第14話 本物と偽物
「事務所が閉鎖になったのってさ、あんたが引き金を引いたからだろ」
亮二さんの言葉に彼は何も答える事なく、スッと目を逸らすと深い溜息をつく。
少し困ったようにも見える杜嵜の表情、亮二さんは彼をじっと見つめたまま僕に言った。
「ユウ。彼にパスティス・ウォーターを作ってくれないか」
僕は頷くと、グラスに氷を入れてリカールを注ぎ、カウンターにグラスを置いた。
琥珀色のリキュールが照明に照らされる。
まだ水は入れていない。
杜嵜の表情を窺いながら、彼が目の前に置かれたグラスに目を向けると、僕は水を注いでいく。
透明感のあるリキュールが濁っていく。
彼は白濁していく様を見つめていた。
僕は軽くビルドし、リカールと水を混ぜると杜嵜に勧める。
「どうぞ」
彼は、グラスを見つめたまま、手に取る事はなく苦笑するとこう答えた。
「苦手なんだよ。本当は。アニス風味の酒なんてさ……」
「だったらなんで飲んでるんだよ」
亮二さんの返答に、杜嵜はまた苦笑した。
「共感しただけだよ……だから知りたくなった。その違いを……ね」
そう言って深い溜息をつくと言葉を続けた。
「
横目で亮二さんをちらりと見るその仕草は、明らかに勘繰っている。
「よく知っているじゃないか」
亮二さんはハッと短く息をつくと、少し呆れたような表情を見せながら言葉を続けた。
「なんの真似かは知りたくもないが、あんたが探していたのは俺だろ。だが……探していたのはあんただけじゃない。俺もあんたを探していたからな」
……互いが互いを探していた……。
僕は少し驚いたが、納得出来るものはあった。
閉鎖に追い込まれた探偵事務所の探偵。話は聞きたいところだ。
亮二さんは、彼の前に写真を一枚置いた。
南条と神崎が共に写っている写真だが、それは去年の写真だ。
「全てはここから始まったか? いや……始めたのか、だな」
亮二さんの言葉に杜嵜は、写真を手に取ると見つめる。
そして亮二さんは、二枚目の写真をカウンターに置いた。それは神崎 瑠衣が僕に見せた写真だった。
南条 幸一と神崎 瑠衣。この二枚の被写体は同じだ。
僕は、淳史さんがカメラマンであったという事に、この写真を結び付けていた。
『あの写真撮ったの、佐嘉神さん……あなただよね?』
そう訊いた僕に淳史さんは答えを曖昧にしたが、その言葉の意味が今、ようやく分かった。
『うーん……まあ……そうだなあ……俺がその通りだと認めたら、お前は俺をどういった目で見るの?』
『どういった目で見るって、なに?』
『敵か、味方かって話』
僕は、淳史さんへと目を向けた。こっちを見る事はなかったが、亮二さんと杜嵜の話に耳を傾けている。
敵か……味方か……か。
亮二さんは、また写真を杜嵜の前に置くと、探るような目で言う。
「そして……
問題の……三枚目。
その写真に写っているのは神崎 瑠衣とは違う人物だが、神崎が持って来た写真と同じ日付のものだ。
一見、ただの記念写真と思えるもの。二枚とも同じ日付である事から同席していたというように見えるが、テーブルに置かれた料理はアラカルトではなく、それぞれに用意されている。それは二人分だ。
この店について少し調べていたが、この店はコース料理をオーダーした客に写真撮影のサービスをしている。それは希望した客に限るが。
そもそもこのレストランはウエディングホールに併設しているレストランだ。
だから……亮二さんが神崎に対してあんな事を言ったのも、頷ける事だったんだ。
『今度は自分より年上の中年男性ではなく、青年に手を伸ばすとは今度こそ本気?』
まあ……あの言い方にはヒヤヒヤしたが。
だけど、ここで去年の写真が引っ掛かってくる。一年前の同じ日、同じレストラン、二人分のコース料理。
だが、南条と神崎に婚姻関係はない。
そして、三枚目の写真に写っている人物は男だった。
この写真は亮二さんが南条から預かった写真で、そもそもこの人物……。
僕は面識がないから分からなかったが、亮二さんと淳史さんは知っている男だ。
淳史さんが席を立ち、杜嵜が飲み残していたパスティス・ウォーターを持ってカウンター席に来た。カウンターにグラスを置き、三枚目の写真を手に取ると彼に言う。
「知りたくなったって……早水 理人をか?」
三枚目の写真に写っているのは、瞭良さんのいる事務所のボス、早水 理人だと後に知った。
カウンターに寄り掛かりながら淳史さんは、杜嵜が手にする一枚目の写真と自分が手にした三枚目の写真を交換する。
だけど……淳史さんがこの写真にまったく関わりがない訳じゃないんだ。
「このレストランがあるウエディングホールの挙式撮影カメラマンは委託される事がある。その一人が俺だったんだが……その写真はたまたまでね……撮影の下見に行った際、店側に頼まれて撮ったヤツだ。データだけ渡してこの後、直ぐに帰ったけどな」
杜嵜は、他の二枚と見比べるように交互に見た。
そして、飲み残していたパスティス・ウォーターを一気に飲み干し、代金を置くと席を立つ。
「一つだけ……訂正させて貰うよ。探偵事務所が閉鎖になったのは確かに俺が絡んでいる。だが……」
杜嵜は言葉を続けながらドアへと向かう。
「事務所が閉鎖になった事で、引き金を引いていたのは俺だったんだと気づいたんだよ」
彼のその言葉は、故意ではなかったと伝えている。
僕たちを探していたのはそれを伝えたかったというのか……?
「淳史」
亮二さんが淳史さんに、彼を追えと目線を送る。
「ああ、分かった」
淳史さんは彼を追って店を出た。
深い溜息をつく亮二さんの表情は、なんだか複雑だ。
「ユウ……ウォッカをショットで」
……亮二さん……。
この依頼の先に何が待ち構えているのか。
それは依頼人の問題だけではない気はしていた。
亮二さんも淳史さんも、確証がないだけにバラバラになったピースを集めているみたいだ。
「なあ……ユウ……」
出来れば……。
こんなふうに飲んで欲しくなかったが……。
僕は、亮二さんの前にショットグラスを置いた。
圭介さんから聞いた言葉が頭の中に響く。
『心が渇き過ぎちまった。ただの水じゃ足りないんだ』
亮二さんは、それを一気に飲み干すと、グラスをグッと握り締めて僕に言った。
……どうして……。
「殺したいと思う程……人を憎んだ事……ある?」
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