第32話 極点会戦

「ううっ……めっちゃ寒い」


 同盟の空中戦艦に接触すべく、ジオハルトとセリカは、アルゼンチンを経由して南極点を目指した。


 イカロスの翼を得たセリカだったが、空の旅は決して楽なものではなかった。内陸部に近づくにつれて気温は急激に低下し、凍てつく風が全身に突き刺さる。ファントムアーマーには体温を維持する機能が搭載されているが、それでも生存ギリギリのレベルだ。


「南極はちょうど夏真っ盛りですよ。冬の南極を訪れずに済んだのは不幸中の幸いです」


 ジオハルトは風の魔道剣で気流を操り、超音速飛行で氷の大陸を南下する。全身をネメアダイトで覆われた獄王の鎧は、極限環境であろうと機能を喪失することはない。黒きグリフォンの翼が白夜の空を切り裂き、後続するセリカを決戦の地へと導いていく。


 二人が空中戦艦を目指す最中、犬山家のシエラから通信が入る。シエラは世界中のネットワークを利用して、空中戦艦に関する情報をかき集めていた。


『ヤスオ様、ホワイトハウスに動きがありました。……どうやら戦艦に近づいたアメリカ軍の戦闘機が撃墜されたようです』

「撃墜って……!」


 セリカにも状況は理解できた。経緯はともかく、現実世界の住人が同盟からの攻撃を受けたのだ。背中に冷たいものが走るのは、南極の寒さだけが原因ではない。


「……どっちが先に撃った?」


 ジオハルトは二つの可能性を想定する。よもや米軍が空中戦艦をいきなり攻撃したとは思えないが……。


『同盟です。無人機を使って米軍機を撃墜したようです。ホワイトハウスは異世界からの攻撃が始まったと騒ぎ立てています』


 市民に石をぶつけられたデバインも、警察に逮捕されたクレイドも、現実世界の住民に危害を加えることはなかった。彼らの目的はあくまで魔王討伐であり、人類を害することではない。

 だが空中戦艦は人類側の兵器を攻撃した。米軍機に攻撃の意図があると勘違いしたのか? いや、だとしてもやり方が荒すぎる。やはり同盟は――


『アメリカ以外の各国も異変に気づいているようです。既に日本政府が昭和基地に向けて南極からの避難命令を送っています。あんな場所からすぐに逃げ出せるとも思えませんが……』

「先を急ごう。同盟が人類を攻撃した以上、野放しにはできない」


 事態は急速に悪化していく。転移魔法へのジャミングと米軍機への攻撃――もはや停戦協定などアテにできる状況ではない。

 同盟の企てを阻止すべく、魔王と勇者は南極点へ急行するのだった。





「見えた……あれが同盟の船か」


 零下の空に浮かぶ巨大な船――極点にたどり着いたジオハルトの眼孔が、啓示戦艦を捕捉する。


 白銀の船体が南極の太陽に照らされ、神々しい輝きを放っている。旧世紀の人類が目にしたのであれば、畏敬の念を抱かずにはいられなかっただろう。

 一方で氷の大地へ向けられた禍々しいビーム砲は、この船が殲滅兵器であることを象徴している。勇者たちは自由と平和を守るために戦うが、この兵器はその理念からかけ離れた存在だと言わざるを得ない。


『ヤスオ様。敵の……同盟の船から通信が入っています』


 シエラが啓示戦艦からの通信をキャッチした。同盟側から意思疎通を図ってくるとは、予想外のことである。


「繋いでくれ」


 甲冑内部のディスプレイに、戦艦から送られてきた映像が投影される。映像からは、艦長席に座る指揮官らしき男の姿が見て取れた。黒いフードを被っているが、口元の不敵な笑みまでは隠しきれていない。


「私は勇者同盟の軍師ラグナと申します。遠路はるばるご苦労様です。魔王ジオハルト」


 ラグナは落ち着いた様子でねぎらいの言葉をかけた。魔王が現れることを知っていたかのような素振りだ。


「同盟の船が米軍機を撃墜したと聞きました。何故なにゆえの行動ですか?」


 ジオハルトの目には、レーザーによって焼かれたF-38の残骸が映っていた。その惨状は、偶然や事故がもたらしたものではない。


「ベイグンキ? ああ、あのハエの名前ですか。羽音があまりにうるさいので、思わずはたき落としてしまったのですよ」


 ラグナは悪びれる様子もなく、手をパタパタと振って見せた。女神の従僕は、文字通り人間を虫けらとしか見なしていない。自らの行為に罪の意識を持つことなどあり得ないのだ。


