第12話 招かれざる客人

 セリカたちはクレイドの助言に従い、センチネルから日本の王見市おうみしに転移した。

 ニュータウンとして開発が進む王見市の郊外には、わずかながら手つかずの山林が残っている。三人は市街地から離れた雑木林に身を隠し、周囲の状況をうかがっていた。


「うわ……ブリーフィングでも聞いたけど、本当に大きな建物がたくさんあるんだね」


 雑木林の中からでも、オフィス街の巨大なビル群は容易に視認できた。セリカの住んでいた世界にも、それなりに大きな城や砦は存在していたが、バベルの如くそびえ立つ高層ビルに比べれば赤子のようなものである。


「はしゃぐんじゃねえよ。俺たちはピクニックに来たわけじゃないんだぞ。任務の目的を忘れるな」


 後ろでテントを設営していたバルダーがセリカをたしなめる。先輩風を吹かせるつもりはないが、クレイドの期待を受けている以上、任務の失敗は許されない。


「別にいいじゃん。観光客のフリしてれば怪しまれる心配もないんだしさ」


 テトラは地図魔法マッピングで作った周辺地図を眺めている。偵察ルートの割り出しに最適な魔法なのだが、今の彼女にとっては観光スポットを見つけるための道具でしかない。


「とりあえず私とセリカで街の中心に向かってみるよ。バルダーはキャンプの設営と食料の確保をお願いね」

「なっ……俺を置いてくつもりか? 敵と遭遇したらどうするつもりだ。お前らだけで勝てるほど魔族は生易しい相手じゃねえぞ」


 テトラの提案をバルダーは愚策だと切り捨てる。が、魔導士の頭には蛮勇の戦士を連れて行く選択肢など存在していなかった。


「アンタはどう考えても隠密行動に向いてないんだよ。魔王軍が出てきたら信号魔法シグナルフレアで合図するから、それまで待機してな」

「チッ……どうなっても知らねえぞ」


 バルダーは悪態をつきながらも、食料を確保すべく狩猟の準備を始めていた。功績をあげるべく偵察部隊に参加したものの、内心では自分に不向きな任務であることを理解しているのだ。


「よしよし。それじゃ現実世界観光に出発しようか」

「テトラ……なんか楽しそうだね」


 浮かれた様子の魔導士にセリカは少しだけ不安を覚える。街を探訪することに興味はあるが、現実世界が侵略されていることを忘れてはならない。


「辛気臭い顔してたら逆に怪しまれるよ。旅人を装うのは潜入任務の基本なんだからさ、アンタも少しは楽しんでるフリしてみなよ」


 任務の直前こそ緊張していたテトラだが、今は軽口を叩くほどの余裕を見せている。陽気に振る舞うことで、平常心を保とうと努めている成果であろうか。


「そうだね。ニホンには観光客がたくさんいるらしいし、そっちの方が目立たないですむかも」

「そうそう。クレイド教官も渡航者を装うように言ってたしね」

「よしっ! じゃあ改めて偵察任務を始めよう」





 雑木林を抜け出したセリカとテトラは、王見市中央の市街地へと向かった。国道を徒歩で移動する二人の脇を、何台もの四角い箱が不気味な唸り声を上げて疾走していく。ふらふらと道の真ん中を歩いていたら、きっと鉄の箱に轢き殺されてしまっていただろう。


「あれ、ジドウシャっていうんだよね? 動力と車輪で色んな物を運ぶ機械……だっけ」

「現実世界は魔法が存在しないからね。人間たちは限られた資源を利用して色んな機械を作ってるらしいよ」


 科学技術によって作り出された現実世界の機械は、剣と魔法で戦う勇者たちには見慣れぬものばかりである。

 無論、勇者同盟も魔王軍に対抗すべく異世界から様々な技術を収集しており、機械式兵器の開発も行われている。だが、ビームガンやリモート爆弾といった先進兵器は、勇者たちの肌には馴染まないらしく、戦場での採用率は低かった。とりわけ己の力を誇りとする生粋の勇者は、機械に頼ることを邪道と見なす傾向が強いのだ。


「テトラ、あの赤い街灯はなんだろ?」

「赤? 私には青く見えるけど……」

「さっきまでは赤く光ってたんだよ」

「あ……赤に変わった。とりあえず渡ればいいんじゃないの?」


 無自覚の信号無視を繰り返しながら、セリカたちは市街地へと到着した。警察官に見つかったり、トラックに衝突されなかったのは不幸中の幸いである。


「なんか、思ってた以上に平和だね……」


 今日は祭日なのだろうか。街は大勢の市民で溢れている。既にジオハルトの侵攻が始まっているはずだが、守衛の兵士の姿は見当たらない。日本人は魔王を恐れていないのだろうか?


