第42話 上陸作戦

「さて、これからどうしたものか」


 竜騎兵を撃退したジオハルトとセリカは犬山家に帰還していた。

 別働隊の侵攻を知った二人は即座に九州へと向かったが、到着したのは竜騎兵がアンナに恐れをなして逃げ出した後だった。


「すまなかったな、ヤスオ。ドラゴンに乗った兵士とやらがどれくらい強いのか、試してみたかったのだ」


 アンナは買ったばかりの新作ゲームをプレイしながら詫びを入れてきた。竜騎兵の出現を知ったアンナは、わざわざシエラに口止めまでして九州に向かっていた。一人で別働隊を迎撃するついでに、敵の実力を推し量ろうしていたわけだ。


「それはまあ、分かるけど」


 アンナが出陣すると聞いた時は、街が一つ消えるのではないかと冷や汗をかいたものだ。結果として九州の防衛は成功し、人的被害も確認されていない。彼女が全力を出さずに済んだのは不幸中の幸いである。


「竜騎兵たちは撤退しただけだから、また攻めてくる可能性が高いと思う。早く対策を立てないと」


 セリカは既に敵の再侵攻を予期していた。未だ敵勢力の正体は不明であるが、彼らが現実世界の侵略を目的としていることは火を見るより明らかであった。


「竜騎兵たちは魔王を敵視しているようだった……。彼らも勇者同盟のように異世界で魔王軍と戦っていたのかな」


 一つ気がかりなのは、兵士たちがジオハルトを魔王として認知していたことだ。ヤスオはそれとなく話を向けるが、セリカは首を横に振った。


「同盟でも異世界の事情は聞かされていたけど、ドラゴンに乗って戦う兵士なんて初耳だよ。だいたい、魔王軍はそこら中の世界で悪さをしてるんだから、敵視してない勢力の方が少ないと思うよ」

「それは……そうですよね」


 前提として、ヤスオたちは魔王軍全体の動向を把握していない。ここで言う魔王軍とは、ガルド王が送り出した異世界を侵略するための軍隊を指す。108人の魔王とその部下によって構成された、途方も無い規模の侵略軍だ。

 しかし108人の魔王たちは共同戦線を張っているわけではない。彼らは各々が派遣された異世界を支配する責務を負っているが、他の兄妹の手助けまでは指示されていないのだ。つまるところ総体としての魔王軍は存在するものの、兄妹たちは横の繋がりを持たぬまま独力で支配戦略を立てねばならないのである。


 ……セリカがジオハルトを殺そうとしていたのは、魔王軍の悪行の数々を聞かされていたからに他ならない。アンナは現実世界の人類を虐げるようなことはしなかったが、他の魔王たちはどれだけの罪を犯しているのだろうか。魔王を名乗る限り、ジオハルトを敵視する者がいなくなることはないのだ。


「新大陸の住人は、魔王から現実世界を奪い取るつもりで転移してきたと考えるべきか」

「その可能性は極めて高いと思われます。新大陸の出現から竜騎兵の侵攻開始までには、タイムラグがほとんどありませんでした。日本本土への攻撃は最初から計画されていたものだと考えるべきです」


 シエラは敵の行動を分析し、新大陸そのものが一種の橋頭堡きょうとうほであると推察していた。転移させた大陸を起点に各地へ部隊を派兵し、支配領域を着実に増やしていくのだ。一見すると奇抜な発想であるが、兵站の維持を考慮すれば合理的な作戦だった。


「自衛隊の動きは?」

「日本政府から出動命令が下されています。今のところ各地の部隊は守りを固めていますが、水面下では米軍と連携した新大陸への攻撃作戦も計画されているようです」


 テレビのチャンネルは緊急報道番組で占有されていた。市民たちには外出禁止が呼びかけられ、戦時下さながらの様相を呈している。敵の再侵攻が開始されたとなれば、自衛隊のみならず在日米軍が動く可能性も高い。日本は今や異世界の脅威に晒される最前線なのだ。


