第9話
『――大体、俺が先生のこと、そう意味で好きとか……そんな根拠、あるんですか?』
『……俺には、ないな』
――あの日。突然、しつこく俺の恋心を聞き出してきたあの日の先生の言動のなかで。唯一感じた妙な違和感の理由に、やっと思い当たった。
(そういう、ことか)
得意げに胸を張って、誇らしげに語る横道。固まったまま次の言葉が出せないでいれば、先に少年が言葉を続けていく。
「最初はさー、単純に仕事を手伝ってるだけだと思ってたんだよね?俺のオジサンの秘書さんみたいに。けどさー、なーんか違和感あってさ。
で、それでよくよく見たらさ、ナオト、アキにはすげー視線送ってたじゃん?よくよく観察してみないと、全然わからなかったけどさ!」
胸を張る横道をよそに、俺の心臓はさっきからバクバクと音を立て、熱が上がっていき。反比例するように、頭の中は氷水にぶちまけられた気分に、寒くなっていった。
何で、よりによって、空気を読まない上にトラブルしか引き起こさない彼に。
先生への俺の気持ちに、気付かれてしまったんだ…?
「あ、でも他の奴らはわかんないと思うぜ?態度は別に、他の奴らと変わらないし、俺だって、気付くのに一か月はかかったからさ!!」
相変わらずケラケラと笑いながら、彼は楽しそうに俺を見ながら話す。何が、そんなに面白いのだろうか…?
「……なん、で」
「ん?」
「なんで勝手に、俺の気持ち、喋ったの……?そもそも、それが君の勘違いだとは、思わなかったのか?」
「ないない!俺、人が隠そうとしてることに関しては外れた試しないからな!!」
「……わかって、たんだ?俺が隠したがっていた、こと」
無知故に暴露することと、確信を持って故意に発言すること。どちらの方がよりタチが悪いかなんて。今の俺には、一択しかありえなかった。
「だったら、尚更。何で勝手に……」
「ん?だってお前のその秘密。
アキをぎゃふん!とさせるために、使えそうだったからだよ!」
「……は?」
横道の発言が理解出来なさすぎて、呆気にとられる。そのせいで彼の言葉がするすると耳へと入っては抜けていく。というか、理解ができない。
「だってさ。アキってばさ?せっかく俺が仲良くしようとしても、『ウザい近寄るな目障りだ!』ってしか言わないで、俺のこといつも邪険にするんだぞ?酷くないか!?」
「……」
「同性のくせに、アキは男嫌いというか、ケッペキショー?が過ぎるんだよ!いいじゃん別に、廊下でやっと会えたから抱きついただけで「いきなり触んな!」って怒鳴ってくるし。学校ですれ違ったついでにわざわざ話しかけてあげたのに、今はほかの奴と大事な話してるからって、輪に混ぜてくれないし。挙げ句、保健室には金輪際近付くなって言われるし!!」
「…………」
「この俺が自分から構うなんて、早々ないことなんだぜ!?なのにホンっっト!!失礼だよな、アキの奴!?」
「……そう、だね。とても、失礼だね」
そうだろそうだろ?と相槌を打つ俺に気をよくしたのか、気分良さそうに何度も頷く。
……勿論、俺が言った失礼だというのは。先生のことな訳が、ない。
目の前でしたり顔でご満悦そうな笑みを浮かべた、目の前にいるこの少年のことだ。
――先生は、元々激しいスキンシップとかが苦手な人だ。理由はわからないが、他の先生から聞いたところによると、昔、何か色々あったらしい。現に保健室での仕事の時も、治療以外では生徒にあまり触れようとしないだ。…あの時は俺に最後通告を突きつけるつもりだったせいか、変に距離が近かったけれど。
そんな先生が話しかける相手と言えば、俺以外だと他の先生方か、以前保健棟に来てた生徒にその後の様子についてのことを聞くアフターケアなお仕事に限られるのだ。そんな先生にとって、横道は個人的にも仕事的にも、関わりたくない人種トップを争っていたのだろう。
多分、間違えていないであろう俺の推察や皮肉に気付かないまま。彼は無邪気な子供のように笑い、残酷な言葉をその唇からこぼれ落とす。
「だからさー、俺、考えたわけ!