「貴様……同盟の目的は人類を守ることではなかったのか!?」


 ラグナの蛮行にジオハルトは怒りを隠せない。勇者たちはあくまで正義のために戦うものだと、心のどこかで信じていたのだ。停戦協定を提案した理由も、彼らが真っ当な人間であると信用していたからに他ならない。


「あなたが勝手にそう思っていただけでしょう? 希望的観測は、身を滅ぼすことになりますよ」

「――!」


 獄王の鎧が戦艦からの敵意を感知する。次の瞬間、ノアの艦首から砲弾が発射された。電磁加速した砲弾を射出するレールガンだ。


「魔道剣ヒートエッジ!」


 咄嗟の判断でジオハルトは魔道剣を炎属性へシフトさせた――赤熱化した刀身が眼前に迫る砲弾を真っ二つに切断する。秒速3,261mで飛来した砲弾の破片は、勢いを失わぬまま彼方へと飛翔していった。


「軍師ラグナ、自分のやっていることの意味は理解できているな? 貴様のような悪党はこの世界に不要な存在だ。即刻排除させてもらおう」


 停戦協定など、あってないようなものだった。同盟の構成員が悪に染まったのならば容赦する必要はない。


「ふふ……やはり何も分かっていないな。啓示戦艦がなぜ南極へ送り込まれたと思う? 全てはお前の支配から現実世界を救うための措置なんだよ」

「なんだと?」


 凶行に及んでなおラグナは自身の正当性を信じて疑わない。同盟の掲げる「正義」という名の免罪符が、ラグナのエゴを増長させているのだ。


「同盟の盟主たる女神は、現実世界を救うべく更新計画の発動を命じられたのだ。大洪水を発生させ、魔王に支配された人類を救済するためにな」

「大洪水だと!? やはり戦艦のビーム砲で南極を撃つつもりか!」


 もはや疑いの余地はない。同盟の目的は人類の抹殺――女神は80億の生命を見捨てたのだ。


「今さら気づいても遅い。全てはお前の罪なのだ。お前が現実世界に現れなければ、女神が計画を実行することもなかった……お前こそが悪の根源なのだ、魔王ジオハルト!」





「……なるほど。確かに私は悪だ」





 今更な話だった。


 ジオハルトは善人ではない。

 正義の味方などではない。

 純粋なる悪の存在「魔王」である。


「だから、お前を潰すことができる」


 邪悪なる魔王は何人にも縛られない。神を敵に回すことすら恐れはしない。支配戦略の障害は全て叩き潰す――それこそがジオハルトの本質なのだ。


「私を潰すだと? 笑わせるな。馬車に潰されるカマキリはお前の方だ。……スペキュラーを飛ばせ!」


 ラグナは艦載機の発進を命令した。ノアの上部射出口から、無数の無人戦闘機「スペキュラー」が射出されていく。翼を広げた無人機の群れが、ジオハルトの行く手を阻んだ。


「うわっ、機械の鳥がたくさん出てきた!」


 異形の自律兵器を前に、セリカも思わず目をパチクリとさせてしまう。電子頭脳によって制御されるスペキュラーは、航空機というよりも鳥型のロボットと形容すべきだ。他人を信用しないラグナにとっては、命令に忠実なロボット兵器こそが理想の兵士なのである。


「米軍機を墜とした機体か」

『敵機は翼部にレーザー兵器を搭載しています。正面からの攻撃に注意してください』


 ノアを発艦した無人機の編隊が、ジオハルトへ照準を向けてくる。無人機の兵装は、光速で放たれるレーザー兵器だ。照射されてからでは回避は間に合わない。


「ヤスオ君、私の後ろに隠れて!」


 セリカがカレッドウルフを正面に構え、イージスを発動させた。盾から展開される光波防壁が、間一髪のところで無人機から放たれたレーザーを防御する。かつての仇敵は、今や魔王唯一の味方であった。


