第18話 一番強いやつ

 訓練所の騒ぎを聞きつけ騎士長マールの登場が登場する。いつもの様に優しげな表情を崩さない彼だが、集まったバルナ兵たちは一斉に姿勢を正す。


「マール様!」


「これは……失礼しました!」


 彼の近くにいた兵士は、すぐに頭を下げ、ルキとの一件を説明する。


『あわわわ……あのマールさんって人、やっぱり怒っているでしょうか?』


 荒ぶる屈強な兵士達を一言で制したところを見る限り、彼がここで一番位の高いであろう事は確かだった。その様子を見てカガミの後ろに隠れるラキ。


(心配するな。バルナの騎士長様だぞ? 子供の言動など多めに見るさ)

 この先の展開を知る俺は、こんな状況など当然気にしない。

 

 さっきまで自分に怒号をあげていた兵たちが、このマールという男には深々と頭を下げる。

 その様子を見たルキはピンときたように目を細め、こう放った。


「おっさん……あんたがここの一番か?」


「おっ……さん……?」


 ——兵士一同の、空気が少し変わった気がした。


(あれ?)


 ラキも何かに気づき隣で、マールを観察している。


『マールさんのエギル、ピクッてしましたよ!? これ……ヤバいやつじゃないですか!?』


(多めに見るさ……多分)

 あの様子、マール本人は結構気にするタイプなのか……知らなかった。

 彼は大人だと勝手に思っていたが、キャラそれぞれにも意外な一面があるらしい。実際に物語の世界を体験する事で、知ってるキャラの新しい顔がどんどん露わになっていくな……。


 ——一瞬その場が凍りついたが、結局何も起きず、マールは少しため息をついてルキの相手をしてあげることに。


「しゃあ! 勝負だ!」


 ピリついた空気に全く気づかず、ルキはブンブンと剣を振っている。


『ルキってば、コテンパンにされなきゃいいけど……』


 ラキが心配していた矢先——ルキは一気にマールに飛び込んだ!

 叫びと共に鋭く踏み込み、剣を振るう。

 

 ——だが、マールは動かない。

 その子供離れした柔軟な動きに、周囲の兵士たちは、どよめいている。


「おい、あいつ……本当に子供か?」


「信じられん……」


 マルク達との旅の中で、多くの実践経験を積んだルキにとってはこれくらい当然だな。

 予想以上に食い下がるルキをみて、少し鼻高々にそれを眺める姉の姿。


『ルキすごい……このまま勝っちゃうんじゃないですか!?』


 俺とラキが高みの見物をしているのも束の間。

 マールの剣が一閃し、ルキの木剣が宙を舞った。


「……っ!」


 その場を制したのはマール。

 荒ぶる剣を的確に見切った無駄のない動き。彼は宙に舞う木剣を難なく受け取った。


 完全なる力の差を見せつけられたルキ。膝をついたまま、拳を固く握りしめ、歯を食いしばる。


『あらら、やっぱりダメでしたか……』

 序盤のルキの快進撃に少し期待をしたラキだったが、やはり現実は遠く及ばない。

 そして——周囲からは小さな笑い声が漏れる。


「当然の結果だな……」


「流石は、マール様だ」


 ルキの顔からは悔しさが滲み出る。それは彼が、笑いものにされ恥をかいたからではなかった。

 ——それを察したマールは、彼に静かに歩み寄った。


「どうして、そこまで強くなりたいのですか?」


「……強くなきゃ——守れないから」


 ルキが異様に強さに固執する理由、それはやはり過去に失った家族の存在だった。


 強い意志の宿ったその言葉に、いつもの笑顔に戻りマールは優しい言葉をかける。


「……わかりました。ここにいる間は、私が稽古をつけましょう」


 奪い取った木剣を、再びルキに差し出すマール。


「……ほんとか!?」


「はい。でも……“おっさん”ではなく“マールさん”と呼んでくださいね。私はそこまで歳をとっておりませんよ?」


 木剣を受け取ったルキの顔はパッと明るくなり、驚きと喜びの混じった声を上げ立ちあがった。


「戦う理由を持つ者は、必ず強くなれます。……しかし、強さとは振るうことだけじゃないことを忘れないでください」


 その真剣な眼差しはルキだけではなく、後ろに野次を飛ばしていた兵士達に向けられているものでもあった。

 

