第二章 異変①
秋が深まり、冬の気配を感じるようになった。
夏月はいつもより一時間以上も早く起床した。まだ薄暗く夕闇に包まれているような部屋に、重苦しい溜息を零す。
未読スルーすればよかった。
恨みがましく、枕元のスマホを睨み付ける。
昨晩、母を起こさないようにこっそり探した花瓶の入った大きな紙袋と鞄を手に、忍び足で一階に降りる。その足で玄関に向かうと、鞄と花瓶を靴棚にそっと置き、何食わぬ顔でリビングに向かった。
「おはよ、お母さん」
「あら、夏月。いつもよりずいぶん早いじゃないの」
「あ、うん。一限目の数学で小テストがあるから、早く行って教室でちょっとテスト勉強しようと思って」
怪訝な顔をしていた母が眉と目尻を下げる。
「あんた数学苦手だものね、いいじゃない。でも、早いなんて聞いてないから、お弁当まだぜんぜんできてないわよ。何時に出るつもりなのよ」
「朝ご飯食べたらすぐ行くよ。三十分後には出るつもりかな」
「そんなに早いなら前日に言いなさいよ、お弁当作れないわよ!」
母の眉間に皺が寄るのを見て、夏月は小さく首を竦める。
「ご、ごめんね。お弁当は夕飯に食べるし、朝食はシリアルを食べていくから」
言いながらキッチンに移動して、棚からシリアルを出して皿によそう。
本当は食欲なんてない。でも、食べないとまたお母さんに怒られる。冷たい牛乳をかけて、無理やりシリアルを胃に流し込んだ。
「いってきます」
「待ちなさい、夏月。お弁当なんとか作れたわよ」
母が弁当の包みを手に玄関に走ってきた。その視線が夏月の持つ紙袋に向けられる。
「あんた、その紙袋に何が入ってるのよ?」
「あ、これは……。えっと、花瓶が」
「はあ? 花瓶ってなんでそんなものがいるのよ?」
ランチ六星という名前がつけられた、愛、由貴子、奈々、まりえ、月葉、夏月が属する発足して一ヵ月に満たないグループラインの、昨晩のやりとりが脳裏に浮かぶ。
『小百合が謝罪しなかったので、あの子に罰を与えまぁす』
愛の一言からそのやりとりは始まった。
既読したからには無視するわけにはいかず、夏月は黒い渦に巻き込まれた。そして、最終的に小百合の机に菊の花を飾り、手紙を添えることになった。
もちろん、実行するのは華の三人組ではない。夏月とまりえと月葉だ。
まりえが菊の花を買い、夏月が花瓶を用意し、月葉が机に悪意を込めた手紙を入れる役を与えられ、クラスの他の人に見られないよう早朝に実行することになった。
いっそ、うちのクラスにはいじめがあって、それに加担させられていると母に打ち明けようか。
いや、無駄だ。相談したって意味がない。母が興味あるのは勉強の成績だけ。それ以外のことで娘に興味なんてない。
小学校の時、ちょっとしたいじめを受けて学校に行きたくないと訴えた時「学校に行かないなんて許さないわよ、やり返しなさい」と叱られたことを、今でもはっきり覚えている。今回だって結果は同じだろう。
「えっと、わたし、緑化委員会だから。教室に花を飾るんだよ。花瓶借りてくね」
「ああ、そう。いってらっしゃい」
母は咄嗟に出た微妙な嘘をすんなり受け入れた。やっぱりこの人は成績以外に興味は無いのだ。
「……いってきます」
弁当を受け取って、夏月はそそくさと家を後にした。
七時前の外はまだ薄暗くて寒く、憂鬱を誘う。
いつもの満員電車が嘘のように空いていた。席も僅かだが空いている。座りたかったけれど、荷物が大きいのでやめた。ドアに凭れて流れる景色をぼんやり見る。
月葉も同じ駅から電車に乗るけど、彼女の姿は見つからなかった。
電車を降り、とぼとぼ通学路を歩く。幸いなことに、学生の姿はほとんどない。
下足室で上靴に履き替えてこそこそ教室に向かう。時刻は七時二十分。すでに誰かが来ていたらどうしようと思いながら、ドアを開ける。
