第14話 魔王の召使いⅠ
捕虜となったセリカは、ジオハルトの転移魔法によって見知らぬ場所へ飛ばされてしまった。眼の前には、いくつもの扉を備えた2階建ての建築物が見える。魔王軍が用意した収容所だろうか。
「ここが、今日からあなたが生活するアパートです。部屋は203号室を使ってください」
アパートなる施設に案内されたセリカは、階段を登って2階の部屋に入った。狭い間取りではあるが、風呂とトイレ、キッチンまで用意されている。捕虜を収監する施設にしては、随分と居住性に配慮されているようだ。
「現実世界では勝手が分からないことも多いでしょう。これから使用人を
セリカを部屋まで案内したジオハルトは転移魔法を使って姿を消した。
……ジオハルトには使用人がいたのか。魔王に忠誠を誓うような男となれば、とんでもない悪漢に違いない。
しばらくすると、部屋のドアから使用人が入ってきた。妙に腰の低い、子犬のような少年だった。
「こんにちは、僕はヤスオです。魔王軍で雑用係をしています。困ったことがあったら、なんでも言いつけてください」
ヤスオと名乗る少年は、セリカの前でペコリとお辞儀した。
「えっ、あなた人間だよね? どうして魔王軍で働いてるの?」
ジオハルトが寄越した使用人は、ただの人間だった。魔王の召使いには、およそ似つかわしくない少年だ。
「驚くほどのことではありませんよ。魔王様の目的は人類を支配することなのですから。僕は今、魔王様のために働くことができて、とても幸せなのです」
セリカはヤスオの言葉に、ある種の異常性を感じ取っていた。隷属に喜びを感じているようにも見える。魔王はこの少年の心をも支配してしまったというのか。
「氷魔法のせいで身体が冷えているでしょう? お風呂を沸かしておきましたから、どうぞ入ってください」
ヤスオに促されるまま、セリカは風呂場に入った。無防備なところを狙って攻撃するつもりなのでは……と思ったが、ヤスオは風呂場には近づかず、キッチンで何かを作っているようだ。
監視の目がないことを確認してから鎧を脱ぐ。湯船に浸かると緊張が解けたのか、疲れがどっと押し寄せてくる。
……テトラたちは無事に帰還できただろうか。もしかすると、自分を探しに現実世界へ戻ってきているかもしれない。捕虜になったせいで、居場所を伝えられないのが歯がゆかった。
風呂から上がると、ヤスオが食事の準備を済ませていた。ちゃぶ台の上には山盛りのサンドイッチが用意されている。
「何がお好きなのか分からなかったので、いっぱい作っちゃいました。好きなだけ食べてください」
現実世界に来てから食事はとっていなかった。空腹を感じてはいるものの、眼前のサンドイッチを口にすることは
捕虜である以上、毒殺される可能性は否定できない。洗脳を施すための薬物が仕込まれている線もある。ヤスオよろしく魔族の従僕にされることは避けねばならない。
「食べないんですか? いらないなら僕が食べちゃいますね」
ヤスオは嬉しそうに、豚肉の揚物を挟んだサンドイッチを食べ始めた。スパイスの効いたソースの香りが、セリカの鼻孔をくすぐる。
「これ、魔王様の好物なんですよ。特に辛いソースがお気に入りでして。いつも同じものばかり食べるから、メイドさんに怒られちゃうんですよね」
……何も食べずにいたら餓死してしまう。それでは勇者としての使命を果たすことはできなくなる。
セリカは都合のいい言い訳を考えながらサンドイッチを食べ始めた。
「えっ!? なにこれすごく美味しい!」
未知の味わいであった。異世界ではこれほどフレッシュなパンを口にできる機会は滅多にない。具材を挟む面に塗られたバターによって、食材の水分が浸透することを防いでいるのだ。
とりわけ豚肉の揚物とキャベツを挟んだサンドイッチは格別であった。食べやすいように厚みを整えた豚肉と細かく刻まれたキャベツが織りなすハーモニー。そこへ辛みの効いたソースが追い打ちを仕掛けてくる。魔王が気に入るのも無理はないだろう。
「お気に召していただけましたか? この部屋はご自由にお使いいただいて結構です。困ったことがありましたら、部屋の隅にあるスイッチで僕を呼んでください」
「うん、分かった!」
眼の前の少年が何者なのか露知らず、セリカはサンドイッチの山を平らげるのだった。
翌朝、セリカの部屋に再びヤスオがやってきた。
「セリカさん、お邪魔しますね」
布団の上で大の字になっているセリカの隣で、ヤスオは朝食を用意してくれた。焼き立てのトーストにベーコンエッグとサラダまで付いている。およそ捕虜の食事とは思えないメニューだ。
「ヤスオ君、なんで私にこんな食事を用意してくれるの?」
「なんでって……ああ、そうそう。この後お連れしたい場所があるんですよ」
セリカの問いにヤスオは視線を宙に泳がせる。セリカをとある場所へ案内するように、ジオハルトから命じられているらしい。
「もしかして、私は魔王軍の奴隷にされるのかな……」
温かな食事を前にしてセリカは背筋を震わせた。魔王は自分の命を助けたのではない。利用するために生かしているだけなのではないか。
「奴隷? ははっ、なんでそんなものが必要なんですか。ジオハルトにそんな趣味はありませんよ」
失笑するヤスオがひどく憎らしく思える。魔王軍の捕虜になった以上、セリカの身の安全は保証されていないのだ。奴隷にされないのだとしても、見せしめに処刑される可能性だってある。
「心配には及びませんよ。今日はジオハルトの仕事を見ていただくだけです」
「ジオハルトの仕事?」
「彼がどうやって人類を支配しようとしているのか……興味はありませんか?」
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