第59話 ランチ

 そういえば、メグのタオルを取りに行くところだったのを思い出した。


「私が取ってきますので、コウ様はここでゆっくりしていて下さい」


 フィリスがそう言って、すぐにタオルを持って来てくれた。

 そのままメグに渡してきてくれるらしい。

 さすがメイドである。


 せっかくルーナがサンドイッチを作ってきてくれたらしいので、大きなテーブルを土魔法で生成した。

 椅子も人数分揃えてみる。

 一瞬、新築のメグの家で食べようかと思ったけど、やめておいた。

 あの家はもうメグの家なので、俺が勝手に誰かを中に入れるのは不味いと思ったのだ。

 ちなみに俺がやられたらブチ切れる。

 自分が嫌がる事は、人にしてはいけないのである。


「それにしても、また変わったお家ね」


 椅子に座りながら、セレナがメグの家を眺めていた。

 傍ではグラードさんがさり気なくお茶の用意をしている。


「俺の元いた世界の家なんだ。どう思う?」


「そうね。ちょっと狭すぎる気がするけど、見た目は好きよ」


 狭いかなー。

 ごく一般的な日本家屋な気がするんだが。

 親父が聞いたら泣くかも知れない。

 まあ、お城に住んでるセレナからしたら、普通の家は大抵狭く見えるのかもしれない。

 かなり広く作ったつもりのログハウス予定地も狭いとか言ってたし。


 というか、ミレイの前で元いた世界とか言ってしまった。

 まだ俺の出自についてミレイにどう説明するかはルーナと話し合っていない。

 ミレイが怪訝に思うかもしれない。

 しかし、俺の左隣に座ったミレイは顔を真赤にして俯いているだけだった。

 さっきの俺とセレナの会話は全然聞いてないっぽい。

 たまにミレイはチラリとこちらを見る。

 俺と目が合うと、恥ずかしそうにニコっと笑った。

 うっかりときめいてしまいそうな笑顔だった。

 とりあえず、ミレイのムチムチした太ももをこっそり撫でておく。


「もう、コウさん……」


 俺だけに聞こえる小さな声でミレイはそんな事を言うが、全然嫌がってなさそうだった。

 思わずタガが外れそうになる。


「ほら、どうだ? 美味しそうだろう?」


 その時、ルーナが皿に取り分けたサンドイッチを持ってきてくれた。

 サンドイッチは薄くスライスされた羊肉がレタスや玉ねぎに挟まれている。

 確かに美味しそうだ。


 ルーナはミレイの前にも同じようにサンドイッチの盛られた皿を置くと、俺の膝の上にぽすんと座った。

 膝にルーナの柔らかい尻の感触がする。

 というか、一瞬思考が停止してしまう。

 思わずミレイの太ももをこっそり撫でていた手を引っ込めてしまった。

 え、なにやってんのこの女。


「る、ルーナ。そっちにちゃんとお前の椅子も作っただろう?」


 とりあえず、普通に座れと窘めてみた。


「普通の椅子だと、背中の傷が擦れて痛いんだもん」


 言いながらルーナがしなだれかかってくる。

 確かに椅子の背もたれの部分に背中の傷が当たってしまうかもしれない。

 じゃあ、仕方ないかな!

 抱きつくルーナの感触は素敵だし。

 人目もあるし、流石にどうだろうとは思ったけど。

 怪我なら仕方ない。

 とりあえず、ルーナが落ちないように腰を支えてやると、ルーナは嬉しそうな顔をした。


「えへへ。このままじゃサンドイッチ食べられないだろうから、私が食べさせてやるな」


 ルーナは嬉しそうにサンドイッチを手に持って、俺の口に運んでくれようとしている。


「はい、あーん」


 おお、これがあの伝説の……!

