5.気まずい馬車の中で
「……すまぬな」
道中、コーネリアスがぼそと漏らした。
「何か、私めが粗相をいたしましたか?」
アメリアが聞くと違うとコーネリアスは首を振る。
「先の騒動で多忙な中、私一人のためにそなたを医局から離れさせてしまった」
「いえ。王命である以上、どのような状況であろうと従うまでです」
「そなたは王立医局の中でも指折りのヒーラーと聞いている。その類い希なる魔法の才であれば、魔法嫌いの私の体も癒やせるかと、父上はお考えなのだろう」
(あら、案外察しがいい)
アメリアが拝命した傷の治療とは別の命。それは治癒魔法が効きにくいコーネリアスの体質改善である。実際王命は医局に下ったものであり、魔法の見識と才能を見込んでナターシャがアメリアを専属のヒーラーとして推薦したのだ。
きっと治せるわ。と出発前ナターシャが微笑んでいたのを忘れていないアメリアではない。
「そのような優秀なヒーラーをこの忙しい状況で私のケガ如きで独占することは、本意ではない。そなたの力はもっと大勢の臣民のために使われるべきだ」
(気にしてるのか? だとしても王子さまなんだから自分の価値もある程度重く捉えないとよくないと思うけどなぁ~)
内心呆れ混じりに聞いているが、表情はすましているアメリアである。コーネリアスの言葉が自虐的になるにつれ、少しずつ苛立ちも湧いてきた。
「このようなところまで連れてきて命ずるのも気が引けるが、私を少し診たなら後は放っておいて」
「殿下」
はっきりとアメリアはコーネリアスの言葉を遮る。
「私はヒーラーです。ケガや病を患った人を癒すのが役目です。先ほどからご自分のことを自分如きだの本意ではないだの、少々見くびり過ぎではございませんか? 貴方はフローリア王国の第二王子コーネリアス様です。臣民と同様あるいはそれ以上に重んじられるべきお方であり、私の大切な患者です。その患者が治らないだの治すのは後回しにしてほしいだの、ごちゃごちゃ卑下しすぎでは?
貴方は王子である前に私と一対一で治療をしていく患者です、クライアントです。患者ならまず治ろうという姿勢を持ってください。失礼ですよ」
途中から熱が入り言葉が崩れてしまったが、言いたいことを言えてすっきりしたアメリアはふう、と一息吐いてむすっとした表情でコーネリアスを見やる。
こういう堅物はこのくらいはっきり言わないとわからないのだ。これでコーネリアスの怒りを買ってヒーラー
(辞めたら田舎で大釜で薬作りながら売って暮らすかなぁ……)
そんな人生計画の練り直しをしていると、コーネリアスが震える声で言った。
「そなた……そう考えていたのか」
「ええ。ですから罷免なり不敬罪なりお好きなように」
すまし顔で言うアメリアにコーネリアスは首を振る。
「そのように権力を笠に着るようなことはしない。そなたは自分の役目を十全に果たしてくれるのなら、私から言うことはない。重ね重ね、迷惑をかける」
そんな謝罪の言葉が飛んできたものだから、アメリアは逆に居心地が悪くなってしまった。
(しおらしくされるとなんだかこっちが悪者みたいじゃない。なんというか、め、めんどくさ~っ)
生来のめんどくさがりが顔を出して、アメリアはむむ、と唸ってしまった。
コーネリアスはそれ以上何も言わず、馬車は静養場所である御用邸の庭に入っていく。
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