第11話 裏調査
「なに……やってんの……ユウ」
僕を見る淳史さんは呆気に取られている。
僕は、ふっと笑みを見せると、淳史さんに言った。
「なに飲む? 淳史さん」
「なに飲むって……」
僕たちは今、圭介さんの店にいるが。
「淳史さんの好みってイマイチ分からないんだけど。酒ならなんでもいい感じだよね」
そう言った僕に淳史さんは、苦笑に顔を引き攣らせる。
「圭介さん……このバーテンダー、態度悪いよ」
「あはは。中々似合ってるだろ? 僕も助かるんでね」
圭介さんは快く了承してくれた。
僕は今夜は客ではなく、バーテンダーとしてカウンターの中にいる。
「さっさと一人先に事務所出て行ったと思ったら……」
淳史さんは、カウンター席に座ると呆れた顔を見せて溜息をついた。
「ったく……そう来るとはね……?」
呆れながらも僕を見る目は穏やかだ。
きっと、そうは言ってはいても、僕が何を考えているのかを淳史さんは気づいていただろう。
それは一昨日の話で……だ。
『瞭良のいる事務所のボスが……来てるんだろ、圭介さん。ショウさんと擦れ違いに……ね』
だけど……。
圭介さんは、そういう訳でもないと首を横に振った。
今も来ているのは、ボスじゃない。
いや、全く来ていないという訳ではないが、ボスが来たのはここ数ヶ月の間に一度だけで、その後に来ている人物がパスティス・ウォーターをオーダーしている。
圭介さんは、瞭良さんの事務所のボスと面識があるようだ。ボスの名は
圭介さんの話では、以前はオーナーと一緒によく来ていたが、暫くの間、店に来る事はなく、数ヶ月前に一人で来たという。
久しぶりに店に来た早水は何処か余所余所しく、圭介さんと会話をする事はなかったそうだ。
それでもメニューにはない、パスティス・ウォーターをオーダーした。
圭介さんは何も言わず、訊く事もなくそれを出した。
そして、カウンターで早水が飲み始まった時に、隣に座った男がいたと……。
その男は早水と同じものをオーダーし、それから来る度にパスティス・ウォーターを飲んでいる……二十代後半くらいの男だという。
その男が何処の誰かは分からない。
圭介さんはバーテンダーだ、客を詮索するような事はしない。
だったら僕がこの目で確かめる。
そう思った僕は、バーテンダーとしてカウンターの中に立った。
「ユウ、お前……俺、一応パートナーなんだから、ちゃんと報告しろよな」
「あれ? 分かってたから来たんじゃないの? ああ、そっか。また僕を尾けてた? まあ、その方が言うより早いかとは思うけど」
「ああっ、尾けてたよっ。尾行が下手で悪かったな」
「下手な訳じゃないでしょ。わざと気づかせているんだから。僕に
「さあなっ」
「
ニッと揶揄うようにも笑みを見せると、淳史さんは苦笑した。
「それにしたって、ユウ……いつ来るかも分からねえのに。そいつが来るまで、バーテンダー続けんの?」
「そうだね」
「そうだねって、お前……」
「何処の誰かも分からないんじゃ、調査しようにも出来ないだろ。この件に絡んでいるかもしれないって、淳史さんだって気になっているから、飲みに来たんじゃないの?」
「バーテンダーじゃなくても、普通に俺と飲んでりゃいいだろ」
「それじゃあダメなんだよ。淳史さん、カウンターの中に入った事あるんだから分かるだろ」
僕は、客席を眺める。まだ、オープンしたばかりで客はいないが。
淳史さんも、カウンター席から振り向き、僕の目線を追うと言う。
「全体が見えるからな……しかも、バーテンダーが客席に目線が動いても不自然じゃない」
「そういう事」
「分かった。お前に付き合うとするか。まあ、俺は隅の方で静かに飲んでるよ」
そう言うと淳史さんはテーブル席へと移動した。
足がつきそうになったら離脱すると言っていただけに、瞭良さんの事務所のボス、早水さんに直接聞く事は出来ない。
きっと彼らが不利になる。
今夜来るとは限らないが、必ず来るだろう。
そうじゃなければ、わざわざ記憶に残るようなオーダーなど続けやしない。何かあると思わざるを得ない。
二十時を回ったところから忙しくなり始めた。
そんな中、亮二さんも店にやって来た。カウンターの中にいる僕にちらりと目線を向けたが、そ知らぬフリで淳史さんとは反対側のカウンター席の一番奥に座った。
賑やかになってきた店内。飛び交うオーダーが僕を急かす。
ここによく来るようになって興味が湧いた事もあり、ある程度の知識も頭に叩き込んだが。
やっぱり……甘かったな。
忙し過ぎて客の顔を見ているどころじゃない。
オーダーされるカクテルを作るだけで精一杯だ。
ああっ……グラスはどれが正解だ?
ベースはなんだっけ? 量はどのくらいだ?
氷、氷……あ。角、削らないと。
心の中では焦っているが、表情は平静を保つ。
だが、亮二さんには分かるのだろう、顔を隠しながらも笑っているのが横目に映る。
……はは。笑うな!
僕は顔が引き攣りそうになるのを、なんとか誤魔化そうと繕うが。
「
亮二さんは白々しくも圭介さんをそう呼んだ。
圭介さんが亮二さんの前まで行くと、亮二さんは僕に目線を向けながらこう言った。
「そこの若いバーテンダーさんに、Bー52をシュータースタイルで作って欲しいんだけど」
……なに言ってんの。
僕の焦りなどお構いなしに、亮二さんはにっこりと笑うが、そんな楽しそうな顔を見せるのは亮二さんだけではなかった……。
圭介さんが僕に言う。
「B−52をシュータースタイルだって。ユウ、
圭介さんまで……?
なんで断ってくれないんだ……?
そもそも、なんでそんなオーダーを。メニューにないだろっ。
僕は、亮二さんへと目を向ける。
「あのねえっ……」
思わず漏れた声に他の客がこっちを見た。
「あ……いえ。失礼しました」
僕は亮二さんを軽く睨むが、亮二さんはニコニコと笑みを見せ続ける。
僕は調査の為にここに立っているんですけど……。
なんでここでバーテンダーの腕を試されるハメに??
Bー52なんて甘いカクテル、飲んだ事ないじゃないかっ。
「作ってくれるよね?」
亮二さんの圧を感じる笑みに、僕は答えるしかない言葉を答える。
「かしこまりました……」
力なく答えながらも意地になった僕は、材料を準備し、バースプーンを手に取った。
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