第2話 そして、おじさんは荒野に降り立つ

 そこは所謂、荒野だった。


 あたりには、見渡す限りの土の地面が広がっている。

 遠くに微かに山が見える他は、何もない。

 空は高く晴れ渡り、雲がゆっくりと流れている。

 何処かで鳥の鳴く声が聞こえた。トンビだろうか。


 僅かに埃っぽいが、新鮮な空気。

 頬を撫でる爽やかな風。

 照りつける太陽。


 ちょっとどころではなく。


 感動した!


 毎日、通っていた職場のある新宿や、自宅のある中野なんかとは大違いだ。

 全然ゴミゴミしていない。


 しばらくあたりを見渡しても、人っ子一人いない。

 ましてや、ここには俺を縛り付けていた仕事もない。


「自由だあああああ!」


 意味は全くないが、そんな事を叫んでいた。


 基本引きこもり体質の俺は、就職してから、一回も旅行なんてしたことがなかった。

 十年近く、ずっと都内にいたのだ。

 今気づいた。

 俺は、都会が嫌いなんだと。


「自然サイコー!」


 再び叫んでみる。

 頭がオカシイ奴に見えるかもしれない。

 それでも、良いのだ。

 なぜなら、ここには誰も居ないのだから!


 例えるならば、終電で皆が帰った後の社内の開放感。

 あれの数百倍の開放感だった。

 なにせ、深夜残業しているわけではないからね!


 しばらくテンションMAXで意味不明な事を叫びながら、あたりを飛び跳ねまくった。

 年甲斐もなく地べたにでんぐりがえり(前転)をしちゃったりして。

 ときには、昔見ていたアニメの必殺技を叫んでみたりした。

 いわゆる、はしゃぐおじさんである。


 そして、十数分後。


 俺は、軽い後悔に襲われていた。

 意外と適応力が高かったらしく、テンションアゲアゲは長く続かず、賢者タイムは来た。


 32にもなって、何やってんだ俺。

 他の同年代は、ちゃんと結婚して、子供を育てているぞ。


 そんなリアルを意識して、自分を戒める。


 ちょっと、現状を把握してみようと思う。


 いつものように徹夜で仕事をしていたら、急に気分が悪くなって。

 変な部屋で、宗教の勧誘のような事を言ってる女に会って。

 適当に話を合わせていたら、今、謎の荒野にいる。


 うむ、カオス。

 完全に俺の理解を超えた事象が発生している。

 なんだろう、これ。

 ホントに現実なのだろうか。

 でも、すっげーリアルなんだよね。辺りの景色とか。


 まあ、どうでもいいか。


 ――10分考えてもわからないことは、悩まない。


 社畜10年目を迎える俺の処世術の一つである。


 とりあえず歩くかー。


 荒野を当てもなくさまよう。


 なんというロマンか。


 少し歩きながら、俺は身体がずいぶん軽い事に気づいた。


 ふと見れば、喉に刺さった小骨のように、嫌だった腹の肉がない。

 顎を撫でると、シュッとしているのがわかる。

 腕とかの肌のハリも良いように見える。

 口がヤニ臭くない上に、ツバも粘ついていない。

 そして、タバコを吸いたくならない。


「え、まじで」


 きっと、俺は若返っている。

 本当に、17、8の高校生くらいかもしれない。

 そういえば、あの女がそんな事を言っていたような気がする。


「すげえ!」


 あの女の言っている事は本当だったのだ。

 なんて素晴らしいのか。

 ありがとう。本当に有難う!

 ええと、うーんと、なんつったかなあの神様。

 なんか戦闘機に変形しそうな名前だったような。

 ま、まくろすさん?

 そうだ、確かマクロスさんだった。


 ありがとう、マクロスさん!


