00-13 浮遊する異物

[当管制機が防空域に到達するまで、約300秒! すまないが、それまで保たせてくれ!]

了解ウィルコ! 聞いたか、テメェら! 追い討つ必要は無ぇぞ!〉


 AWACS空中警戒管制機とクランプ隊長の無線会話を聞き流しつつ、俺は光る機影を睨みつけるように追っていた。


 緩やかな軌道で展開する敵機——そのひとつの、背後に回るべく操縦桿を右手前に切り、視界を身体ごと、座席ごと、傾ける。


 ホワイト・レイヴンは、まるで後ろを気にした風もなく、旅客機を思わせる緩慢さだった。


「よし、やれる! グレア、俺の援護に——」

『ミナト、前を』


 四番機を視認するべく、振り返った一瞬。彼女に指示する刹那。コクピットに陽光が差し込む。


 向き直った先、不明機は、垂直に静止していた﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅。まるで鏡面のような、太陽を照り返す機体背面。航空機とは思えぬ異様な立ち姿。


 時間が止まったのかと錯覚する程、俺は白き異物を見つめていた。到底人間には真似出来ない急減速の機動——まさしく、白いカラスありえないもの——


 減速する暇も無い。声を出す余裕も無い。空中に浮かんだ物体——その下を、俺は過ぎ去っていた。


『敵の後転機動クルビットを確認。全機、警戒を』


 フォーラが無線回線を介し伝達していた。背後で、あのカラスは、グルンと後ろ向きに一回転し、鼻先をコチラに向けていた。


〈クルビットだぁ!? あの速度からか!?〉


 隊長の声が届くよりも先に、警告音が鳴り響く。レーダー照射によるロックオンを受けている。


『ミナト——』

「わかってるっ!」


 レバーをさらに強く引き倒し、旋回角をよりキツくする。肺が押し潰されそうな感覚になるが、気にしてる場合じゃない。


『加速』

「了解っ!」


 言われるがまま、左手を伸ばし、前に押し出す。さっきまで止まってた敵機を引き離すため、全速力での離脱。脚と胴をスーツが圧迫するが、それでも視界がじわりじわりと狭まる。


 束の間、アラートが停止する。しかしすぐ、背後に並ばれた。強く短く呼吸するも、酸素が足りなく感じる。


〈ミナトっ!〉


 グレアの泣き出しそうな声。


「——俺が囮になる! ヴァルチャー4! お前が撃つんだ!」


 彼女を、あえてコールサインで呼んだ。ここは戦場なんだ。馴れ合いも心配も、邪魔になるだけ。


 等間隔で鳴るアラートが、判断を尖らせ、思考を阻害する。このウザったい音がまない中で、先の指示が出来ただけ上等だろう。


「オラッ、ついて来やがれ!」


 己を鼓舞すべく叫び、操縦桿を引き絞る。訓練で嫌と言うほど慣らした、あの動き——螺旋軌道バレルロールの体勢に入った。




 ★=——  ★=——  ★=——

【用語解説コーナー】

クルビット

:機体を急激に機首上げピッチアップ・減速させ、

 地面に対し垂直に立てた姿勢を経由したのち、

 後ろ向きに一回転させ水平に戻す機動。

 ジェットエンジンのノズル部分が駆動する

 推力偏向ノズルが搭載された上で、

 かつパイロットの技量が要求される、

 ポストストール・マ失速後機動ニューバ。


 機体を垂直に立てたのちに、

 姿勢を前方向に戻す動きは

 『コブラ機動』と呼ばれる。

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