第4話小さな役立ちと冷たい視線
午前の作業を終え、キャリーカートを引いてレンの家へ戻ると、レンはすぐに次の仕事に取りかかった。
「次は薪割りをしないと、夜の火が足りなくなるの」
「マジか……もう動いてんのかよ」
「うん。村の人が、遅いと怒るから」
レンはそう言いながら、庭先に置かれた小さな斧を手に取った。
俺は周囲を見渡す。確かに薪は少なくなっている。だが――
「これ、十歳の子がやる仕事じゃないだろ……」
そう思わずつぶやくと、レンは小さく肩をすくめた。
「私しかやる人いないから。大丈夫、慣れてるよ」
そう言って、レンは細い腕で斧を振り上げた。
カンッ、と乾いた音がして、薪がきれいに割れた。
……大丈夫と言われても、見ているこっちが心配になる。
「……俺もやる。どけ、俺の方が力あるしな」
「えっ? いいの?」
「見てろよ」
俺は斧を受け取り、薪を割ろうと力いっぱい振り下ろす。
……が、狙いがずれて薪の端っこをかすめただけだった。
「……あれ?」
レンがくすっと笑う。
「やったことないんでしょ? こういうのはね、真ん中を見て、まっすぐ――」
レンがアドバイスをしてくれたが、数回挑戦してもなかなか上手くいかない。
体力もすぐに限界がきて、肩で息をしながら斧を置いた。
「……だめだ、これ……俺には向いてねぇ……」
「でも、手伝ってくれただけでも嬉しいよ」
レンが優しく笑った。その笑顔に、少し救われる。
「……俺の取り柄って、道具を出すことくらいだな……」
ぼそりとつぶやき、俺は頭の中でイメージを固める。
――たしか、ホームセンターで見た折りたたみノコギリ。
「……万能ノコギリ、出ろ」
『承認』
目の前にギザギザの刃を持つ折りたたみノコギリが落ちてきた。
レンは驚いた顔で目を丸くする。
「また出てきた……これ、すごい切れそう!」
「薪はダメだろうけど、枝とかだったらこれで十分だ」
試しに庭に積んであった枝を切ると、スパッと簡単に切れた。
レンは目を輝かせ、思わず拍手した。
「すごい! これ、便利だね!」
「だろ? ほら、これで細かいのは任せろ」
俺は夢中で枝を切り揃えた。
すると、道の向こうから数人の村人が足を止め、じっとこちらを見ているのに気づいた。
「……あのよそ者、何をやってる?」
「また妙な道具を……」
さらに、近くで遊んでいた子どもたちが興味津々でこっちに近づこうとした。
「ねぇねぇ! それなぁに!?」
「触ってみたい!」
だがすぐに、その子たちの腕を親がつかんだ。
「だめ! あの人に近づいちゃいけない!」
「ほら戻るよ、早く!」
子どもたちは残念そうな顔をしながら、親に引かれて遠ざかっていった。
その光景に、胸がちくりと痛む。俺はただ、ここで役に立とうとしているだけなのに。
「……気にしなくていいよ」
レンがぽつりと言った。
その笑顔は強がりに見えたが、俺はそれ以上何も言えなかった。
◇
午後になり、薪も枝も十分に揃った。
レンは嬉しそうに薪を積み上げながら言った。
「本当に助かったよ。私ひとりじゃ、こんなに早く終わらなかった」
「……いや、俺の方こそ、やっと役に立てた気がする」
俺がそう答えたとき、畑の方から小さなささやきが聞こえた。
「……あの男、何者なんだ?」
「わからんが、危険かもしれん。長くは置けんぞ」
ひそひそとした声が耳に刺さる。だが、すぐに別の村人が言い返した。
「……だがよ、今のところあいつ、何か悪さしたか? むしろ手伝ってくれてるじゃねぇか」
「そうだそうだ、あの道具も便利そうだしな」
「でも、よそ者だぞ? 用心しないと」
「とはいえ、レンを助けたんだろ? 俺たち、恩知らずになっちゃいけねぇ」
意見が分かれて、畑の脇でざわめきが広がりかけたそのとき、
落ち着いた声が割り込んだ。
「……やめておけ」
振り向くと、村の中心で見た白髪の老人――村長がこちらに歩いてきていた。
老人は村人たちを見渡し、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「今はまだ、判断する時ではない。確かにあの男はよそ者だ。だが、今のところ村に害をなしたわけでもない。レンを助け、作業も手伝っている。それは事実じゃ」
「……ですが、村長」
「もちろん、わしも警戒は解かん。だが、この村は小さい。人手はいつでも足りん。――だから、今は様子見とする」
村長の静かな声に、村人たちは顔を見合わせた。
やがて誰かがぼそりと「……そうだな」とつぶやき、他の者たちも肩をすくめる。
「……わかりました。様子見ですね」
「危ない真似をしたら、その時は追い出せばいい」
「うむ。それでいい」
ひとまずの結論がつき、村人たちはまた作業に戻っていった。
その背中を見送りながら、俺は胸をなで下ろした――が、同時に妙な重さも残った。
――俺は今、ぎりぎりで“ここにいていい”と思われているだけなんだ。
その事実が、胸の奥に静かに沈んでいった。
だが隣で、レンが薪の山を見て笑っている。
「おにーちゃん、ありがとう!」
その声だけが、俺をほんの少し救ってくれた。
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