 そんなささやかな感謝の言葉を脳内で叫んでいた時だった。


 まるで、遠くで誰かが天罰を下したように。


 俺を危険が襲ったのだ。


 ズズズっと。

 何かが這い寄る音がする。

 それは今まで聞いた事のないような不快な音だった。


 慌てて、音のする方を見てみると、そこには水たまりがあった。


 いや、それは水たまりではなかった。


 ズズズっと。

 水たまりがゆっくりと動いている。


「………」


 さすがに声が出なかった。

 若返ったかもしれなくて、上がっていたテンションもだだ下がりである。


 水たまりは、ゆっくりと俺の目の前まで来ると、突然ごぽごぽ音を立てながら、盛り上がっていく。

 そして、俺を威嚇するかのように、大きな口のような形を模した。


 口からは、粘着質の液体がポタポタと垂れていた。


「ふむ」


 とりあえず、冷静になってみる。


 これは所謂アレだろうか。

 よくゲームとかに出てくる、最弱モンスターのアレなのか。


「せいっ」


 おもむろに殴ってみた。

 最弱モンスターかと思うと、意外とすんなり殴れた。

 びちゃっとしたけど。


「ギシャアアア!」


 意外なことにスライムは悲鳴を上げる。

 鳴けたんか、ワレ。


 スライムは後退しながら、大きく膨れ上がる。


「む」


 膨れ上がったスライムの身体が、肩に軽く触れた。

 刹那、肩に焼けるような痛みを感じる。


「いてっ」


 急に感じた痛みに、顔を歪めながら。


「なにすんだ!」


 俺は思い切りスライムを蹴飛ばした。

 サッカーのボレーシュートのように。


 宙を舞うスライム。

 さすが、若かりし俺である。

 中の上くらいの運動神経はあったはずだ。


 べちゃっと言う音がして、スライムが地面に落ちる。

 スライムは数回、プルプルと震えた後、消滅した。


『2ポイントの経験値を獲得しました。』

『レベルが2になりました。』

『スキルポイント1を獲得しました。』


 突然、視界にそんな文字列が浮かび上がった。


「おお……」


 ドラ○エか!


 心の中で、そんなツッコミを入れつつ、マクロスさんの言葉を反芻する。

 確か、俺が強くなりやすい工夫があるとかなんとか。


 マクロスさん、あんたホントに……。


「マクロスさんサイコー!!!」


 俺の叫びが荒野にこだまする。


 スライムがいて、倒すと経験値が貰えて、レベルが上がるなんて。

 子供の頃、死ぬほどRPGをやりまくった俺には素晴らしすぎる世界だ。

 何度、ゲームの世界に入りたいと思ったことか。


「マクロスさんサイコー!!!」


 俺は、再度、マクロスさんに感謝の叫びを上げる。


 そんな俺の叫びに応えるように、うにょうにょとした物体が俺に近づいてくる。

 今度は2体だ。

 ちょっと前、初めてソレを見たときは、正直少しビビった。

 でも、今の俺には。

 経験値にしか見えないぜ!!!


 スライム2体を殴り殺したった!


『1ポイントの経験値を獲得しました。』


 そんなログらしきものが視界に表示される。


 俺はログを見ながら、一人荒野で考え事をする。


 たしかさっきは、2ポイントの経験値を貰えたはずだ。


 レベルが上ったからだろうか。

 きっと、そうだな。


 さっきは2ポイントでレベルが上がった。

 今回は、スライム2体で1ポイントずつ、合計2ポイントの経験値を貰えた。


 それでも、レベルは上がらないので、きっとレベルアップに必要な経験値も増えているのだろう。


 まあ、その辺は普通のロールプレイングゲームと同じだ。


 ただ、次のレベルまであとどれくらいの経験値があるのか気になる。

 むしろ、今気になるのはそれだけだと言っても過言ではない。


 子供の頃、俺はロープレをやる度に、限界までレベルを上げてきた。

 ラスボスなんて、レベル60くらいで倒せるのだが、俺はレベル99を目指した。

 なんというか、レベルとは山のようなものなのだ。

 理屈ではないんだ。

 そこに山があるから登るように、レベルがあるから上げるのだ。

 レベル上げは作業でだるいという人がいる。

 でも、俺はレベル上げが大好きだ!!!


