24.「ナディア 勇者の光」

 私の拳と、ディウフィストの闇の刃が激突する。轟音と共に、光と闇が渦を巻いた。

 ディウフィストの闇の刃は、私の炎に阻まれ、消滅していく。

 ディウフィストは、信じられないものを見るかのように、目を見開いた。


「な、なんだ、この炎は……」


 彼の言葉に、私は何も答えなかった。ただ、リカルド様を抱きしめる腕に、さらに力を込めた。


『よくやった……!』


 ファルネウスの声が、驚きと喜びに満ちていた。


「ディウフィスト! なにしてるのよ!」


 フローラの声が、苛立ちを隠さずに響く。彼女は、ディウフィストとの間に入り、再び銀の刃を構え、私に迫ってくる。

 私は、リカルド様を抱えたまま、フローラの攻撃を避ける。だが、彼女の攻撃は、正確で、速い。


「……っ」


 私は、フローラの攻撃を避けきれず、肩に浅い傷を負った。銀の刃が、私の仮面をかすめ、わずかに血が滲む。


「死ね!」


 フローラは、叫んだ。その瞳の奥には、憎悪の炎が燃え上がっているようだった。


「バカ言わないで」


 私は、そう言って、フローラの攻撃を躱しながら、懐に入り、顎に向かって、再び拳を放つ。

 フローラは、寸前で私の拳を避け、舌打ちをした。


「ちっ……面倒な」


 フローラは、そう言って、私から距離をとる。その顔に浮かぶのは、もはや冷静さではなく、侮蔑の色だった。


 私は、それを見て、炎の力を一気に解放する。


「……【炎爆フレア・バースト】!」


 轟音と共に、巨大な炎の爆発を起こし、洞窟全体を揺らす。

 【炎爆フレア・バースト】でできた隙に、私は、リカルド様を抱えたまま、ゴドフリーさんとミランダさんの元へと、飛び退いた。


 そして、2人を解放する。


「あんたは……」


 ゴドフリーさんは、その光景に驚きながらも、安堵の表情を見せる。


 彼らが、私がナディアであることに気付いているのか。それともまだ、仮面の死霊術師という認識のままなのか。

 それは分からないけれど。


「ミランダさんとリカルド様をお願い、あとは任せて」


 私は、そう言って、リカルド様を地面に横たえる。その間に、フローラとディウフィストが、再び私に迫ってくる。


「……もう、遊びは終わりよ!!」


 フローラの声が、冷たく響く。彼女は、銀の刃に、ディウフィストの闇の力を纏わせる。ディウフィストも、魔法を構え、私に迫る。


「【星白霊刻ステラ・ホワイティス】!」


 フローラが銀の刃を突き出すと、その切っ先から無数の白い光の破片が降り注ぐ。それは、癒しの光とは似ても似つかない、魂を凍てつかせるような冷たさを孕んでいた。


「【漆黒星光シャドウ・ノヴァ】!」


 ディウフィストの詠唱と共に、彼の背後に漆黒の星が浮かび上がり、そこから放たれる闇の光が、私の魂を直接狙う。


「……っ!」


 私は、両者の攻撃を同時に受けながら、何ができるかを考えた。


「こうなったら……!」


 私は、炎の力を両手に集約し、巨大な槌を形成する。


「――【炎祭槌インフェルノ・ハンマー・改】!」


 炎の槌が、フローラの銀の刃とディウフィストの闇の光に激突する。轟音と共に、三つの力がぶつかり合い、光と闇と炎の渦が、空間全体を揺らす。


(火力は互角だけど……こっちには時間がない)


 私の魔力はほぼ空。魔法も封じられ、使えるのはファルネウスの残り火。勝機を作るには、ディウフィストの結界を破るしかない。


『ナディア、奴の結界は、霊脈から魔力を供給している!霊脈を叩けば、結界は崩れる!』


『霊脈を直接なんて私にはできないわ。きっと霊脈の力を誘導する”何か”があるはずよ』


 フローラは霊脈を操れると言っていた。けれど、本当の意味で操れているわけではないはずだ。

 霊脈を自在に操れるのなら、死者の力を利用していなければおかしい。


(フローラとディウフィストが一緒に居ることがカギよ)


 私は、炎の槌の力をさらに増幅させ、二つの攻撃を押し返す。


「なんて火力してるのよ!」


 フローラが叫ぶ。彼女の銀の刃が、炎の槌の熱によって、少しずつ溶けていく。

 それを見て、フローラは過剰に反応した。


「落ち着け、フローラ!」


 ディウフィストの声にも焦燥が滲んでいた。


(……そう、これだ。彼女は霊脈を操っているんじゃない。道具で“媒介”しているだけ!)


 私は、フローラの銀の刃が付いた杖、そして足元に視線を落とす。

 銀色の——杖と靴。


 杖を見て焦ったのが、何かの証明なら——賭けるしかない!