 昼間から美女を抱いて、あーんで食べさせてもらう。

 なんか男の野望の到達点が見えてしまった気がする。


「あがががが!」


 すると突然、ルーナの全身に紫色の電流が走った。

 ルーナが思い切り感電している。

 不思議なことに完全に密着している俺が感電しない。

 どういう理屈だろう。

 というか、この電撃は見たことがあった。


 セレナの方を見ると、その指先がバリバリ言っている。


「おい、セレナ」


「あら、ごめんなさい。小娘が調子に乗りすぎているから、うっかり」


 うっかりじゃねえから。

 セレナが電撃をやめるとルーナの全身からしゅうっと白煙が上がった。


「はわわ、真祖、恐ろしや」


 ミレイが顔を真っ青にして震えている。


「ルーナ、大丈夫か!?」


 以前に派手な見た目に反して、気絶させるだけの魔法とか言ってたから大丈夫だとは思うのだが、さすがに目の前で実際に感電する人間を見ると心配になってしまう。


「うーん、コウ……」


 良かった。意識はあるようだ。


「大丈夫か?」


「うん、大丈夫だ。心配するな、いつものことだから」


 言いながらルーナは、よろよろと立ち上がって大人しく俺の右隣の席に座る。

 というか、いつものことなのか。

 いいのかそれで。


「……まったく。家でずっとメソメソしているから、可哀想に思ってこの子の所に連れてきたのに、会った途端、急にはしゃぎだすんだから。泣くか発情するかしかないの? お前は」


 セレナはイラつきながらお茶を飲んでいる。


「……ごめんなさい」


 ルーナはしょぼんとしていた。

 本当に祖母と孫みたいに見える。

 セレナは見た目は全然祖母っぽくないが。


 しょぼんとしたルーナは、しかし、こっそりと椅子を近づけてくると俺の手をギュッと握った。

 そして、俺と目が合うと嬉しそうに微笑む。

 くそう、かわいいな。


 そんな時、メグとフィリスが家から出てきた。

 メグは湯上がり直後らしく、ほかほかしていた。

 肌がうっすら赤くなり、髪が湿っている。


「いいお湯だったか?」


「あ、コウさま! すごく気持ちよかったです!」


 メグは嬉しそうに笑顔を見せる。


「そうか。これから毎日入れるからな」


 そう声をかけると、メグはトコトコと俺の側まで歩いてきた。


「あのコウさま……。コウさまのお背中をながそうと思って、ずっと待ってたんですけど」


 メグはモジモジしながら、そんな際どいことを言い出す。

 ちょっとルーナの顔が引きつっている。


「……そ、そういうことは私がするから、お前はしなくていいぞ?」


 ルーナは笑顔を浮かべているが、目が笑っていなかった。

 なんか嫌な予感がする。


「あ、奥さま……。で、でも、わたしもコウさまのおよ――」


 嫌な予感が的中しそうだったので、素早くメグの口を塞ぐ。

 今、絶対にお嫁さんって言おうとしただろう。

 ルーナには言うなって約束したのに。


「「……およ?」」


 ルーナとミレイが同時に嫌な所に食いつく。

 いちいちそこを拾わなくていいから。


 とりあえずメグにアイコンタクトをすると、メグは俺に口を塞がれたまま、何かを思い出したように頷いた。

 わかってくれたようなので、手を離してやった。


「ごめんなさい、コウさま。わたしバカだからうっかり……。てへへ」


 メグが小さく舌を出している。

 かわいいけど!

 そういうことも言わないで欲しいんだけどなー。


「おい、うっかりなんだ?」


 ルーナが物凄く怖い顔をしている。

 やばいやばい。

 胃が痛くなってきた。


「あ、そうだ! そういえばメグに聞きたい事があったんだ! メグはこれから何かやりたいことないか?」


 俺は話題を反らす作戦に出た。

 今朝、ルーナと話していた件である。

 メグにやりたい事とか、学びたい事とかを聞いてみようって話になっていたのだ。


「え? やりたいことですか?」


「そうそう。学びたいこととかでもいいぞ?」


 そして、メグは全く悩みせずに答えた。


「まなびたいことはないですけど、わたしコウさまのおよ――」


 再びメグの口を塞ぐ。

 ブレないなー、この子。

 素直でいい子なんだろうけどなー。

 ただもう少し、約束を覚えてて欲しいな。

 いくらなんでも忘れるの早すぎだろう。


「おい、なんでさっきからメグの口を塞ぐんだ?」


 ルーナが物凄く冷たい声を出す。

 怖くてルーナの顔が見れない。

 というか、さっきから脂汗がすごく出てくる。


 俺は必死にメグにアイコンタクトをした。

 もはやガンをつけると言っても過言ではない程強くだ。

 メグはハッとしたようにコクコク頷いている。


 大丈夫だろうか。

 物凄く不安だけど、とりあえずメグの口から手を離す。


「ごめんなさい! わたしバカだから!」


 だから、謝ったらアイコンタクトした意味がないじゃん……。

 さっきからルーナが凄い睨んでくる。

 ついでにミレイも睨んでくる。


「メグ……。勉強しよう」


 一刻も早くメグの頭を良くしなければと思った。

 切実に。

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