震律境界(シンリツキョウカイ)

風来坊

第一章:震律と邂逅

第1話 黒き雲、赤き噴煙

 それは、ただの地震ではなかった。


 西暦202X年七月、午前10時12分。東京湾北部を震源とするM8.6の直下型地震が、関東一円を破壊した。震度7を記録したのは東京都心、千葉北部、神奈川中部、埼玉南部。首都機能は数分で麻痺し、通信・電力・物流が連鎖的に崩壊していった。


 地震波の異常な性質は、すぐに地質研究機関の目を引いた。通常のプレート境界型ではない。想定外の断層破砕と、複数の震源域の連動。そして、奇妙な共振。


 その余震が断続的に続く中、追い打ちをかけるように、あの光景が始まった。


 富士山が、噴火したのだ。


 午前10時49分。山頂火口からの爆発的噴煙。山体崩落を伴い、大量の火山性ガスと灰が空を覆った。黒い雲が関東平野全体を飲み込む。赤い火の筋が斜面を駆け、麓の村落が次々と消えていく。


 山の“かたち”は、もはや富士ではなかった。


 無線が混線する中、御殿場自衛隊駐屯地に緊急動員命令が発された。陸上自衛隊・第1空挺団、工兵部隊、NBC(核・生物・化学)防護隊が一斉に出動する。政府は「想定外の地質崩壊に伴う火山活動」と発表したが、誰もその言葉を信じていなかった。


 ──その直後、地底から“声”が届いた。


 「……存在シマスカ?」


 振動を帯びたその音声は、マイクやセンサーを通して記録されたものではない。

 誰にも解読できない言語。けれど、耳の奥に直接届いてくるような“意識の介入”。


 防衛省はこれを、**「共鳴型音波現象」**と呼称し、極秘に調査を開始した。



 「……観測孔G-7から、さらに下層が崩落。地下に空洞が開いています!」


 富士山麓に臨時で設置された御殿場地下調査拠点。防衛省技術研究本部の地質災害班に所属する技官・**朝倉修也(あさくらしゅうや)**は、異常事態に目を見張っていた。


 モニターに映る断面図には、明らかに人工的に形成されたような空洞構造が映し出されている。縦横数百メートルにも及ぶ巨大なドーム状空間。岩盤の形状は滑らかで、溶岩流による自然形成とは思えない。


 「空間内に……熱源? 違う、これ……魔力か?」


 異常なエネルギー反応。測定不可能な波長。

 センサーは熱でも電磁でもなく、“未知の力”に反応している。


 「まるで、誰かが“扉”を開けてくれと……そう言ってるみたいだな」


 修也は呟いた。まるで自分の内側から、誰かの鼓動が呼応しているようだった。



 数時間後、災害対応と同時に、政府は「地下構造緊急調査隊(J-AGI)」を編成。

 修也も地質技官として、その初期調査チームの一員に選ばれた。


 入坑準備が整ったその瞬間、ヘッドセット越しに聞こえた通信が、彼の背筋を凍らせた。


 「──我らが地に触れし者よ、封を破った報いを受けよ」


 それは、どの言語にも分類されない言葉。

 しかし“意味”だけは、恐ろしいほど明瞭に心へ届いた。

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