「マールさん……」


「俺たちはなんて事を……」



 騎士長の言葉を受けたバルナ兵。

 その大きな背中を見た彼らはもう、ラキの敗北を笑うのはやめ、それでも上を向く一人の少年に敬意を表していた。


 歓喜に震え、再び兵に混じり訓練を続けるルキの姿を眺めながら微笑むラキ。


『…….がんばって。ルキ』


 初めは生意気な弟を止めていたが、バルナ兵達に快く受け入れられたルキを応援する様になっていた。



 ——訓練所の騒動は、マールの登場により丸く収まり、疲れ切ったルキは宿に戻り、いち早く休んでいた。


 そしてその夜、いつものように宿屋の廊下で過ごしていた俺に……。


『……カガミさん?』


(ん? どうした?)


 しばしの時間が過ぎた後、ラキは変わった様子で疑問を投げかけた。


『いえ……いつもみたいに“いなくなれ”って言わないから、なんだか……落ち着かなくて……』


(ああ、そうだったな。じゃあ——)


『待ってください!』


 いつも通りの行動を思い出し、ラキを引っ込めようとした俺だったが、言葉を被せるラキ。


『——何かあったんですか?』


(……)


 ラキの言う通り、俺の頭の中にはある事が引っかかっていた。

 その理由は、バルナ国王による皇帝暗殺計画という危険な任務に、マルクが加担する為だった。


(……いや、たいした事じゃないんだ。忘れてくれ)


 ラキに話しても仕方がないと、俺は再び一人で悩み、言葉を濁したが……。


『……カガミさん、今朝から変ですよ』


(なんだよ一体)


 いつもと違う真剣な面持ちで、ラキは俺の方を見て続けた。


『悩んでいる事があるのなら、私に話してみてください。カガミさんは恩人ですから、なんでもしてあげたいんです!』


 いつになく問い詰めるラキ。ずっとカガミのそばにいた彼女には、彼が隠し事をしている事などお見通しだった。


 ずっと隠していても仕方がないか……この子には、もう話してしまおう。


 ラキの気持ちに押され、覚悟を決めた俺は、国王がマルクに持ちかけた、皇帝の暗殺計画についての全てを話した——。


 

 ——数分後。


 暗殺計画についてを聞いたラキは、顎に手を置き下を向き考え込む。

 やはりこんなこと、彼女に話すべきではなかったか……?


 これから起きるであろう戦いにより、ショックを与えてしまったかもしれないと少し後悔した俺の横で、彼女は突然顔を上げ両拳握る。


『やりましょう!』


(え?)


『皇帝暗殺! やりましょうよ! 私たちにも出来る事があるはずです!』


 大陸の運命を左右するかもしれない一大イベントに対しラキはかなり乗り気だった。


(おいおい、女の子がそんな過激発言をするものじゃないぞ……)


 しかし、ラキはそのまま続ける。

 俺はその言葉で、彼女が面白半分でこの話に乗ったわけではない事を理解した。


『お父さんは帝国に殺されて、それからお母さんも私もいなくなって……ルキは一人になりました。あんな思い、もう誰にもしてほしくないんです』


 ……そうだったな。

 元はと言えば帝国の侵略により、この大陸の治安は乱れ、ラキの一家は皆殺されてしまった。

 皇帝に強い恨みを持つラキにとっては、当然の発想だ。

 

 しかし、彼女の目に映るのは絶望ではなかった。

『バルナ王国には、強い王様にマールさん、それに今はマルクさんにルミナさんに、ついでにルキもいますから帝国なんて目じゃないですよ!』


 皆の力を信じて疑わないラキの目には、希望という光が満ち溢れていた。

 ラキもまたこの大陸の平和の望んでいるんだろう。


 ——だが俺の本当に話したかった事はこれだけじゃなかった。


 俺の知っている限りでは、この暗殺計画は……。




 失敗する——。




 死んでもなお、光を失わないラキ。

 そんな彼女を見ていたら、俺はこの残酷な筋書きを明かすことなどできない。

 それを口にすれば、きっとラキは……笑っていられなくなる。

 ……だが、もしこの未来が変わるとしたら。それを信じたいと思える自分も、少しだけいた。

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