02-19 星に還る

《背負うゥ? 一体何をだよ》


 火を噴く白い機体から、協定無線を介してリックの茶化すような問いかけが聞こえてくる。


「お前の夢を、願いを、俺が背負ってやる」


 彼の最後の煌めきを見つめながら、俺が返す。


「お前の事を、絶対に言い伝えてやる。後世まで、語り継いでやる。平定連合国軍のエースパイロットである俺と唯一対等に渡り合った、最強のライバルとして」


 少しの沈黙。それを破るように、彼が笑い声をあげる。


《ウッハハハハハッ! なんだってお前が俺の夢を肩代わりすンだよ! そんな義理ねェだろ!》

「あるさ。だって俺らは、親友だろ」


 その一言に、彼は小さく鼻を鳴らした。


《まったく。お前は昔と変わってねェな、ミナト。まあ、その尾翼の星を見た時から、薄々勘づいてたんだけどよォ》

「背負い込むのだけは得意だったからな」

《ハハッ。笑えないぜ、それ》


 リックは、わざとらしく大きな吐息を漏らす。


《まさか最期の最後に、お前に言い負かされるなんて思わなかったぜ》

「口喧嘩も、成長したもんだろ」

『そうかな?』

「フォーラは黙っててくれ」


 場にそぐわない、他愛無い会話。どちらからでもなく、笑い合っていた。


 日はとうに沈み、烏夜うやには満天の星空が広がっている。そこを目指して飛び続ける、一羽の火の鳥。


《——ありがとうな、ミナト》

「お前が感謝するなんて、明日は雨だな」

《うるせェな。素直に受け取れよ》

「分かってるよ。……ありがとう、リック」


 彼の口調が、機体の限界を——その命の終わりを、物語っていた。


《グレアァッ! こんなデートに付き合わせて悪かったなァ!》

〈……これっきりにしなさいよ、バカ〉


 今にも泣き出しそうな彼女の声を聞き、リックは照れたように笑った。


 赤い閃光となって、彼はまだ昇り続ける。


《——おっと、言い忘れるとこだった! 改めて、誕生日おめでとう、二人とも! お陰で楽しいパーティーだったぜ!》

「招待したのは、お前だろ」

《そうだっけか? ウハハ!》


 心無しか、リックの声が遠ざかっていく。無線の不調か、それとも俺がおかしくなったのか。


 視界がぼやけ、どの光が彼なのか、分からなくなった。それでも見逃すまいと、顔を上げ続ける。


《どうやら、そろそろ限界みたいだな》


 彼からの交信。それ以外の一切が、無音になる。


《じゃあな、ミナト!グレア! 一足先にクランプ隊長のとこへ行ってるぜェ——……


 空に、小さな星がまたたいた。


 言葉の続きは、どれほど待っても訪れず。聞こえてくる啜り泣きは、彼女のものなのか、あるいは俺のものなのか、それすら判断できなかった。


 上下する喉を落ち着かせ、閉じなくなった口から彼への返事を小さく搾り出す。


「向こうで叱られてこい、リック……」


 そして、空中警戒管制機AWACSからの、通信が入る。


[目標、消失ロスト……。作戦終了だ。ヴァルチャー﹅﹅﹅﹅﹅﹅隊。全機、帰投せよRTB


 管制官の、あの日、この空で、聞く事が出来なかった指令に、俺らは涙と共に応答した。




 黒鳶たちの三年間に渡る長い戦いは、ついにその終わりを迎えたのだった。



 

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