「ちょっと、遅いじゃない」
すでに教室に居たまりえが仁王立ちでじろりとこちらを睨む。
「ごめん、まりえちゃん。早く来たつもりなんだけど……」
「ワタシなんて七時に来たよ。誰かが来ちゃったらやばいでしょ、早くするよ!」
まりえは言いながら鮮やかな黄色い菊を簡素な白い紙の包装紙から解放していく。
月葉の姿がまだないことを気にしながらも、夏月は持ってきた花瓶を手にトイレに行き、水を注いで戻った。
まりえが乱雑に菊を活け、花瓶を小百合の机の真ん中にドンと置いた。
それを見届けると、夏月は花瓶を入れてきた紙袋を丁寧に畳んで鞄に隠した。
まりえがきょとんとする。
「捨てないの?」
「証拠品になると嫌だから。大きい紙袋が捨ててあったら不自然だしね」
「へえ、アンタぼんやりしてるようで頭回るのね。アタシもそうするわ」
まりえはぐしゃぐしゃに丸めた包装紙を広げて、雑に折り畳んでゆく。
その時、がらりと教室のドアが開いた。
夏月とまりえはそろってびくりと肩を跳ねさせ、ドアに目を向ける。
「おはよ、夏月。まりえ」
天真爛漫な笑顔の月葉に脱力した。
「びっくりさせないでよ、もう!」
まりえが狐目で睨みつけるが、月葉は涼しい顔で笑っている。
「まだ七時半を過ぎたばかりだよ。いくら真面目な生徒でも、まだ登校してこないって」
月葉は軽やかな足取りで小百合の机に近付くと、しげしげと菊の花を眺めた。
「綺麗だね」
「いいから、アンタも早く手紙を入れなさいよ」
まりえに促されて、月葉は鞄から血のように真っ赤な封筒を取り出した。
「こわっ、アンタ趣味悪いわね」
「月葉、そんな封筒どこで買ったの?」
「違う違う、あたしじゃない。用意したの、愛だから」
「え、愛ちゃんが?」
てっきり彼女はいっさい自分の手を汚さないものだと思っていた。
つい不審げな視線を向けると、月葉は笑いながら説明する。
「昨日の八時くらいに愛たちに駅前のファミレスに呼び出されたんだ。そこで小百合のパンツ事件の話になって、高杉の邪魔が入って不完全燃焼だって由貴子が言い出してさ。で、愛がこの計画を提案したわけ。四人で小百合への手紙を書いたあと、百均に行ってこの赤い封筒を見つけてさ。愛がこれがいいって買ったんだ」
「そうだったんだ」
自分とまりえは完璧なパシリ扱いだけど、月葉は特別扱い。
そのことが漣となって水面を揺らす。
月葉はわたしの親友なのに―…。じわりと喉の奥が苦くなる。
「喋ってる場合じゃないわよ、早く行きましょ」
まりえに急かされて、夏月と月葉は教室を出た。
朝練に励む生徒たちに見つからないように、体育館下のピロティの柱の後ろに三人で身を隠した。
ピロティは放課後ダンスクラブが活動に使ったり、文化祭の時にお化け屋敷を設置したりしているが、基本的にあまり使用されない。
いつも薄暗く、ひっそりとしてまるで墓場のようだ。
淋しい場所で体を寄せ合って鼠のように隠れていると、普段は苦手なまりえにでさえ親近感が沸いてくる。
「まりえちゃん、菊の花高かったでしょ。大変だったね」
「べつに。バイトしてるから」
「バイトか、勉強と両立できそうにないからしたことないよ」
「女子高生ならではの短時間でワリのいいバイトもあるじゃない。ワタシ、愛ちゃんに楽勝で大金が入るバイト教えてもらったんだ」
愛の紹介なんて、ろくでもないバイトしか思い浮かばない。だけど、まりえの機嫌を損ねないために、夏月は持ち上げる言葉を口にする。
「すごいね、まりえちゃん」
「べつに、フツーよ、フツー」
そう言いながら、まりえは得意げな顏だった。
「本当はね、わたしこんなことあんまりしたくないんだ。まりえちゃんもでしょ?」
「まあ、ね。でも、愛ちゃんに嫌われたくないから」
「わたしも同じ」
夏月が笑い掛けると、まりえも笑い返した。
「ねえ、月葉はどう思う?」
