第三十四話『藤原と反藤原』

「して是実よ。他の者はどうなのじゃ。私腹を満たし続ける愚かな藤原に誅する者はおらぬのか?」


「そうですね……やはり筆頭は大納言ともの瀑男たきお様でしょう。今も虎視眈々と太政大臣の座を狙っております」


「伴家の……そうか、余はあの男は好かぬが、あの徹底した実を重んじる性格には目を見張るものがある。ふむ、どう掻き乱してくれるか見物よの」


 盃を飲み干してほっほっほと優雅に笑う斐。ご機嫌な男だと思いながら再び呉乃は御簾の内へと入り酌をする。


「そうじゃ、是実よ。そなたに手伝ってほしいことがあるのだ」


 優雅に微笑みながら斐が杯を傾ける。役目を終えた呉乃はそそくさと御簾の外へと出て、また近くで待機した。


「私ですか? 斐様のお役に立てるかどうか……」


「いやなに、そなたには人を集めてほしいのじゃ」


「と言われますと……一体なにをお考えで?」


「藤原も反藤原もそれ以外も内裏の者どもを全員余の邸に招く。そうじゃな……唐風の宴席でも開こうかの」


 御簾のせいで見えないが、今是実はきっとひどく驚いた顔をしているだろう。そしてそれは呉乃も同じだ。


 国が定めた行事でもないというのに内裏の者達を集めるなど、なにが起こるか分かったもんじゃない。


 火薬が入った壺へ火種を投げ込むようなものだ。あんなにも優雅に笑っていたというのにとんでもないことを提案してきたものだと、呉乃は酒を持ってほくそ笑んだ。


「内裏の者をみな……たしかに、斐様の邸の庭でしたら人を集めることくらいなんの問題もございませんが……」


「うむ、そなたは人を集めておくれ。余は宴席の準備をする」


「お待ちください斐様。一体なんのために宴など」


「見極めるためよ」


 はっきりとした物言いに呉乃は目を見開く。背を向けたまま意識を研ぎ澄まし斐の言葉の続きを待つ。


「是実、余はこれから宮中にて過ごすこととなる。余が心安らかに過ごすためにはこの内裏に潜む魑魅魍魎共の正体を見極めねばならぬのだ。誰が味方で、誰が敵なのか」


「……そのための宴、というわけですか」


「うむ、兄者には内密に事を進めることにする。皆を呼んでの宴席など知ったらやれ無駄遣いがどうの、御仏への信心がどうのと口うるさいからの」


 やれやれといった調子でため息が聴こえてくる。内裏の者を集める以上どう頑張っても隠し通すことなど不可能な気もするが、呉乃にとってはどうでもいいことだ。


 それよりも宴席だ。宮中の公達を呼んで宴など。どれだけの人が集まるかは分からないが、もしかしたら藤原の人間、宗通も来るかもしれない。


(復讐を果たす……なんてこと、そう簡単にできるとは思えないけど、でも、もしかしたら、奴を追い詰めるなにかが手に入るかもしれない)


 なんとかしてその宴席に潜入する方法はないものか。呉乃が考えを巡らせていると、御簾の内側にいる主人あるじが口を開いた。


「承知しました。どこまでできるかは分かりませんが、この是実わずかばかりのお力添えをさせていただきます」


「うむ、それでこそよ是実」


「宴席の準備はもちろん当日も人手が必要となるでしょう。私の家人を幾人かお貸しいたします」


 これだ。是実の話を聞きながら呉乃は確信する。宴席の手伝いをするふりをして侵入し、どうにかして藤原の連中と接触する。


 復讐を成すまたとない機会だ。呉乃は御酒が入った瓶を持ったまま腹の中で殺意が渦巻いているのを感じた。

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