第7話。奈波と壁紙
私は
ただ、前に言っていた歌に関しては私は今でも否定的だった。それはエレンのこととは関係なく、私自身の問題だからと、活動内容には加えなかった。
「うーん。登録人数、思ったより増えてない」
澪音が私のパソコンを見ている。
「まあ、SNSのフォロワーも減り続けてるし」
結局、エレンの件はうやむやになった。エレンからフォローされたわけじゃないし、エレンとのコラボが無いとわかったのか、私の増えたフォロワーも少しづつ減り始めていた。
それでも、SNSから流れてきた人が私の配信を見るようになったのも事実。時々、コメントにエレンの名前が上がるけど、自分から触れないようにしている。
「そういえば、最初にエレンからフォローされたと思ったんだけど。澪音ってば、私のアカウントをフォローしてなかったんだ」
「わたしのアカウント、お姉ちゃんが管理してるところもあるし。好き勝手、誰でもフォローをするのやめるように言われてるから」
確かにエレンの影響力を考えれば、色々と問題があるのかもしれない。私でさえ、ちょっとエレンに触れられただけで、フォロワーが増えたわけだし。
「じゃあ、今フォローしてる人達って?」
「今まで仕事で関わった人とか」
「趣味の合う人達をフォローしてるわけじゃなかったんだ……」
「はは。そんなことしてるの
どうせ、私のタイムラインは自分の趣味に溢れてますよ。そんな言葉を澪音に返そうとしたけど、笑い声が聞こえた後から澪音の様子がおかしかった。
「澪音?」
「んー」
なんともないという顔をする澪音。だけど、澪音は何かを我慢するように唇を噛みしめていた。
「トイレに行きたいの?」
「そんなわけないじゃ──」
声を出して否定しようとした澪音。言葉の途中で咳き込み始めたのは、ずっと我慢していたからだろうか。
「ちょっ、大丈夫?」
私は澪音の背中をさすった。
「ごめん……ちょっと、熱っぽくて……」
手を動かして、澪音の顔に触れる。でも、別に熱があるように思えなかった。それにさっきまで一緒にゲームで遊ぶくらい元気だったし、いきなり体調を崩したようにも見えない。
「とりあえず、ベッドに行こ。肩貸してあげるから」
「ふーん。奈波はそうやって誘うんだ」
「冗談言ってる場合じゃないでしょ!」
ちょっと本気で怒ってしまった。
澪音も驚いた顔をしているのは、私が怒鳴ってしまったからだと思った。それでも澪音の体を支えて私のベッドまで運んだ。
そのまま澪音をベッドに寝かせる。本人は元気だと言ってるけど、万が一がことがあれば、大変だと思った。
「えーと、こういう時は……」
スマホを操作して、対応を調べる。
「奈波……」
澪音が私の名前を呼んだ。
「どうしたの?」
「もし、わたしが死んだら。悲しんでくれる?」
いきなり、変な話をすると思った。
「もしかして、澪音……」
よく読んでいる漫画で似たような展開があった。
主人公は鈍感だから気づかないけど、私は澪音の言っている意味がわかった。後から真実を知って後悔をするくらいなら、私は先にすべてを知りたかった。
「命に関わるような、病気なの……?」
「ううん。全然」
「……っ!」
私は拾ったクッションを澪音の顔に叩きつけた。
「ふざけないでよ!」
ほんと、澪音のそういう思わせぶりなところが私は嫌いだった。私が勝手に勘違いしたと言えばそうだけど、今のは絶対に澪音が悪い。
「ふざけたつもりはないけど」
澪音はクッションで顔を隠している。
「だったら、なんで死ぬなんて話をするの?」
「なんか……急に怖くなって……」
澪音の体調不良の原因。それがメンタル的なものだと考えれば、人間が自分の死について考えるのはよくあることだと思ってしまった。
ここ最近、澪音はエレンとしての仕事が続いていた。ずっと、澪音は私に愚痴のメッセージを送ってきていたけど、ここまで弱っているとは思わなかった。