 そんなレベル上げが大好きな俺にとって、次のレベルまでいくつかという数値は、内閣支持率や、ダウ平均株価よりよっぽど気になる数値なのだ。


 ステータスとか見れないのかな。よくそういうのに載ってたよね。


 そんな事を考えた時だった。


#############################################

【ステータス】

名前:コウ

LV:2

称号:悲哀なる社畜

HP:1223/1223

MP:12/12

筋力:3

防御:2

敏捷:3

器用:4

知能:7

精神:10

スキルポイント:1

#############################################


 急にそんな文字列が視界にズラズラと表示されたのだ。


「おお」


 思わず声が出た。

 ドラ○もんもかくやという程、夢いっぱいの現象が起きた。

 次のレベルまでの数値は載ってないけど。

 なんというか。

 すげえ、たぎる。


 ただ、よくよくステータスを読んでみると突っ込みどころが満載だった。


 まず、称号にはあえて突っ込むまい。

 わかってた。

 むしろ、見事に俺を一言で表現していた。


 そして、まさかのメイジビルド。

 知能と精神が高くて、筋力が低いなんて。


 それなのに、俺はスライム相手に肉弾戦を挑んでいたのだ。

 やだ、ちょっと狂気を感じる。


 なんかHPが高い気がする。

 こんなものなのだろうか。


 というか、最後のスキルポイントが気になる。これさっきレベルアップした時にもらったやつだよな。

 なんだろう、これ。

 雰囲気的にスキル取るためのポイントなんだろうけど。

 スキルってどうやってとるんだ。


 その時、再び文字列が表示されていく。


#############################################

【スキル一覧】

根性:LV7

睡眠耐性:LV10(MAX)

疲労耐性:LV10(MAX)

孤独耐性:LV10(MAX)

精神耐性:LV5

痛覚耐性:LV3

病気耐性:LV3

飢餓耐性:LV3

性技:LV3


取得可能スキル一覧を表示しますか? (Yes/No)

#############################################


 まさかの対話型インターフェースだった。

 【スキル一覧】に表示されているのは、今持っているスキルなのだろう。

 社畜ここに極まれり!と言いたくなるラインナップだった。

 孤独耐性ってなんだ。

 そして、おまけみたいについている性技がちょっとうれしい。

 レベル3って微妙だけど。


 睡眠耐性、疲労耐性、孤独耐性がレベル10でマックスと書いてある。スキルにもレベルがあって、最大レベルは10なのだろう。


 なんだろう。

 サーバー室に独りで3徹とかやってたからだろうか。


 とりあえず、取得可能スキルを表示してみる。


#############################################

【取得可能スキル一覧】

使用可能スキルポイント:1


・武器スキル

剣/槍/弓/根/斧/拳


・魔法スキル

火魔法/水魔法/風魔法/土魔法


・強化スキル

筋力/防御/敏捷/器用/知能/精神

#############################################


「ふーむ」


 表示されたスキルを見て、とりあえず冷静なフリをしてみる。

 無駄に顎に手を当ててみたりして。


 だが内心では、みなぎりっぱなしである。

 心臓がばくんばくん高鳴っている。


 魔法!!!


 いやいや、魔法しかありえないですから!


 火! 水! 風! 土! 基本4属性!


 全部覚えたいけど、今覚えられるのは一つだけだ。


 どれにしようかなー! どれにしようかなー!


 うきうきしながら、必死に考える。必死に考える!


 今こそ俺の脳細胞をフル回転させる時!


 唸れニューロン! 弾けろシナプス!!!


 俺は32年間生きてきた中で、最も知恵を振り絞った。

 もっとも必要な魔法を導き出すのだ!

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