第1話 言霊

“くれるなら、願いを叶えましょう”


「ねぇ、知っている?例の神社の噂」

「知ってる、知ってる。願い事が必ず叶うんでしょ?」

「そうそう、私も行ってみようかなぁ」


 ここは東北地方のとある地域。私はここの地域にある博物館で学芸員をしている。この地域には様々な民話や伝承があり季節関係なく多くの観光客が訪れる。私の勤めている博物館も観光スポットとして旅行雑誌にもよく載っている。お昼休憩の時に同僚の女性たちが願い事が叶うという神社の話をしていた。私は特段に信心深いわけではないが少し気になったので彼女たちの会話に混ざった。

「その神社ってなんていう神社なの?」

「確か“結びの社(むすびのやしろ)”って名前だった気がする」

「結びの社…私ここに20年住んでるけど聞いたことなかった」

「そうなの?まぁ、噂になったのも半年前くらいだし、最近の話だから知らなくても変じゃないよ?」

 同僚の女性たちはその神社の話をどうやらSNSで知ったそうだ。幾つになっても女の子はそういう類の話が好きらしい。私はSNSは面倒で某メッセンジャーアプリ以外は使わないし自分が体験したこと以外は信じないリアリスト。しかし、なぜか気になり調べ始めると情報が出るわ出るわ、すごい数の情報が出てくる。どの情報を見ても共通しているのは“ここで願ったことは必ず叶う”というフレーズ。

「“必ず”って言葉使うほどなら信憑性が高いんだろうか。…今度の休みに行ってみようかな」

どうしても気になった私は今度の休みに行ってみることにした。

 神社へ行く当日。天気は雲一つない快晴で気持ちの良い朝を迎えた。

「天気も良いし、気分転換には丁度いいドライブになるかな」

目的の神社までは車で1時間ほどで、途中のコンビニでコーヒーでも買ってのんびり行こうかと考えていた。私は早々と身支度を整え例の神社へ出発した。

 神社に到着すると、話題になっているわりには人が居ない。ぱっと見て4組、9人ほどで勝手に人でごった返しているのではないかと思って覚悟していたため私は拍子抜けしてしまった。

「思ったより人来てないんだなぁ」

 大きな朱色の鳥居をくぐり歩き出すと神社の境内は意外と広く、本殿まで歩いて15分ほどかかる。周りは木々に囲まれその間からの木漏れ日が神秘的な雰囲気を醸し出している。

 本殿の前にも鳥居があるのだが、朱色ではなく透明な鳥居だった。

「…なんて綺麗な鳥居なの…」

私は透明な鳥居は見たことがなかったので驚き、そして、あまりの美しさに息をのんだ。

 透明な鳥居をくぐると凛とした空気が流れている気がして私は、気が引き締まった。その時、自分の右側から刺すような視線を感じてその方向を向くと、そこに人は居らず絵馬が沢山かけられている絵馬掛けがあった。私は吸い寄せられるようにその絵馬掛けへ歩き出し、見るつもりはなかったが絵馬が裏返り絵ではなく文章が表になってかけられているものがあり思わず読んでしまった。

“あいつ嫌い、居なくなればいいのに”

なんて悪意のある願いなのだと思ったが、神頼みをしてまで消したい人物が居るのかと他人事ではあるものの少し怖くなった。そして、本殿へお参りしようと拝殿へ向かった私の耳元で…


“くれるなら、願いを叶えましょう”


「え?」

風の音に混じって消え入りそうな声で聞こえた言葉に思わず立ち止まった。私は聞こえた声の主を探してキョロキョロと辺りを見渡していると、―ドンッーと背中を押され振り向いた。そこには、小柄な女性が立っていた。女性は俯きながら歩き覇気のない表情と少し強めの口調で「邪魔!」と言うと真っすぐ拝殿へ向かいブツブツと何かを言いながら一心不乱に手を合わせはじめた。するとまた…


“くれるなら、願いを叶えましょう”


 一体どこから聞こえるのか再び辺りを見渡していると先ほど私にぶつかってきた女性が今度は私にもはっきりと聞こえる音量で、とても怖い願い事をしはじめた。

「え?…聞こえた!ねぇ、お願い!あの女を消して!あの人は私と一緒になるのが良いに決まってる!私の方が若いし可愛い。なんでもあげる!あの人が手に入るなら私は何もいらない!」

 願い事を言い終えると、彼女は「本当?ありがとう!」と空間に話しかけ、来た時とは別人のように晴れやかな表情で帰路につく。

「え?誰と話してるの?」

私は彼女から目が離せず、彼女の帰る後ろ姿を見てから拝殿へと目線を移す。

「なんか…怖いな。でも、ここまで来ていて手を合わせないっていうのも失礼な気がするし…」

 私は迷った結果、何も願わず挨拶のみをして帰ることにした。拝殿に背を向け歩き出すと背後から視線を感じたため足早にその場を離れた。


「きっとあの女の子は、昼ドラみたいなことになっているんだろうな…まぁ、私には関係ないけど」

そんな事を思いながら駐車場を目指していると、何やら神社の入り口が騒がしい。

「救急車呼びましたから!大丈夫ですか⁉しっかりしてください!」

神社の入り口には小さな人だかりができていて、中心には先ほどの訳ありそうな女性が倒れていた。私もその人だかりに行くと彼女が手に持っていたスマホが目に入ってしまった。画面は某メッセンジャーアプリのトーク画面。


『妻とは別れた。やっぱり僕は君を一番に愛している。今夜君の部屋に行くから二人で暮らす新しい部屋を探そう。愛している。』

―不在着信―

―不在着信―

―不在着信―


 返信のない女性が心配で何度も電話をしたのだろう。不在着信の文字が連なる。

 救急車が到着し、女性は搬送された。人だかりは解消され各々動き出すと私の隣に巫女さんが来て話し出した。

「時々いらっしゃるんです。ああいう方」

「そうなんですか?」

「はい、こちらの噂はご存じですか?」

「…なんでも願いが叶うってやつですか?」

「えぇ。本当はそういうご利益ではないのですよ。誰が言い始めたか知りませんが、そういう噂を信じて来て願って帰られるのです。代償と引き換えに」

「代償…ですか?」

「皆さん、お賽銭を入れてからお願いをされるでしょう?それと同じで、願いが大きければ大きいほど“お賽銭”が大きくなるのです…」

「どいう意味ですか?」

「“お賽銭”が金銭ではなく、手足や五感、寿命など“なんでも”かけるようになったのです。神様はお優しいですから、それらの代償を受け取ることで願いを叶えてくださっているです。ご自身が穢れてしまうのもいとわず…」

 そう言うと悲しそうな表情で私に会釈し巫女さんは社務所へ戻った。私はなんだか複雑な気持ちのまま車に乗り帰路につく。さっきまでの晴天が嘘のようにワイパーが追いつかないほど土砂降りになっていた。

「…ん?でも拝殿で聞いた言葉は“くれるなら、願いを叶えましょう”って聞こえた気がする…」

― 


私は思うんです。もうあそこの神様は別のモノになったんじゃないかって。言霊を使うときは“良い言葉”だけにして、誰かの不幸を願うような言葉は出さない方が良いと思います。

 そして“なんでもあげる”って条件をつけてお願いするのは誰に対しても、たとえ神様に対しても決して使わないように…

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