第16話 素顔の裏側
「ねぇヤスオ君、今度一緒にデート行こうよ」
アパートでの捕虜生活が始まってから数日後、セリカさんが真顔でデートに誘ってきた。
正直言うと結構嬉しい。鎧を脱いだ彼女は、普通のかわいい女の子にしか見えない。ブラウン系のショートカットにデニムシャツが妙に似合うので、結構ドキドキする時もある。
――しかし、家でネトゲを遊んでいる魔王様の姿が脳裏をよぎり、僕は正気に戻る。
「デ、デートですか? でも僕、他に好きな女の子がいて……」
「別にいいよ。私、そういうこと気にしないし」
「えぇっ……」
そういえばアンナの父親、ガルド王には49人の妻がいるという話だ。異世界では男女交際に対する価値観が違うのかもしれない。
だが、形式的には魔王軍の捕虜である彼女が、雑用係(という設定)の僕とデートに行きたがるのは流石におかしいのではないか。
「あ、あの、本当に僕とデートに行きたいんですか? 僕なんかと一緒じゃ楽しくないと思いますよ?」
「そんなことないって。ほら、この前おばさんから遊園地のペアチケットもらったんだよ。現実世界じゃ男女で遊園地に行くのが
セリカさんは、料理教室に通っている主婦たちとすっかり仲良くなっていた。そこで現実世界に関する偏った知識を植え付けられたらしい。たぶん男女でデートに行く本当の意味すら理解していないのだろう。
「そういうことならいいですけど……」
「やった! じゃあ明日の9時に出発ね。私、アパートの前で待ってるから!」
若干の後ろめたさを感じつつも、デートの誘いを受けてしまった。セリカさんは特別な感情を抱いているわけではなさそうだし、大きな問題にはならないと思いたいが……。
「ヤスオ様……そろそろ聞かせていただけませんか」
自宅に帰るとシエラさんが鋭い視線を向けてきた。僕がセリカさんと外で何をしていたのか、彼女は全てを把握している。
「あの女は勇者です。我々魔族にとって危険な存在です」
「知ってるよ」
「勇者どもは蛮族です。人様の城に押し入り、略奪と殺戮を繰り返す恐ろしい連中です」
「知ってる」
「では、なぜあの女を処分しないのですか? 今さら生かしておく理由などないはずです」
雑木林でセリカさんを助けた後、犬山家では一悶着があった。
シエラさんはセリカさんを捕虜にすることに反対し、即刻処分するように迫ってきた。魔族と対立する同盟の勇者を生かしておくことは、彼女にとって死活問題になりかねない。純粋な魔族であるシエラさんが、勇者を恐れるのは当然の反応だった。
僕は、勇者同盟の情報を得るための作戦と称し、セリカさんを現実世界に居住させることを提案した。戸籍情報がないとはいえ、セリカさんを殺害したら面倒なことになるし、生かしておけば同盟と交渉を行うための材料にもなるだろう、と。
シエラさんはしぶしぶ部屋探しを進めてくれたが、それはあくまで勇者を自分の傍から遠ざけるための行動である。セリカさんは危うく県外のボロ長屋に飛ばされそうになったが、「それでは監視に不備が生じる」と理由を付けて、郊外の過疎アパートで妥協してもらうことになった。
僕は正体を隠してセリカさんに近づき、身の回りの世話をしながら、同盟の情報を引き出す……という算段だったのだが、彼女はBランクと呼ばれる末端の勇者らしく、大した情報も持ち合わせてはいなかった。
シエラさんとしては、セリカさんが再び敵になるリスクを背負ってまで生かしておく理由もない、という判断なのだろう。
「……シエラさん、勇者同盟は世界を股にかけて魔族と戦っている組織なんだよ? 彼女を消しても新しい勇者が送り込まれてくるだけさ。それじゃあ根本的な解決にはならないよ」
勇者を一人始末してしまえば魔王軍の勝利、なんて簡単な図式ではない。むしろセリカさんが死んだとなれば、彼女の仲間たちは仇討ちに執念を燃やし、ジオハルトを一層敵視するだろう。戦争を否定する魔王が、泥沼の戦いを引き起こしては立つ瀬がない。
「だからといって放置はできないでしょう。勇者の存在は支配戦略の障害となります」
「だからこそさ、彼らと戦わずに済む方法を考えなきゃいけないんだよ。セリカさんを生かしておくのも、それが理由さ」
「あの勇者を人質に使う気ですか? それならば理解はできますが」
なんで嬉しそうな顔するの。人質とか外道みたいなことさせて喜ばないでよ。
「いや、彼女には勇者同盟に帰ってもらうよ。こちらに都合のいい情報だけを持たせてね。それでしばらくは勇者たちも大人しくはなる。あとは人類を支配する基盤を造り上げるだけのことさ」
捕虜が無傷でパンを持ち帰れば、同盟もジオハルトをさしたる脅威とは認識しなくなるだろう。異世界ではアンナの兄妹たちが暴れまわっているのだから、同盟としても戦力を前線に回したいはずだ。現実世界からマークが外れるわけではないが、少なくとも全面衝突は避けることができる。
勇者さえ現実世界からいなくなれば、あとはジオハルトの独壇場だ。文字通り世界から戦争と犯罪をなくし、平和な世界を人間たちに与えてやればいい。人類が誰を支配者として認めるかは、自明の理である。
……計画は順調なのだ。ジオハルトによる支配体制が確立できれば、アンナが処分されることもなくなる。ここで歩みを止めるわけにはいかない。
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