「油断しない方がいいよ。デバインたちが襲撃を受けた町も、見かけは平和だったらしいし」


 テトラは魔法で作った地図を眺めながら、市街地中央の巨大建造物「王見セントラルタワー」に足を進めた。いわゆる複合商業施設の類だが、地図には建物の詳しい情報までは記されていない。ただ、はっきりしているのは、人が大勢集まる場所だということだけである。


「そういえば、デバインたちは現実世界に転移してすぐにジオハルトと遭遇したんだよね。魔王はどうやってデバインたちの居場所を特定したんだろう?」

「見えない所に監視を置いてるのか、あるいは転移そのものに対する警戒網を敷いてるのか……」


 魔王は何らかの手段で現実世界そのものを監視しているのだろう。今は目立たないように行動することを心がけるしかない。


「セリカ、武器はちゃんと隠しておいてよ。現実世界で剣を装備してるところを見られたら、すぐに正体がバレちゃうからね」

「大丈夫だよ。今はショートソードしか持ってないから、見つかることはないと思う」


 セリカは背中に鞘を装備し、外套を羽織ることで得物を隠していた。防御用の大盾はどうしても隠すことができなかったので、やむなくキャンプに放置している。


「まあ、この人混みなら魔王軍に発見されるリスクは低いだろうね」


 セントラルタワーのエントランスは、流行りの服を着た若者たちでごった返している。古びた外套で素性を隠そうとする二人は相当に怪しいのだが、当の本人たちは全く気づいていない。タワーの至る所に設置された監視カメラは、不審者の姿を克明に捉えていた。


「そもそも魔王軍はニホンで活動しているの? 街を見る限り、侵略を受けているようには見えないんだけど」

「……ちょっと待った。あの光る看板を見てみなよ」


 テトラが指したのは、タワー内に設置された巨大モニターだ。ニュース番組の女性キャスターが、神妙な面持ちで原稿に目を落としている。


『次のニュースです。本日13時頃、永富市ながとみしで発生した落雷は、ジオハルトによる犯行であることが判明しました』

「……!?」


 モニターに映し出された光景に二人は絶句した。天から走る巨大な稲妻が家屋を吹き飛ばし、市街地にクレーターを作り出したのだ。

 キャスターによると、映像は気象用のライブカメラが偶然撮影したものだという。カメラは、上空から惨状を見下ろす黒い人影も捉えていた。


『落雷を受けた家屋は完全に消失。警察は器物損壊の容疑でジオハルトを捜索中です。なお、本件を受けて、永富市で開催予定だった日米首脳会談の延期が決定しています』


 ニュースの映像にセリカは思わず息を呑んだ。


「今のって、まさか」

「ただの雷じゃない。天候操作魔法サンダーボルト……外界の精霊を隷属させて落雷を自在に操る上級魔法だよ」


 ジオハルトはあらゆる気象条件を無視して雷雲を発生させ、任意の対象に雷撃を浴びせることができる。伝説の魔導士といえど、ここまでの雷魔法を行使できる者は一握りである。


「ジオハルトは魔法を使って、街を攻撃した……!」


 魔王の蛮行に手を震わせるセリカ。平和に見えた日本の地にも、既にジオハルトの魔手が伸びていたのだ。


「ああ、間違いないね。デバインたちと戦った時は市民を味方に付けてたらしいけど、結局は恐怖と暴力で人間を支配しているだけなんだよ」


 さしものテトラも不快をあらわにする。どこに行っても魔王のやることは同じだ。奴らは人類を害する存在でしかない。


「……早くナガトミシに行こう」


 セリカは急いた様子で、セントラルタワーの出口に向けて駆け出そうとする――それをテトラは間髪入れずに静止した。


「待ちな。ナガトミシに向かって何をする気だ?」

「何って、それは……」

「私たちに魔王を倒す力はない。今は情報を持ち帰ることが優先だよ」


 苦虫を噛み潰したようにセリカは表情を歪める。彼女は自らの無力さを許すことができない。討伐任務ではなく偵察任務を与えられたのは、自分が勇者として未熟であることの証明なのだ。


「大体さ、ナガトミシがどこにあるのかも分かってないでしょ。地図も持たずにどこへ向かう気なんだよ?」

「……」


 己の向こう見ずな行動をようやく理解できたセリカは、下を向いたまま黙り込んだ。敵の居場所すら知らぬまま、自分は何をしようとしていたのか。


「とりあえずキャンプに戻ってバルダーと合流しよう。ナガトミシに向かうかどうかは、その後に決めればいい」


 テトラは書店で販売されていた地図帳を魔法で転写し、うなだれるセリカの手を引いてキャンプへと戻るのだった。

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