「杖が壊されると嫌なことでも起こるのかしら?」


 私は声を張った。


「……っ黙れ!」


 彼女の動きが乱れる。


「フローラ! 離れろ!」


 私の攻撃に勘付いたディウフィストが声をかける。

 けれど、もう遅い。


 私は、炎の槌をもう一度高く振り上げ、叩きつける。


「――【炎祭崩インフェルノ・クラッシュ】!」


 轟音。

 その炎は床を伝って、彼女を捉える。 


「今よッ!」


 私は炎を纏わせた脚でフローラの足元を全力で蹴り上げた。


「やっ――!?」


 銀色の靴飾りが砕ける。


 同時に、洞窟全体を覆っていた結界が悲鳴を上げるようにひび割れ、亀裂が広がった。

 間違いない。あとは、杖!


「ディウフィスト!」


 フローラの顔が青ざめる。


「フローラ!」


 ディウフィストが彼女を庇うように前へ出た。


「これで――!」


 私は炎を右腕に集め、燃え盛る槍を形成する。


「――【炎穿槍フレイム・ランサー】!」


 炎槍が唸りを上げ、ディウフィストの胸元を正確に貫かんと迫った。


 炎と闇の激突。


 私の炎は、ディウフィストの闇を焼き尽くす。


「……が、は……っ!」


 ディウフィストの口から黒い血が噴き出す。闇の衣が霧散し、彼の体はもはや立っているのが不思議なほどに崩れ落ちていた。


「そんな……ディウフィスト……!」


 フローラが駆け寄ろうとする。だが、ディウフィストは震える手で彼女を制した。


「来るな……お前まで、巻き込まれる……」


「いやよ! あなたがいなきゃ……!」


 銀の刃を持つその手が、ひどく震えていた。フローラの瞳には、悲痛な色が滲んでいた。


「止せ、魔王様に示しがつかん」


 ディウフィストの声が掠れる。だが、その口元には微かな微笑みが浮かんでいた。


「バカ言わないでよ! 魔王への忠義、そんなの全部どうでもいいの! 私は、あなたのために……!」


 叫びは、炎と轟音の中で悲鳴のように響いた。


「あなたが、魔王様に仕えるから——私も……お願い、逝かないで」


 だが、その想いは届かない。


「……悪いな、それは無理なお願いだ」


 闇が霧散する。

 ディウフィストの肉体は、音もなく燃え尽きていった。


「いやあああああっ!!!」


 フローラの絶叫が響き渡る。

 洞窟全体を覆っていた結界が、主を失ったことで崩壊した。


 黒い膜が砕け散り、重苦しい圧力が一気に消え去る。

 同時に、封じられていた皆が次々と動きを取り戻したのを感じた。


「……ふざけないで」


 フローラが、ゆらりと立ち上がる。

 その瞳は、もはや狂気で染まっていた。


「許さない。全部……消し去ってやる」


 彼女の銀の刃に黒炎が走る。

 ディウフィストが残した闇を、無理矢理自らの身に取り込んだのだ。


「殺す!!!」


 フローラの刃が振り下ろされる。

 私は迎撃しようと構えるが、闇を纏った刃は重く、速い。


「くっ……!」


 炎の拳で受け止めるが、火花が散り、押し負けそうになる。

 結界が消えたと言っても、魔力が回復したわけではない。


 死霊の皆も、回復に時間が掛かる。すぐに駆け付けてきてくれる保証もない。


「死ね!!!!」


 彼女の刃が目前まで迫った。

 もうだめ、そう思った時だった。


「やめろ!」


 鋭い声が響いた瞬間、聖なる光が割り込む。

 白銀の剣が、フローラの漆黒の刃と火花を散らして噛み合った。


「リカルド様……!」


 私は思わず声を漏らす。


 聖剣に宿る光は、未だ不完全ながらも確かな希望の輝きを放っていた。

 彼の体は満身創痍で、先ほどまで意識を失っていたはずだ。それでも、彼は立っている。


「どうして立てるの……!?」


 フローラが歯を食いしばり、銀の刃を押し込む。


「……仲間を守るためだ。それだけで十分だろう」


 リカルド様の声は低く、だが凛としていた。


「くだらない……!」


 フローラが吠える。黒炎を纏った刃が激しく揺れ、聖剣の光を侵食しようとする。


 私は二人の間に身を投じる衝動を抑えながら、その背中を見つめた。

 聖剣を振るうリカルド様の姿に、胸が熱くなる。


「……ナディア」


 不意に呼ばれ、心臓が跳ねた。

 仮面の下で、息を呑む。


(気付いている……?)