「しょうがないと思う。やらなきゃ、あたしたちの番。でしょ?」
味方だよと慰めるような柔らかな声と笑み。
まりえは月葉の言葉に安堵していた。
だけど、夏月には月葉の瞳が凍えているように見えた。黒曜石の瞳の奥に青白い炎が揺れた気がして、背筋がぞくりとする。
見間違いだろうか。
がやがやとした声が遠くから聞こえてきた。続々と生徒達が登校してくる。
三人はそっとピロティから出て、何食わぬ顔で他の生徒に混じって教室に向かった。
昨日恥ずかしい思いをしたからだろう。いつも夏月と同じく八時頃に教室に来る小百合は、まだ来ていない。
逆に、華の三人組は早くも愛の席に集まってお喋りをしていた。
愛と目が合う。愛が控えめなピースサインを送ってきた。おどおどした笑顔でピースに応えて席に座る。
「やあ、おはよう」
珍しくすでに登校していた隣の席の薫に、にっこり微笑みかけられた。
「お、おはよ」
学校一のモテ男に挨拶されるとは思わず、上擦った声が出た。
薫はクスリと笑うと、視線を前方の小百合の席に向けた。
「ふふ、綺麗な花だね。お葬式でもあったのかい」
教室のざわめきに紛れさせるように囁かれた言葉にぎくりとする。
こちらを見詰める薫の瞳が、心を見透かす真実の鏡のように思えて怖かった。聞こえなかったふりをして、慌てて視線を逸らす。
みんなが自分を怪しんでいるような気がして怖い。
視線から逃れるように現国の本を開いた。まだ授業で習っていない物語を読み、虚構の世界に逃避する。
物語を読み耽っていると、ポンと柔らかく肩を叩かれた。
顔を上げると、愛が天使の笑みを浮かべて立っていた。愛が耳に唇を寄せる。ほわんと甘い苺みたいな香りが漂ってくる。
「きたよぉ」
甘ったるい声で告げると、愛は席に戻った。
夏月は教科書をしまい、教室の前の扉に視線を遣る。
教室に入ってきた小百合は自分の席を見て、一瞬固まった。
顔を青褪めさせて立ち尽くす小百合に、教室の至るところで忍び笑いが起きる。
「どけよ。入り口で立ち止まってると邪魔だろうが!」
後ろからきた横尾にどやされて、小百合は転がるように教室に入り、席に着く。
小百合は机のど真ん中に置かれた菊の花を飾った花瓶と対面して、ただ泣きそうな顔で俯いていた。誰かが助けてくれるのを、あるいは誰かがこの状況を説明してくれるのを待っているようだ。
でも、誰も助けない。菊の花が飾られている意図に気付いているからだ。善意の花だなどと思う間抜けはいない。
小百合に向けられる目に宿るのは品のない好奇心や嘲りばかり。同情を向ける者でさえも僅かだ。表向きには仲がいいクラスを演じていても、内情はドロリとした空気が渦巻いている。誰かを攻撃したくてうずうずしている獣がそこかしこにいるのだ。
その気持ちは夏月にも理解できる。エリートクラスの生徒たちは、国立大学や有名私立大学に受かることを先生や親に期待され、日々重圧に晒されている。だからどこかに捌け口を求めている。
がらりと教室のドアが開いて、朔耶が入ってきた。
彼女はすぐに異変に気付いて、眉を顰めた。後頭部をくしゃりと掻いて溜息を漏らすと、小百合の傍まで歩いていく。
「おはよう、小百合」
小百合は顔を俯けたまま黙っていた。
昨夜は小百合の頭を優しく二回叩くと、無言で花瓶を持ち上げた。その花瓶を教室の後ろのロッカーに移動させ、自分の席に座る。
「偽善者だよねぇ」
愛が聞えよがしに嫌味を言った。
何人かの生徒がそれに同意して朔耶を悪しざまに批難したが、朔耶は堂々と自分の席でスマホを弄っていた。朔耶が時折心配そうに小百合の方を見ていたが、小百合は机に突っ伏したまま動かなかった。まるで、すべてを拒絶しているような姿だった。
チャイムが鳴り響く。倉坂先生が教室に入ってきた。
