第05話「友達」

「さぁ、ライガ。ちゃんと働いてくださいね?」


ノクスはライガをキッチンに連れていき、にこやかに声をかけた。


「んぁ? 何させる気だ?」


あからさまに怪訝そうな顔を向けられる。


「何って、料理に決まってるじゃないですか。君は守護者という立場ですが、普段は僕の従者としてお世話をする役目もあるんです」


「はぁ? 料理ぃ?」


「別にレストランで出されるようなものでなくて良いんです。何なら僕も一緒に手伝いましょう。主人との初めての共同作業……。うん、悪くない!」


「……やだね! 面倒」


ライガは腕を組んで、つまらなさそうに顔をそらす。


「ほほう? そうですか……」


ノクスはそんなライガの言葉を聞きながら、ポケットから小さなライガの人形を取り出し、その頭を押し込む。


「う……っ!?」


すると、ライガの両手が勝手に上がり、口が開いた。


『ヤッタァ、ヤッタァ。ご主人様とお料理、嬉しいナァ』


次の瞬間、正気に戻ったらしく、こちらを鋭く睨みつけてくる。


「……ふふ♪ そんなに嬉しいんですか?」


「……おい。いい加減にしろよ……?」


「さぁ、一緒に頑張りましょうねぇ♪」


ライガは相変わらず乗り気でない様子で、ノクスを睨み続けている。


「そうですか。では今度は、ライガはご主人様との共同作業が出来る喜びにむせび泣き、思わずテーブルの上で腰振りダンスを……」


「分かった! やるよ! やれば良いんだろ!」


「うんうん、ライガはいい子ですね」


「~~~~っ!!」


こうして二人の共同作業が始まった。


◆◇◆◇


キッチンで料理を始めた二人。ライガには火加減の調節を頼み、その間にノクスは鼻歌を歌いながら野菜を切り進めることになった。


「こうして、主人と守護者が仲良く作業をするのは良いものですねぇ。天人の中には、守護者をまるで奴隷のように扱う者も多いと聞きますけど、僕はそんなことしませんよ? 確かに主従関係ではありますが、特別な信頼関係を――」


ボォォオオ……! パチパチ。


嫌な音がして振り返ると、ライガがステータスウィンドウを火に突っ込んでいた。


「何してんのぉぉお"っ!!!!???」


「いや、これ、よく燃えるから便利だなぁって」


「燃やすなぁぁあ! っていうか、それ燃えるの!?!?」


「うっせぇなぁ~! 俺は食う専門でいいだろ」


と、その態度がしゃくさわったノクスが再び人形を取り出そうとすると、ライガが慌てて手を伸ばしてきた。


「ま、待てっ! 分かった! 従うから!」


「……ふぅ。そうですか。では、ライガには卵を割ってもらいましょう。さ、こうして……」


ノクスはライガの手を取って、自分の手を重ねながら卵を割る手順を教える。


「……こうか?」


「はい、そのまま軽く叩いてヒビを入れます。角でやっちゃダメですよ? で、優しくゆっくりと指を入れて割るんです」


その指示通り、ライガは慎重に殻にヒビを入れ、卵を割る。


「……ん~。こんなもんか?」


「おや? なかなか筋が良い。ボールに殻の欠片も入っていないし……。ライガは、もしかして前世ではお料理が得意だったのですかね?」


「分かんねぇけど……。思ってたより面白れぇな」


ライガは初めての経験に興味津々なのか、暴れる様子もなくノクスに従っていた。


(ふぅむ……。こちらの言う事を全く聞かないということもなさそうですね。興味のあることに関しては素直だし、吸収も早いようだ)