――そんな男嫌いの先生が、実はそれなりに気に入ってて、大丈夫だって信じてる同性の相手、しかも生徒から!恋心を向けられてるって知ったら、どんな反応をするのかなー、って!!」
そう。彼は無邪気に笑う。
そして、その純粋さが。
時に人を傷つけることを、彼は本能的に知っているのかもしれない。
「そしたらさ?ここ一週間のアキってば、俺の話をちゃんと聞いてくれるようになったんだ!周りで色々お喋りしても、全然気にならなくなったみたいだし?まあ、あとは引っ付いてもすぐに剥がさないとか、部屋に入れてくれればもう言うことないんだけど……。ま、とにかく!ナオトのおかげでこの一週間、俺にとってイイこと尽くしだった、ってことだよ!」
俺のことなんて、お構いなしに。聞きたくもないことを、ペラペラと報告してくる。
その言葉に、忘れかけていた痛みがズキリと胸に突き刺さってきた。
「だからありがとう、ナオト!お前がアキに嫌われてくれたお陰で、アキが俺のこと、邪険にしなくなったからさ!!」
そう言って、彼は。
不清潔なのに、口元に綺麗な弧を描いて。
俺にとどめを、刺した。
――刺そうと、したのだろう。
「……そう。それで?君の話は、それでおしまい?」
「え?」
けれど。
そう言われたからと言って、彼の前で情けない姿を見せるつもりは、ない。
ここで悔しがったら、間違いなく横道の思うツボ、だということが理解できたからだ。
「……俺が先生のこと好きだから、ナニ?先生本人から詰られるなら、ともかく。あくまで部外者の君からそれを、とやかく間に割って入られる筋合いは、ない」
どうせ、気持ちはバレてるんだから。
これ以上、弱くなった気持ちは絶対見せてやらない。
――コイツにだけは、絶対。
「……同性からの好意に拒否反応を見せる先生が、俺を避けるのは仕方ないとして。
そんなことが本当に、先生がお前のことを見てくれる証拠にでもなってると、心から思ってるの?本気で??」
「……っ!」
ビクリ、と横道が肩を震わす。
それでも、俺は容赦する気はなかった。
「俺の気持ち、告げ口して、だから?それで先生が俺のことを嫌いになってもさ。先生が横道に興味を持つかどうかは、また別問題だろ?」
「…う、うるさい!そーゆーの、負け犬の遠吠えって言うんだぞ!」
「かもね?……でも、それは俺と先生の問題だ。君にはまるで、関係ない」
だから勝ったも負けたも、関係ない。
なぜなら、先生は彼の情報を使って、俺を判断したに過ぎないのだから。
その判断材料だって、彼の打算についての考慮はまるで入ってないだろう。もし微塵でもあるとしたならば。今頃、先生は彼への感謝を表すために、もう少し態度が柔らかくなってるはずだろうから。普段粗暴な態度ばかりだけど、変なところで先生は義理堅いところ、あるから。
俺の言葉で詰まったということは、つまりまあ、そういうことだろう。
「……そんなに先生のことが好きなら、自分で努力してアピールすればいいだけの話だろ。勝手に俺を巻き込まないで」
「は⁉︎……べ、べべべ別に!俺はナオトみたいに、ホモ的な意味で好きなわけじゃねーし!
……俺はただ、アキとも友達になりたかっただけだもん!
ナオトみたいな汚ぇ感情と一緒にすんじゃねーよ、気持ち悪い!!!」
焦ってそう、罵倒する彼を見て。
(――そう、か。この、気持ちは。
彼と比べて気持ち悪い……か)
そんなこと、自分の気持ちに気付いた時から――分かっていた。
頭のどこかで、ブツリと、切れる音がした。
「……そうだね。君のその気持ちに比べれば。確かに俺の気持ちは、傍から見て気分悪いことこの上ないものかもしれないね」
「な、何言ってんだよっ!きゅ、急に褒めたって、何にも出ないんだからなっ」
褒めてないよ、嫌味だよ。
そう言いたいが、さっきから頭がガンガンするせいか、思考がちゃんとできないで、ぼんやりしたままだ。目の前の少年の姿が、二重に見える気がする。
「――じゃあ。君の“綺麗”な気持ちは、そんな俺の“気持ち悪い”感情に負けてしまうと思ったから、勝手に俺の気持ちを先生に告げ口したんだね」
「………」
目の前の少年の空気が、一気に冷たくなったような気がした。
けれど、溢れ始めた俺の言葉は留まることはもう出来ず。とめどなく、言葉が湧き出てくふ。
「……そもそも先生は、さ。自分の感情にバカ正直な人だから。面倒くさい奴には面倒くさい反応をするし、それなりに気に入った奴にはそれなりの反応をするよ」
そう、先生は大人げない。
でも、裏を返せばそれは、良くも悪くも自分の気持ちに正直に生きている、と言うことだ。
だから、おそらく。
俺のことを告げた後、マシンガンのごとく話しかける彼に構うのも面倒くさいから放置してたのかもしれない。傍に置くようになったと思わせて、追いやるのすら面倒で全部適当に聞き流しているだけかもしれない。……全部、俺の希望的観測なのだけれど。
でも、俺の言葉に彼が反応してるってことは。あながち、その考えが間違ってるわけじゃないんだと思う。
「楽しい?他人の気持ちを勝手に暴いて、告げ口して。君にとってただの知り合いでしかない俺と先生の関係、滅茶苦茶にして」
もし、これが。本当に自分の気持ちが、先生に漏れ出てしまった結果、バレたとしたら。いつの日かは、深い傷もカサブタが出来て、綺麗な思い出に何とかできたのかもしれない。
……それを、コイツが。
この目の前の悪魔が、ただ自分を見てほしかった。そんな理由ぇ、俺たちの関係を滅茶苦茶にしてしまったのだ。
恨みごとの一つや二つ、言ったところでバチはあたらないだろう。
頭も朦朧としてきた。今の俺には、言葉を選ぶ余裕すらなくて。
「そういう、無神経なお前のことなんて。先生が好きになるわけ、ないじゃん」
つい零れてしまった言葉が。
彼を否定してしまうものであると気付いたのは、実際口に出してしまった後だった。
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