倉坂先生の視線が最前列で突っ伏した小百合に流れる。眼鏡の奥の瞳が一瞬細められたが、彼は何も言わなかった。
「出席を取るぞ。青木」
「はい」
陸上部の青木の低く張りのある声が教室に響く、いつものワンシーン。
「麻生」
「はぁい」
次々と出席が呼ばれる。
「小森」
小百合は返事をしない。教室に緊張感が漂うが、倉坂先生は気付かないふりで次の名前に進んだ。
「佐々木」
二つの声が重なった。出席簿だけを見ていた倉坂先生が驚いて顔を上げる。その視線は月葉に向けられていた。
「おいおい、立花。なんでお前が返事をするんだ?」
「あっ、間違た。あたし、寝ぼけてるみたいです」
明るく笑った声で月葉が弁明すると、教室が小さく沸いた。
おっちょこちょいな月葉を、温かく愛や一之瀬が野次る声。
教室にうっすらと漂っていた緊張感が吹き飛んで、弛緩したムードになる。倉坂先生は些かほっとしたようだった。
夏月は月葉のミスにひっかかりを覚えていた。
引っ込み思案で緊張しいの月葉がこんなミスをするだろうか。名前を呼ばれても返事をしないことはありそうだけど。
愛達に命じられて小百合に嫌がらせをしたことで、動揺していたのだろうか。
夏月自身、いつもの穏やかな笑みを浮かべながらも心は乱れていた。
最前列で突っ伏したままの小百合が気になってしょうがない。罪悪感を植え付けられているみたいで息苦しい。
倉坂先生は小百合の異変に気付かないふりをしたまま、朝のホームルームを終えた。
一限目の数学が始まった。相変わらず小百合は動かない。
まるで貝のように閉じ籠る小百合に、朔耶は休み時間ごとに話しかけていた。だけど小百合は一切答えなかった。
「小森さん、大丈夫? 保健室に行ってもいいのよ」
四限目の古典。朗らかな近所のおばちゃんという雰囲気の小寺先生が、小百合に優しく声を掛けた。
朔耶以外で声を掛けたのは小寺先生がはじめてだ。夏月は少し期待した。
だけど小百合が伏せたまま首を横に振ると、小寺先生はそれ以上何も言わなかった。
お昼休みになった。小百合は相変わらずピクリとも動かない。
懲りずに朔耶が声を掛けるが、無視していた。
朔耶は小百合を気にしつつも窓際の自分の席に戻り、仲良しの男子、青木と弁当を食べはじめた。
夏月はいつもどおり愛たちと昼食を食べていた。食欲がないのを隠してなんとか箸を動かしているものの味はしないし、お喋りを楽しめる状態でもない。まりえも同じ気持ちのようで、口数が少なく、おべっかや同調を忘れてもそもそ弁当を食べている。
そんななか、月葉はケロリとしていた。
月葉には昔からそういうところがある。あの子は人間が嫌いだ。
動物には優しくて、捨て猫を拾ったり、鳥に餌をやったりと世話を焼いている。その一方で、迷子の子供が泣いていても知らんぷりだし、痛ましい殺人事件のニュースを聞いても平然としている。
今回もきっと、なんとも思っていないのだろう。
「悲劇のヒロインぶってるよねぇ、小百合」
愛が小百合を見て、彼女にも聞こえる声で言った。
「ホントホント、ちょーウゼー。体調悪いなら保健室行けっつーの」
「みんな真剣に勉強しているのに、あんなふうに構ってアピールしながらサボッてる人がいると、やる気なくすよねぇ」
「目障りだわ。ほんと、消えてくれないかしら」
愛と由貴子と奈々が悪口を言いはじめると、一之瀬、松島、横尾の三人が近付いてきて話に加わった。
「小森の態度、マジでキモイわー。なあ、松島」
「一之瀬の言う通りだな。陰気な奴がいると、教室が暗くなる」
「ブスだし、アイツいなくていいよな。強制撤去でもするか?」
「さすがに暴力はダメだよ、横尾くん。鬱陶しいけど我慢しなきゃ。いちおうクラスの仲間だもん」
愛に可愛らしく窘められて、横尾が鼻の下を伸ばす。
「愛は優しい女だぜ。あんなキモブスも仲間扱いしてやんだからよぉ」