でも、落ち込んだくらいで咳が出るだろうか。本当に熱があって、それが気の抜けた今になって現れたのかもしれない。
「澪音でも、死ぬのは怖いんだ」
「当たり前でしょ」
澪音がクッションを外した。
「わたしは死にたくない……」
痛みを感じてしまいそうな澪音の言葉。
「ねえ、澪音。本当に死んだりしないよね……?」
「だから、わたしは死ぬつもりも予定もないよ」
だったら、どうして。
そんな辛そうな顔をしているのか。
私が精神的に不安定な時も、澪音くらい色々と余計なことを考えた。だけど、澪音から感じる雰囲気は私を不安にさせる。
でも、ずっとグチグチ言っても、澪音は否定を続けるだけ。本当に病気じゃないとしたら、私がするべきことは澪音を励ますことだと思った。
「澪音が何に不安を感じてるか知らないけど、よくあることだと思うよ」
「そっか。よくあることなんだ」
澪音が私に微笑む。
「ねえ、奈波」
「なに?」
「わたし、ずっと奈波に謝りたかった」
布団から伸びてきた、澪音の手が私の腕を掴む。
「学校を卒業してから、忙しくなって。奈波と会おうとしなかった。本当はもっと早く、会うべきだったのに……ごめん……」
「それは……私も同じだし、澪音が謝る必要なんかない」
でも、澪音は私のことを覚えていた。配信者として活動をする私の声を聞いて、澪音は私を見つけてくれた。
それって、澪音の中にずっと私の声が残っていたということ。天才の中に凡人の私が記憶として残り続けていたなんて、奇跡だと思えてしまう。
「澪音は他の二人には会ったの?」
「ううん。連絡も取ってない」
文化祭のバンドメンバー。即興で組んだとは言っても、澪音よりは関わっていた。今何をしているのか知らないのは、私が二人と連絡を取っていないから。
「なら、どうして。私だけ?」
「……奈波が好きだから」
「好きなのに放ったらかしてたんだ」
「だから、ごめんってば……」
澪音のことを本気で責めてるわけじゃない。
私は手を伸ばして、澪音の顔に触れた。
「少し、熱っぽいかも」
「なら、帰るからタクシーを呼んで……」
起き上がろうとした澪音。でも、不意に澪音が体勢を崩したのは、熱のせいだろうか。私は咄嗟に澪音の体を支えた。
「……っ」
私は気づいてしまった。
抱きしめた澪音の体。見た目よりも、酷く痩せているように感じる。元々痩せ気味だとは思っていたけど、体調不良の原因がこれだと考えてしまうほどだった。
「奈波、いい匂い……」
澪音は気にしていないのか、私の体を抱きしめてくる。澪音の体は熱くて、触れている部分がどんどん熱くなる気がした。
「ねえ、澪音。このまま泊まっていったら?」
「明日、仕事があるから帰らないと……」
色々なことが原因で澪音が追い詰められている気がした。だけど、私に出来ることなんて、安っぽい気休めの言葉をかけてあげるくらいだ。
「朝になったら、帰ればいいでしょ」
「……それも、そうだね」
澪音の体が私に寄りかかってくる。
「お姉ちゃんに連絡して……それから……」
「いいから、ベッドに戻って」
元通りの位置に澪音を寝かせた。だけど、澪音はポケットに入れていたのか、スマホを渡してきた。
「お姉ちゃんに泊まること、代わりに連絡してほしい……」
「わかった」
スマホを受け取り、画面を見る。
「澪音、ロック画面開けて」
「奈波の誕生日」
試しに入れてみると、ロックが外れた。
「……っ」
切り替わった画面。
そこには、私と澪音が一緒に写った写真が映し出されていた。ずっと昔、二人で撮った写真。懐かしいとすら思える写真を澪音はスマホの壁紙に設定していた。
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