第11話 裏調査

「なに……やってんの……ユウ」


 僕を見る淳史さんは呆気に取られている。

 僕は、ふっと笑みを見せると、淳史さんに言った。


「なに飲む? 淳史さん」

「なに飲むって……」

 僕たちは今、圭介さんの店にいるが。

「淳史さんの好みってイマイチ分からないんだけど。酒ならなんでもいい感じだよね」

 そう言った僕に淳史さんは、苦笑に顔を引き攣らせる。


「圭介さん……このバーテンダー、態度悪いよ」

「あはは。中々似合ってるだろ? 僕も助かるんでね」

 圭介さんは快く了承してくれた。

 僕は今夜は客ではなく、バーテンダーとしてカウンターの中にいる。

「さっさと一人先に事務所出て行ったと思ったら……」

 淳史さんは、カウンター席に座ると呆れた顔を見せて溜息をついた。

「ったく……そう来るとはね……?」

 呆れながらも僕を見る目は穏やかだ。

 きっと、そうは言ってはいても、僕が何を考えているのかを淳史さんは気づいていただろう。


 それは一昨日の話で……だ。


『瞭良のいる事務所のボスが……来てるんだろ、圭介さん。ショウさんと擦れ違いに……ね』


 だけど……。

 圭介さんは、そういう訳でもないと首を横に振った。


 今も来ているのは、ボスじゃない。

 いや、全く来ていないという訳ではないが、ボスが来たのはここ数ヶ月の間に一度だけで、その後に来ている人物がパスティス・ウォーターをオーダーしている。

 圭介さんは、瞭良さんの事務所のボスと面識があるようだ。ボスの名は早水はやみ 理人りひと、四十四歳だと聞いた。

 圭介さんの話では、以前はオーナーと一緒によく来ていたが、暫くの間、店に来る事はなく、数ヶ月前に一人で来たという。

 久しぶりに店に来た早水は何処か余所余所しく、圭介さんと会話をする事はなかったそうだ。

 それでもメニューにはない、パスティス・ウォーターをオーダーした。

 圭介さんは何も言わず、訊く事もなくそれを出した。

 そして、カウンターで早水が飲み始まった時に、隣に座った男がいたと……。

 その男は早水と同じものをオーダーし、それから来る度にパスティス・ウォーターを飲んでいる……二十代後半くらいの男だという。


 その男が何処の誰かは分からない。

 圭介さんはバーテンダーだ、客を詮索するような事はしない。

 だったら僕がこの目で確かめる。

 そう思った僕は、バーテンダーとしてカウンターの中に立った。


「ユウ、お前……俺、一応パートナーなんだから、ちゃんと報告しろよな」

「あれ? 分かってたから来たんじゃないの? ああ、そっか。また僕を尾けてた? まあ、その方が言うより早いかとは思うけど」

「ああっ、尾けてたよっ。尾行が下手で悪かったな」

「下手な訳じゃないでしょ。わざと気づかせているんだから。僕にやましい事があったなら、僕は淳史さんを撒いただろうしね。淳史さんだってそれが知りたかったんじゃないの」

「さあなっ」

とぼけるのはホント下手だと思う」

 ニッと揶揄うようにも笑みを見せると、淳史さんは苦笑した。


「それにしたって、ユウ……いつ来るかも分からねえのに。そいつが来るまで、バーテンダー続けんの?」

「そうだね」

「そうだねって、お前……」

「何処の誰かも分からないんじゃ、調査しようにも出来ないだろ。この件に絡んでいるかもしれないって、淳史さんだって気になっているから、飲みに来たんじゃないの?」

「バーテンダーじゃなくても、普通に俺と飲んでりゃいいだろ」

「それじゃあダメなんだよ。淳史さん、カウンターの中に入った事あるんだから分かるだろ」

 僕は、客席を眺める。まだ、オープンしたばかりで客はいないが。

 淳史さんも、カウンター席から振り向き、僕の目線を追うと言う。

「全体が見えるからな……しかも、バーテンダーが客席に目線が動いても不自然じゃない」

「そういう事」

「分かった。お前に付き合うとするか。まあ、俺は隅の方で静かに飲んでるよ」

 そう言うと淳史さんはテーブル席へと移動した。


 足がつきそうになったら離脱すると言っていただけに、瞭良さんの事務所のボス、早水さんに直接聞く事は出来ない。

 きっと彼らが不利になる。

 今夜来るとは限らないが、必ず来るだろう。

 そうじゃなければ、わざわざ記憶に残るようなオーダーなど続けやしない。何かあると思わざるを得ない。



 二十時を回ったところから忙しくなり始めた。

 そんな中、亮二さんも店にやって来た。カウンターの中にいる僕にちらりと目線を向けたが、そ知らぬフリで淳史さんとは反対側のカウンター席の一番奥に座った。

 賑やかになってきた店内。飛び交うオーダーが僕を急かす。


 ここによく来るようになって興味が湧いた事もあり、ある程度の知識も頭に叩き込んだが。


 やっぱり……甘かったな。


 忙し過ぎて客の顔を見ているどころじゃない。

 オーダーされるカクテルを作るだけで精一杯だ。


 ああっ……グラスはどれが正解だ?

 ベースはなんだっけ? 量はどのくらいだ?

 氷、氷……あ。角、削らないと。

 心の中では焦っているが、表情は平静を保つ。

 だが、亮二さんには分かるのだろう、顔を隠しながらも笑っているのが横目に映る。


 ……はは。笑うな!


 僕は顔が引き攣りそうになるのを、なんとか誤魔化そうと繕うが。



 亮二さんは白々しくも圭介さんをそう呼んだ。

 圭介さんが亮二さんの前まで行くと、亮二さんは僕に目線を向けながらこう言った。


「そこの若いバーテンダーさんに、Bー52をシュータースタイルで作って欲しいんだけど」


 ……なに言ってんの。

 僕の焦りなどお構いなしに、亮二さんはにっこりと笑うが、そんな楽しそうな顔を見せるのは亮二さんだけではなかった……。


 圭介さんが僕に言う。

「B−52をシュータースタイルだって。ユウ、みたいだね?」

 圭介さんまで……?

 なんで断ってくれないんだ……?


 そもそも、なんでそんなオーダーを。メニューにないだろっ。

 僕は、亮二さんへと目を向ける。

「あのねえっ……」

 思わず漏れた声に他の客がこっちを見た。

「あ……いえ。失礼しました」

 僕は亮二さんを軽く睨むが、亮二さんはニコニコと笑みを見せ続ける。


 僕は調査の為にここに立っているんですけど……。

 なんでここでバーテンダーの腕を試されるハメに??

 Bー52なんて甘いカクテル、飲んだ事ないじゃないかっ。



「作ってくれるよね?」

 亮二さんの圧を感じる笑みに、僕は答えるしかない言葉を答える。



「かしこまりました……」


 力なく答えながらも意地になった僕は、材料を準備し、バースプーンを手に取った。

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