「同じクラスの子たちを大切にしなきゃ、人の縁は宝物だもん」
安っぽい学園ドラマみたいな台詞に夏月は密かにうんざりした。
大切しなきゃだなんてどの口が言っているんだ。糾弾したい気持ちでいっぱいでも、実行に移す勇気はない。
愛を見ていたくなくて、視線を逸らす。はたと朔耶と目があった。
睨み殺さんばかりの苛烈な視線にぞくりとする。
殺気めいた凶悪な気配を放ちながら、朔耶がゆらりと立ち上がった。威圧的な足取りで近付いてくる。
「おっと、ごめん。小さくて見えなかった」
飄々とした声。
愛を守るようにふらりと朔耶の進路に現れた薫の声だ。薫の手にはマスカットティーのパックが握られている。パックは飲み口が開いたままだった。
「冷てぇな、何すんだよ!」
「いやあ、今にも突進しそうな猪がいるから頭を冷やしてあげようと思ってね」
「ふざけんなよ、薫。人様にジュースぶっかけるとはいい度胸じゃねぇか」
「まあまあ、そう怒らないでよ。ズボンにちょっとかかっただけじゃないか。それよりほら、早く保健室に行こう。ズボン、脱いで洗わないとシミになるかもよ」
「このクソ野郎、覚えとけよ。シミになったらお前のズボンをもらうからな」
「長身の僕のズボンじゃ、チビで足の短い君には履けないよ」
「うるせぇ。くたばれ、馬鹿!」
「元気でよろしい。ほら、行くよ朔耶」
薫が憤慨する朔耶の背中を押して教室を出ていった。
学力トップツーの二人の幼稚な喧嘩に、クラスメイトは唖然としている。
「高杉ってよく対馬にからむよねー。ウチ、高杉はぜったい対馬のこと狙ってると思うんだよねー」
「愛、積極的にならないと高杉に対馬クンを取られるかもしれないわよ。高杉、性格は男勝りだけど顔は綺麗だし、華奢のくせに巨乳だしね。それに対馬クン、高杉にやたら意地悪するでしょう。気があるのかもしれないわよ」
「やめてよ、奈々」
愛が気でムッとした顔をした。奈々が眉をハの字にする。
「本気にしないでちょうだよ、愛。愛が弱気で消極的だから、ちょっとハッパをかけてあげようと思っただけよ」
「そうだよ、愛。対馬が高杉なんか好きなワケないじゃん。奈々のブラックジョークだって。ねえ、奈々」
「当たり前じゃない。ワタシも由貴子も愛の味方よ。応援しているわ」
珍しく機嫌を損ねた愛を奈々と由貴子が慌てて慰める。
夏月は口元が綻びそうになるのを堪え、唐揚げを口に運んだ。
やっと、少しだけ味がした。
夏月の妄想の中では朔耶と薫は恋人同士だったりするけど、実際はどうなのだろう。
二人の喧嘩は痴話喧嘩なのか。少なくとも、朔耶は本気で怒っているように見える。薫は何を考えているか掴めない。
暫くすると、朔耶と薫が一緒に戻ってきた。
保健室に合うサイズのズボンがなかったようで朔耶はスカートを履いていた。普段は服装のせいで美少年に見える彼女だけど、スカートだと普通に美少女だ。
「朔耶ったら、スカートが似合わないねえ。まだ僕が女装した方がマシなんじゃない?」
「なら、お前のズボンを寄越せよ。スカート貸してやるから」
「嫌だよ。そもそも、いくらスタイル抜群の僕でも、君サイズの細いウェストのスカートが入るわけがないじゃないか」
「だったらその口閉じてろ」
喧嘩はまだ続いているようだ。
なんでも言い合える仲の朔耶と薫を、夏月はほんの少し羨ましく思った。
ただし、朔耶の立場になるのはごめんだ。いくら相手が美形の薫だとは言え、毎日嫌がらせされるなんて耐えられない。めげずにやり返す朔耶はすごく強いと思う。
小百合も朔耶ぐらい強かったらよかったのに。
結局、その日一日小百合が顔を上げることはなかった。
翌日から、小百合の姿を見ることはなくなった。
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