「これ以上日本を異世界との戦いに巻き込むわけにはいかない。早急に新大陸の侵攻を食い止める必要があるな」

「……状況を最大限に利用することを提案します。敵は九州の戦いでアンナ様の力を思い知ったはず。こちらに有利な条件で停戦条約を結ぶことも可能かと思われます」


 意図しない事態ではあったが、アンナの出陣によって敵に力の差を見せつけることはできた。となれば、無用な戦いを避け、停戦に持ち込むのが上策だとシエラは判断する。

 ……以前の彼女であれば徹底抗戦を主張していただろう。ヤスオに感化されてしまっていることをシエラ自身は気づいていない。


「うむ、それが最善策だね。新大陸の指導者が会談に応じてくれればの話だけど」


 交戦した竜騎兵たちの反応を見るに、意思の疎通は不可能ではないだろう。もっとも、敵は侵略のために大陸を持ち込んでくるような相手だ。交渉が決裂した場合の対応も考えねばなるまい。


「兵士たちの身なりから考えて、文明のレベルはそこまで高くなさそうです。対話のためには直接新大陸に足を運ぶ必要があります」


 現実世界に存在するとはいえ、新大陸とは電話もインターネットも繋がっていない。そうなると、直接乗り込んで顔を合わせるしかないというわけだ。


「本土に乗り込むとなれば守備隊の迎撃も予想されるな。……シエラさん、転移魔法で新大陸に移動することは可能かな?」

「転移そのものは可能です。ただ、現地の地理情報が不足しているため、転移魔法による移動は推奨できません」


 シエラが使用する転移魔法は座標指定型なので、安全に移動するためには現地の地理情報が必要不可欠である。突如として転移してきた大陸の地形など把握できているはずもない。敵の侵攻作戦が開始された以上、偵察用のドローンを飛ばしている猶予もなかった。


「それもそうか。地図もなしにいきなり転移したら、どんな場所に移動するか分からないよね。転移先で敵との遭遇戦になったら厄介だ」

「ええ、地理情報を入手するためにも、まずは転移魔法を使用せずに上陸することをおすすめします」


 新大陸は日本列島から見て東側の位置にある。最短ルートで乗り込むのであれば、新大陸の西海岸を目指すところだが……。


「敵も日本側からの反撃は予想しているだろうな」

「ええ。新大陸の西海岸には防御陣地が構築されていると見るべきです」

「なら、裏取りで行こうか」


 ヤスオは、新大陸の東海岸から上陸する作戦を立案した。

 手始めに転移魔法で太平洋沖に移動し、グラビティレイダーによる低空飛行で海岸部から侵入するルートを取る。守備隊との直接戦闘は可能な限り回避。上陸後は、新大陸の指導者と接触するために必要な情報を収集する――魔王らしからぬ隠密作戦だ。

 作戦の性質上、新大陸に向かえるのはグラビティレイダーをコントロールできるジオハルトとセリカのみ。シエラは犬山家で二人のバックアップを担当。アンナは竜騎兵の再来に備え、自宅待機となった。


「留守番は私に任せておけ。外客どもを屈服させるだけならお前一人で十分だろう。この世界が誰のモノなのかを分からせてやれ」


 アンナ自身も新大陸に乗り込むつもりはないらしい。最終的な目標は新大陸との停戦である。どう考えても彼女の領分ではないのだ。


「分かったよ、アンナ。ガルド王からも現実世界を任されているんだ。異世界からの侵略者に負けるようじゃ顔向けできないからね」

「異世界からの侵略者か……」


 不思議なものだな、とセリカは思う。勇者である彼女にとって、侵略者とは他ならぬ魔族のことである。魔族の侵略がなければ勇者同盟が結成されることも、自分が現実世界に派遣されることもなかったのだ。

 しかし今や人類を守るのは同盟ではなく、たった一人の少年とその家族。セリカ自身も同盟の構成員ではなくなっていた。最後に残った勇者として、自分がなすべきことは――


「セリカさん、どうかされましたか?」


 不気味な声を耳にして、セリカは思わず肩を震わせる。

 ヤスオは既にジオハルトへと転身していた。魔獣の力を秘めた鎧は、少年に人ならざる魔王の力を与えてしまう。魔王は、この世に存在してはならない異分子――悪の存在。

 しかしヤスオはあえて魔王になる道を選んだ。果たしてアンナへの忠義だけが理由なのだろうか。幾度となく共闘を重ねても、セリカには一つだけ納得できないことがあった。


「大丈夫だよ、ヤスオ君。私は、私のなすべきことをする。勇者として、みんなを救うために」


 イカロスブースターを装備したセリカが、ジオハルトの後に続く。勇者の胸中を知ってか知らずか、シエラは複雑な表情で二人を送り出した。


「転移魔法発動……どうかご無事で」

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