第7話 魔法と科学の対話
──風が吹いていた。
地下には本来、風などない。だがこの空間には、確かに“流れ”があった。
それは霊脈の呼吸、魔力の循環。
人工の機構とは異なる、“生きた空間”の脈動だった。
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「彼らは……もう退いたのか?」
神脈宮の中庭で、リュミナは独り空を見上げていた。
戦の余波で光の天井はまだ揺れており、霊花は一部萎れていた。
彼女の肩には、戦闘時の痕跡──血の染みがまだ残っていた。
「あなたは“語る者”なのか?」
その問いに、向かいに座る修也はゆっくりと頷いた。
──数時間前、混乱を極めた戦場の最中。彼の発した神秘言語が、唯一リュミナに届いた。
それが、“対話の糸口”となった。
⸻
「……まだ、完全には分からない。どうして俺にだけ、言葉が伝わるのか。だが魔導核と接触して以来、頭の中に……お前たちの“言語体系”が浮かんでくる」
「それは、“因子の共鳴”よ。あなたは魔導核に“鍵”として認められた」
リュミナの言葉は柔らかかったが、その奥には警戒と観察の色が滲んでいた。
「そして、我らの世界に踏み込んだ。“語る者”とは、時に災厄を呼ぶものでもあるの」
修也はその意味をすぐに理解できなかったが、曖昧に頷いた。
だがこの場に至って、ようやく彼も確信していた。
──対話は可能だ。
ただし、“言葉”の意味を共有できれば、という条件付きで。
⸻
「お前たちは、地上をどう見ている?」
修也の質問に、リュミナは一拍置いて答えた。
「……長く封じられてきた“危険地帯”だった。あなたたちの世界は、私たちにとって毒でもある。魔力を侵す、“熱と鉄”の文明。過去に、それがこの地下を滅ぼしかけたことがある」
「それは、いつの話だ?」
「千年前。……“最初の震律”が起きたとき」
リュミナの瞳が伏せられた。
彼女の記憶ではない。だが、彼女の“血”が覚えている歴史。
修也は言葉を飲み込んだ。
なるほど。地下の者たちにとって地上人は侵略者の再来なのだ。
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「誤解から始まった戦闘だった。だが……その中で、お前たちの仲間も死んだ。俺たちも、大勢を失った」
「捕らえられた者もいたわ。生死は未確認だけれど、怪物たちに攫われた」
「……あれは、お前たちの兵器じゃないのか?」
リュミナは、かぶりを振った。
「あれらは《封獣》。霊脈の断裂や、過剰な外部刺激によって“封印域”が破られ、動き出した。私たちすら制御できない存在」
「つまり、あの怪物は第三勢力……か」
修也は顔をしかめた。
戦場に現れたあの恐竜のような怪物が、地上にも地下にも属さない存在であるなら──
この戦争は、もはや“対話”だけでは終わらない。
⸻
「……お前は、王女なのか?」
「そう。だがそれ以上に、“霊脈の声を聴く者”。私の義務は、“争いを止めること”」
「なら、協力してくれ。あの怪物たちが何なのか、どう封じられていたのか、知りたい」
リュミナは修也をじっと見つめた。
彼の中にある“科学”と、自らが信じる“魔法”の隔たりを越えるには、まだ信頼が足りない。
だが、その手を取らなければ、再び無意味な殺し合いが始まる。
「……いいわ。ただし、あなたの世界にも同行させて。あなたたちが何を“恐れているか”を、この目で確かめたい」
「……政府が許せば、な」
「もし拒まれたら?」
「なら……俺が案内する。“個人”として」
その瞬間、リュミナの口元が、わずかに緩んだ。
それは、この地下世界の王女が初めて見せた、人間らしい笑みだった。
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