「俺と共に戦ってくれるか?」


 短い言葉に、胸が熱くなる。

 私は深く頷いた。


「もちろん」


 そのときだった。


「我らも加わる!」


 クラウスの声が洞窟に響く。

 解放された死霊たちが、ぞろぞろとこちらに集まってきていた。


「ナディア様、遅れて申し訳ありません!」

「今こそ我らの忠義を!」

「お嬢様、怪我は?」


 死霊たちの声が響く。

 私は思わず微笑んだ。


「話はあとよ、まずは——彼女を止める」


 フローラの体に走る黒炎は、ディウフィストが残した力を無理やり引き継いだせいで制御不能に暴れ回っている。


「どれだけ増えても関係ない!消えろ!」


 フローラが銀の刃を振り下ろす。


 だが、今度は違う。

 私の炎、リカルド様の聖剣、そして死霊たちの防御魔法が重なり、その一撃を受け止めた。


「なっ……!」


 フローラが目を見開く。

 私は炎を拳に集め、叫んだ。


「これが仲間の力よ!!」


 炎の拳が銀の刃を弾き飛ばし、リカルド様の聖剣が白い軌跡を描いて斬り込む。


「あああああっ!!」


 フローラの体が吹き飛び、岩壁に叩きつけられる。


 それでも彼女は立ち上がった。

 血を吐きながら、なおも銀の刃を構える。


「畳みかける!」


「【炎穿連弾フレイム・バレット】!」

「【真聖剣斬ジ・セイバー】!」


 私の炎弾とリカルド様の聖剣が同時に放たれる。

 光と炎が交錯し、フローラに襲いかかる。


「まだぁぁぁ!」


 フローラが銀の刃を振るい、黒炎の障壁を張る。だが、二重の攻撃はその障壁を貫通し、彼女の体を弾き飛ばした。


 炎と光が交錯し、一つの巨大な奔流となる。

 奔流が轟音を伴って迸り、フローラを包み込んだ。


 彼女の悲鳴が洞窟に木霊し、黒炎と銀の刃が粉々に砕け散る。


「ディウフィスト……」


 瞳からは狂気が消え、ただ涙だけが零れていた。


「あなたが居ないなら……私は……」


 その声はあまりに弱く、そして哀しいものだった。

 そして——フローラの体は、光の奔流に貫かれ、炎の中へと消え去った。





 炎と光の奔流が収まり、静寂が訪れる。

 崩れかけた岩壁の隙間から冷たい風が吹き抜け、硝煙と焦げた匂いを攫っていった。


 そこに、力尽きた私とリカルド様、そして仲間たちだけが残される。


「……終わったのか」


 ゴドフリーさんが、肩で息をしながら呟いた。

 ミランダさんも隣で膝をつき、まだ震える手を胸に押さえている。


「はぁ……はぁ……」


 私は炎を収め、地面に膝をついた。体中が重く、魔力も底を尽きかけている。

 背後からざわめきが広がる。


「ふう……さすがはナディア様。鮮やかな勝利でしたな」


 ヴェル爺が長い杖をつきながら歩み寄り、微笑む。


「弟子が、ここまで成長するとは……」


「いやぁ、しかし派手にやったなぁ!すげぇ炎だったぜ」


 バーンが軽口を叩きながら、肩に担いだ爆弾袋を揺らす。


「ああ、覚醒した勇者の力——比類なきものだった」


 クラウスが冷静に総括する。


「ナディア様……!」


 ルビアが駆け寄り、涙ぐみながら手を取る。


「さすがでございます! 勇者様との共闘、私……心の底から感動いたしました! これぞ推し活の到達点っ!」


「ルビア……い、今はそういうのは……」


 思わず赤面する私を、ミーナがじっと見つめていた。


「お嬢様……そして勇者殿。まさしく絵に描いたような共闘でございました。我らが主君として、これ以上誇らしいことはありません」


 エイルが静かに呟く。


「……お嬢様、完全な勝利です」


 死霊たちの声が、空間を、温かさへ満たしていく。

 けれど、私の意識は、ただ一人の人に釘付けになったままだった。


 リカルド様。

 彼はまだ聖剣を手にしながらも、私から視線を外さない。


「ナディア」


 私を呼ぶ声が聞こえた。

 その瞳は、驚きも、疑念もなく……ただまっすぐに私を捉えている。


「リカルド様……」


 胸が熱くなる。声が震えるのを抑えられなかった。


「やっぱり……君だったんだな」


 彼の言葉に、心臓が強く跳ねた。

 ずっと隠してきたこと、知られたら壊れてしまうかもしれないと怯えていたこと。不安だった。


 けれど、彼は柔らかな笑みを浮かべて続けた。


「……すまなかった。君が居なければ、俺は今ここにいなかっただろう。本当にありがとう」


 胸が詰まる。

 言葉を返そうとしても、涙が邪魔をして声にならなかった。


 彼は一歩、私のそばへ踏み出した。


「君が……ここまで戦ってきた理由を、教えてくれるか」


 私は深く息を吸い、震える胸を押さえた。

 

 隠すことは、もうできない。

 ——いや、きっと隠す必要なんて、最初からなかったのだ。


「私……」


 そう口を開いた瞬間、近くに居た死霊たちが自然と一歩下がり、私とリカルド様を見守るように距離を取った。

 その気遣いに、胸が温かくなる。


「好き、なんです」

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