「勇者セリカ……やはり我々を裏切っていたか」

「違う! 裏切ったのはお前たちの方だ!」


 同盟による更新計画の発動は、人類の守り手たるセリカにとって裏切り以外の何ものでもない。真実の勇者は、組織のためではなく、人類を守るために戦うことを選択したのだ。


「現時点をもって勇者セリカを反逆者と断定する。魔王もろとも処刑してしまえ!」


 正面からの攻撃が通用しないと判断した無人機は、セリカとジオハルトの後方へ回り込もうとする。イージスが展開されていない背後から攻撃を仕掛けるつもりのようだ。


「セリカさん、イージスを展開したまま戦艦に向けて飛んでください」

「えっ? そんなことしたら後ろから攻撃されちゃうよ!」

「……大丈夫、僕を信じて」


 穏やかな語り口は魔王のものではない。セリカはヤスオの言葉を信じ、イージスを展開したまま啓示戦艦へ突進した。招き寄せられるかのように、機械鳥の群れは一目散にジオハルトたちを追尾する。


「馬鹿め。背後からの集中砲火で仕留めてくれる」


 スペキュラーがレーザーキャノンの発射体勢に入る――が、なぜか無人機たちはジオハルトへの攻撃を中止してしまった。翼をパタパタさせながら空中で静止し、機械的な挙動を繰り返すのみである。


「どうした!? なぜスペキュラーは攻撃しないんだ!」


 予想外の事態にラグナは驚きを隠せない。船員たちが慌てて無人機のAIをチェックする。絶対の信頼を置いていたはずの無人機は、ここに来て致命的な弱点を晒すことになった。


「同士討ちを防ぐための識別装置が働いています。無人機は味方が射線上に入ると攻撃できないんです!」


 無人機に強力なレーザー兵器を搭載したのが仇になった。スペキュラーのAIは有効射程圏に友軍を捕捉した場合、味方がいる方向への攻撃ができなくなってしまう。無論、艦載機にとって最優先の防衛対象である母艦も例外ではない。ジオハルトは啓示戦艦に肉薄することで、後方の無人機からの攻撃を強制停止へと追い込んだのだ。


「だったら早く識別装置を解除しろ!」

「そんな時間を与えるものかよ。魔道剣ライトニング!」


 魔道剣から放たれた雷撃ライトニングは無人機群への報復を開始した。音速の100万倍の速度で襲いかかる稲妻がスペキュラーの脳天を直撃する。

 電子頭脳をズタズタに破壊された無人機は、頭を失ったムクドリにも等しい。制御不能に陥った無人機の編隊は互いに衝突してバラバラになり、南極の地を汚すガラクタと化してしまった。


「スペキュラーが全滅しました……」


 魔道剣の威力を見せつけられた船員たちは呆気にとられている。護衛の無人機を失った啓示戦艦は丸裸の状態だ。その威容も魔道剣の前では、空中に浮かぶ巨大な的に過ぎない。


「今度はこちらが攻めさせてもらう。魔道剣フェニックス!」


 燃え盛る炎の魔剣がフェニックスを発射した。火の鳥が灼熱の翼を広げ、南極の冷気をも吹き飛ばしていく。悪意の象徴たるゲドン砲を破壊すべく、フェニックスは啓示戦艦目掛けて飛翔した――


「……!」


 渾身の力を込めて放ったフェニックス。しかし巨大な光の壁が出現し、炎の翼による対艦攻撃を防いでしまった。


「ふふ……イージスシールドが同盟の技術であることを忘れたか。お前たちにこの船を傷つけることはできないんだよ」


 ラグナは切り札を隠していた。啓示戦艦には、カレッドウルフを上回る大出力のイージスシールドが搭載されているのだ。全方位に展開された光波防壁はいかなる攻撃も通さない。まさに鉄壁の守りである。


「そんなもので魔王を止められると思うな!」


 神の盾が立ち塞がろうとも、ジオハルトは進撃を止めようとはしない。人類を――世界を支配する権利は誰にも渡せない。

 魔道の終着点まであとわずか。邪悪なる魔王は己の望みをかけて戦うのだ。

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