◆◇◆◇


「ふぅ、思ったよりスムーズに出来ましたね」


ノクスは出来上がったオムレツをフライパンから大きな皿へと移し替えた。


「さて、後はさっき切った野菜を添えれば……おや?」


ところが、切ったはずの野菜が消えている。さらにその視線の先には、切った野菜を手で掴んで口に頬張っているライガの姿があった。


「……ん~、あー♪ モグモグ……うめぇなコレ」


「…………ふっ」


ノクスは目を細め、深く息を吐くと、唇の端をわずかに引きつらせた。

その顔には、呆れと怒りが混じり、しばらく静かに息を呑んだ後、ようやく口を開いた。


「ああ、そうだ! 期限切れ間近のパンが大量にありました♪」


「……んぁ?」


次の瞬間、ライガは仰向けで床に倒れ込んだ。


「あれ……? 動けねぇ……?」


「さぁさ、お口を大きく開けなさい?」


ノクスはライガの人形を操作して口を開けさせる。


「あが……っ!!???」


ライガはあごが外れんばかりに口を大きく開けた。ノクスは棚から取り出した大きな袋を掴み、ライガにまたがる。


「いやぁ、まさか食べきれなかったパンをライガが処理してくれるなんて、何て主人思いなんでしょう! さ、沢山ありますから遠慮せずお腹いっぱい食べてくださいねぇ~?」


そう言って、ノクスは袋から大型のパンを取り出し、ライガの口に詰め込み始めた。


「……んががぁっ!!」


ライガは咄嗟とっさに頭を振って抵抗しようと必死でもがいているようだが、体は指先一つ動かせていない。


「ぶへっ!! おい! なんかカビ臭ぇぞ!?」


「ほら、見てくださいよ。この袋、膨らんでいるでしょう? 腐るとガスが出てこんなになってしまうんですよぉ~!」


「……って、つまり腐ってんじゃねぇか!!」


「ええ、腐ってます。こういうのはさっさとゴミ箱にポイするんですが。なにぶん最近忙しくって……」


ノクスはそういうと、台所の隅に設置されたゴミ箱を指さした。


「おい……っ!? それって、俺はあれと同じだって言いてぇのか!?」


「いいえ? ライガがお腹空いてパンを欲しがっているので仕方なくです!」


「はぁ? 誰がそんなこと言っ……」


しかし、時すでに遅し。ノクスは既にライガの人形を操作し終わっていた。


『はい、ライガは、ご主人様のツバ付き食べ掛けパン、お腹いっぱい食べたいデス。ご主人様の残飯処理できるなんて嬉しいナァ』


「……はっ!!?」


そしてノクスはにっこりと笑うとさらにライガの口に残りのパンを突っ込んでいく。やがて、ライガはパンを口いっぱいに頬張り、目を回しながら気絶した。


『ライガぁ、ごじゅじんじゃまに、だべばべべもらえべ……うべびぃばぁ~……。おいじいでちゅぅ……』


ライガの体は勝手に両手でハートマークを作りながら甘ったるいセリフを口にする。


「そんなに美味しかったですか~? うふふ♪」


◆◇◆◇


「ぶはぁっ!!」


ようやく意識を取り戻したのか、ライガはカビパンを吐き出し、ようやく動きだした。


「……ふぅ、はぁ……。畜生、ふざけやがって!」


「おや、やっと目覚めましたね。さて、君が気絶してる間に朝食の用意が出来ましたよ」


ライガはゆっくりと体を起こし、こちらを睨みつけてくる。


「て……、てんめぇっ!! ぶっ殺してや…………!」


ライガが悪態をつき終わる前に、ノクスは再びライガの人形を操作した。

すると、また口がパカッと開き、笑顔で声をかける。


『ご主人様、ライガが、お料理、食べさせて、あげル』


「おやおや、良いんですか? では『あ~ん♪』とかしてもらいましょうかね?」


「……なっ!? おい、ふざけ……っ!」


またもその体は勝手に動きだす。

オムレツを一口サイズに分けてフォークに刺した。


『ふー……、ふー……。ご主人様? はい、あ~んしてっ♪』


丁寧に息を吹きかけて少し冷ますと、そのままノクスの口に運ぶ。


「んん~、美味しいですねぇ! って、ほぼ自分で作ったんですが」


「……はっ!?」


我に返った途端、恥ずかしさからか顔を真っ赤に染めていた。


「こんの……っ! クズが!」


「………………」


ノクスは無視して再び人形の頭を押す。

それに反応して、ライガは満面の笑みで口を開く。


『ご主人様、だ~いスキ! 愛してマス』


ライガはノクスに抱き着き頬ずりしながら猫なで声で喋った。


「そうですか、そうですか! まったく、素直なライガは可愛いですねぇ♡」


「―――ッッ!??? てんめぇぇえっ!!!」


ライガはすぐに正気に戻ると、急いで1m程離れた。

猫なで声で甘えられて、今だニヤついているノクスを必死で睨みつける。


「ちょ~っと! なに新人いびりみたいなことしてんのよぉ?」


その時、リビングから男性の声が聞こえてきた。

見ると、やたらガタイの良い男があきれ顔でこちらを見ている。


「……うぉっ!? 何だ!?」


思わずライガは後ずさりした。


「あらひっどぉ~い! そんな態度されたら乙女の心が傷ついちゃう~! んふっ♪」


「ああ、言い忘れてました。さっき君が気絶してる間にグリオールが様子見に来てくれたんです」


「……ってか、あんた誰だ? そういやあの白い空間にも居たよな?」


「ああ、ライガちゃん。そういえば自己紹介がまだだったわね? アタシはグリオール・ライアス。ノクスの友達よ。よろしくね?」


グリオールが差し出した手をライガはジッと見つめている。


「……なんだ? この手」


「なにって、挨拶よぉ。良い? こうしてお互い手を差し出して握り合うのよぉ」


「……そうなのか? えっと、俺はライガ。よろしく」


ライガは不思議そうに自分も手を差し出し、お互いに握り合う。


「じゃあ、これでアタシたちはもう、お・と・も・だ・ち♪ ね?」


「お友達……?」


ライガはグリオールの勢いに若干押され気味に返事をする。


「なぁ。友達ってなんだ?」


「具体的に何するって訳じゃないの。一緒におしゃべりしたり、紅茶を飲んだり♪ 仲良しさんになるのよぉ」


「ふぅ~ん……? 仲良しねぇ?」


ライガはグリオールの説明を聞きながら自分の手を見つめていた。

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