3.「前線基地」

「ふぅ〜、いったん準備はおしまいね」


 死霊たちに指示を出してから数時間。大広間の視認結晶に映し出されるリアルタイム情報を見る限り、皆、それぞれの配置につけたようだ。


「ふむふむ……」


 尾行部隊からの情報によると、リカルド様がリアルテイ要塞に到着するのはまだ2日後。時間はたっぷりある。その間に、私にできることはすべてやっておこう。


「親衛隊の皆、準備はできてる?」


 隠れ家に残っているのは、私と、頼れる親衛隊の三人(霊)だけだ。


「もちろんですとも、ナディア様。いつでも出陣できますぞ」


 親衛隊隊長、ヴェル爺。生前は“王国一の賢者”と呼ばれた大魔導士で、その知識と経験は計り知れない。


「御意に。姫様の命あらば、この身、いかようにも」


 錆びた鎧を纏った騎士霊、ドレイコ。変わらず私を姫様と呼び、その忠誠心は揺るぎない。

 姫様なんて呼ばれるのは、かなり恥ずかしいけれど、あんなことがあったんだから仕方ないか……。


「ふふ、もちろんですわ。お嬢様の推し活とあらば、どこへでも」


 ミーナは優雅に微笑んだ。元貴族令嬢らしい立ち居振る舞いは変わらないが、その眼差しには常に鋭い光が宿っている。


「問題ないみたいね!」


 私は上機嫌に、杖を構え、リアルテイ要塞周辺の地図を凝視した。

 死霊たちがリアルテイ要塞に向かった以上、私もいかなければならない。


(でも、普通に行ってもバレちゃうしなぁ……)


 そういえば、リアルテイ要塞の近くに、簡易拠点として使える場所……ひとつだけ、心当たりがある。


「行き先は、リアルテイ山脈、最高峰のリアルテイ山頂上よ!」


「了解じゃ」


 ヴェル爺は一言そう言うと、軽々と魔力を操り、空間に漆黒の転移陣を広げる。死霊たちが瞬時に各地へ転移できるのも、彼のこの能力あってこそだ。


「では参りましょうぞ、ナディア様」


「うん!」


 私と親衛隊の霊たちは、躊躇なく転移陣へと足を踏み入れた。


 次の瞬間、視界が歪み、一瞬の浮遊感の後、私たちは全く異なる場所へと降り立った。


 目の前に広がるのは、冷たい風が吹き荒れる岩肌と、はるか眼下に広がる壮大な山々の連なり。そして、その遙か先に見える、堅牢なリアルテイ要塞のシルエットだ。

 空は澄み渡り、遮るもののない大空が頭上に広がる。


「うわぁ……」


 思わず声が漏れた。リアルテイ山の頂上は、王国内でも指折りの高さを誇る場所だ。視界を遮るものは何もなく、眼下に広がる景色はまさに絶景と言える。


「……空気が薄いですな。これほどの高地は、何年ぶりじゃろう」


 ヴェル爺が深く息を吐く。


「まあ、こんな所に来てまで野営なんて……お嬢様ってば、ほんとに推し活ガチ勢ですのね」


 ミーナが苦笑交じりに言うが、その手はもう魔法陣を描く準備に入っていた。やるべきことは心得ているようだ。


「寒いけど……ここなら邪魔も入らないし、見晴らしも最高だわ」


 私は満足げに頷き、杖を強く握る。ここを拠点にすれば、リアルテイ要塞も、魔王軍の動きも一望できる。まさに理想の前線基地だ。


「さてと、早速準備に取り掛かりましょうか!」


「では、結界の構築から始めましょうぞ」


 ヴェル爺がゆっくりと手を掲げ、魔力を放つ。彼の魔力は空気に触れると光の粒が空間に広がっていく。それが幾重にも折り重なり、やがて山頂を包み込むように薄い膜を張っていく。


 防御結界。それも、物理結界、魔法結界、外界遮断——三重構造だ。


「さすがね」


「ふぉっふぉっ、それほどでもですわい。昔取った杵柄きねづかというやつじゃ」


 背は丸まり白髪まじりだが、指先から紡がれる術式は未だ熟練の技そのものだった。言っている通り、全く衰えていないのだろう。


「わたくしは、設営を進めますわね」


 ミーナは手早く魔術式を描き、風除けと温度調整を組み合わせた簡易シェルターを展開する。地面から浮かぶ魔力の薄膜がテントのような形を取り、優雅で清潔な空間が形を成していく。


「いつもながら完璧な設営ね」


「おほほ、女子力は死んでも失われないものですのよ」


 そう言って、ミーナは貴族らしく口元隠しながら笑った。

 それを横目に見た後、次の指示を出す。


「ドレイコは、地形の整備お願い」


 ドレイコは、腕を軽く回して肩を鳴らした。


「了解」


 ドレイコは静かに頷くと、地面に剣を突き立てる。その刀身から放たれる魔力が地中に流れ、ドドン……という重低音とともに岩が隆起し、山頂の不安定な足場が整地されていく。


「みんな手早いわね」


 私も負けてはいられない。


「ふぅ……」


 杖を地面に突き、意識を集中させる。地中を流れる魔素の流れを探り、健全な地脈の存在を確認する。


(よかった……まだ汚染はされてないみたい。地脈さん、ちょっとだけ力を貸してね)


 地脈から吸い上げた魔素をもとに、私は魔法陣を展開する。


「【魔晶塔スペクタル・スパイア】、展開!」


 地面が振動し、私の背丈くらいの大きさの透明な塔が形成されていく。しばらくすると、六枚の魔晶核が塔の周囲を浮かびながら、静かに回転を始めた。


(この大きさなら……観測範囲は、半径数十キロってところね)


 【魔晶塔スペクタル・スパイア】は、範囲内の魔素の動きをリアルタイムで観測することで、生物の動きや魔力の動きを、大雑把ではあるものの把握できるようになる魔法だ。


 ちなみに、この【魔晶塔スペクタル・スパイア】の観測効果は、塔に直接触れているとき、もしくは持ち運び可能な魔晶核を持っているときに限られている。


 そのまま、六つあるうちの魔晶核の一つを手に取る。


 その瞬間、リアルテイ要塞の布陣はもちろん、要塞周辺の地形、魔物の生態、そして地脈の微細な魔素の流れまで、あらゆる情報が脳内に流れ込んでくる。まるで、私が空から全てを見下ろしているかのようだ。


「いったん初期観測は完了ね!」


「ナディア様、お見事ですわ! これほどの高精度な観測網を、これほど短時間で構築なさるとは……流石はお嬢様ですわ!」


ミーナが目を輝かせて称賛する。ドレイコも「姫の力、恐るべし」と静かに頷いた。


 ――と、そのとき。


「ナディア様、こちらも準備が整いましたぞ」


 ヴェル爺の声に振り返ると、結界も、住居も、地形整備もすでに完了していた。風すら届かない、前線基地が、山頂に築かれていた。


「ありがとう、みんな……ほんとに助かるわ」


 私は胸を張って、遥か眼下の要塞を見つめた。


 これから起こるであろう戦いに備え――


「さあ、ここからが本番よ。リカルド様を、絶対に守ってみせるんだから!」


 私の言葉に、親衛隊の霊たちが力強く頷いた。

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