昇り、最愛の者の名を呟いた次の瞬間——。
(なんだっ⁉︎)
——俺の両脇から、何かが絡みついた。
『んぎぎぎ……どこ行くんですかぁ!』
なんと、俺の体にしがみついていたのは、ラキだった。
抵抗を試みたが——俺はされるがままに、引き戻される。
(離せ! 一体なんのつもりだ⁉︎)
『——なんで嘘なんかつくんですか⁉︎ 本当は皆の事、救いたいくせに!』
聞き分けのない子供を叱るように、ラキは俺に言い放つ。
(うるさい! お前らなんかどうでもいいって、さっきも言ったはずだ!)
『じゃあどうして! あの時、私を助けてくれたんですか?』
(……あの時?)
——俺は、死んだはずのラキが、目の前に現れた時の事を思い出していた。
あの時は確か、名前を呼んだら勝手に出てきたんだっけか。
(あ、あんなのはただの偶然だ! 俺にはもう——)
『それでも! 皆さんの事、助けましょうよ!』
まるで駄々をこねる子供の様に、次々と言葉を被せるラキ。
これ以上は何を言ってもダメだと思い、俺が黙っていると、今度は彼女が切なげな表情を見せた。
『だって——ずっと皆んなと、一緒だったじゃないですか?』
(それは……)
そうだったけど……。
『あんなに、楽しかったじゃないですか?』
(まぁ……)
楽しくないって言ったら、嘘になる。
『カガミさんは、きっと皆んなを——』
(ラキ……)
そんな事は、全部わかってる。
全部、ラキの言う通りだよ。
本当は——救いたい。
——俺はこの世界の事、みんな知っていると思っていた。だけど、何も知らなかった。
あいつらが、あんな風に戦って、あんな風に泣いて、あんな風に笑っていたなんて、何一つ知らなかった。
あいつらの事を俺は、
紙の上の存在で、生きてなんかいないと。
……そう思い込んでいたから。
だけど、本当は……本当は——。
(——ぃたい)
『カガミさん……?』
(一緒に旅をして、苦労して乗り越えて、知らない一面がたくさんあった。それにこんな形だけど、皆が俺を受け入れてくれて、内心嬉しかった——)
気がつくと、喉につっかえた本心が、声になっていた。
(バルナの人達だって。一人一人に、名前も生活も家族もある……誰一人、失っていい命なんてなかった。だから、あの惨劇を作った俺が、なんとかしなきゃいけなかったのに……結局、帝国に——)
ボロボロと溢れ出す思いの丈を、ラキは黙って受け止めてくれていた。
(物語の人間だって、最初は割り切った。だから何度も、仕方ないって思い込もうともした。でも……ダメだった——。だって……もうあいつらの事、救いたいと思ってしまった。仲間だって——思ってしまったから)
思えば思うほど辛くなる。
俺の中であいつらの事は既に、大切な存在になっていた。
だけど、何の力にもなれない俺が、あいつらを好きになっていいはずがない。
——責任を感じ、自分を戒める俺の横で、嬉しそうに微笑んだラキが口を開いた。
『——やっと本心を、言ってくれましたね!』
(え……?)
『あの時と同じ……救いたい、仲間だって——言いましたよね⁉︎ ね⁉︎』
彼女の触発により、まんまと俺の本心は曝け出されていた。
その言葉を待っていた彼女は、さらに俺の心の内に迫る。
『もう一度……一緒にがんばりましょうよ! カガミさんがそう思ってるなら、きっと、まだ間に合います!』
(間に合う……?)
その言葉に、俺は思わず言い返した。
(そんなの……わかるわけないだろ……! もう手遅れかもしれない。全部終わったかもしれないのに……)
冷めやらぬ俺の気持ちを吐き出すが、ラキは——それでも笑っていた。
『……私は、まだ信じてます。絶対にカガミさんなら、みんなを助けられるって』
(信じてるって……なんで俺なんかを……)
彼女は——そっと胸に手を当てる。
『今ここに私がいるのは、カガミさんが救ってくれたから。偶然なんて言ってたけど、あの時、“救いたい”ってカガミさんの声、ちゃんと聞こえていましたから!』
——彼女の笑顔を見て、俺は思い出した。
そうだった……この笑顔が救いたくて、俺はあの時願ったんだ。
『それに今まで、いつも誰かのために動いていたカガミさんを、私はちゃんと見てきましたから! だから——』
ラキは跪き、手を差し伸べる。
『私は、ずっと笑顔のまま、カガミさんのそばにいます。そうすれば、きっとカガミさんの希望になるって、信じてますから!』
その希望に、根拠なんてなかった。
だけど、彼女が“信じてる”と言って笑ってくれるだけで、俺の心はいっぱいになっていた。
——やがて彼女は、俺のエギルにゆっくりと触れ、そっと抱きしめた。
剥き出した俺の弱さを、包むように。
体なんて無いはずなのに、ラキの腕の中はとても温かかった。
温かくて、胸の奥が熱くなる様なあの感覚を、思い出した。
まるでそれは——母の腕の中で初めて温もりを覚える、赤子のようだった。
——何度も……何度も、この笑顔に助けられた。
俺が生きていたら、きっと涙を流していただろうと思う。
前に抱きしめられた時は“よくわからない”なんて言ったけど、今ならわかる。
これは、俺の心が誰かを“想っている証拠”なんだ。
彼女の温もりに触れ、もう底の尽きたと思われた希望がほんの少しだけ湧いてきた気がする。
(……ありがとうな、ラキ。もう一度……もう一度、やり直してみるよ)
そう心に呟いた時、彼女の温もりがより強く伝わる感覚を、俺は
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