魅了の呪いを解くだけの簡単なお仕事です!〜イケメン嫌いの転生令嬢、傾国の貴公子の護衛になる〜

雑食ハラミ

第1話 傾国の貴公子に護衛を頼まれた件について

「魅了の呪い?」


 うわずった声でおうむ返しに尋ねると、悪魔の心すら奪いかねないサファイアの目は確かに頷いた。



 学園のカフェテリアは、放課後ということもあり、開放感に包まれた学生でにぎわっていた。梁が剥き出しになった高い天井からは魔術を動力としたファンが回り、茶褐色に塗られた木組みの内装は、高級感がありつつも落ち着きのある空間になっている。


 そんな中、私は冷や汗をかきながら身を固くしていた。前に置かれたアールグレイに手を付ければ、少しは緊張がほぐれるかもしれないが、とてもそんな気分にはなれない。


 向かいに座るのは、セドリック・エインズワース公爵令息。なだらかに波打つ蜂蜜色の髪を前に垂らし、すき間から鮮やかな青の瞳が宝石のように輝く。切れ長の涼やかな目元はどこかもの憂げで、キメの細かい肌は白磁のよう、高い鼻梁はまっすぐ通り、ゆるく結ばれた唇はわずかに口角が上がっている。誰しも見とれずにはいられないかんばせは、神が作りたもうた造形物の中で最高傑作と言っても過言ではない。それは呪いよりギフトと呼ぶべきでは?


 私のような平凡極まりない平民の目の前に、その彼が座っている。こんなの奇跡以外の何物でもない! カフェテリアにいる周囲の生徒たちは、奇妙な組み合わせに違和感を露わにし、遠慮のない視線を私たちにぶつけていた。


 どうして、一介の平民に公爵令息サマがお声がけを? そんな疑問を口にする前に、彼が放った一言が「魅了の呪い」だった。


「無意識のまま多くの人を魅了し、それが転じて恨みを買ってしまう。うちの一族に代々伝わるとされるが、ここ数代は何もなかった。しかし、どういうわけか、久しぶりに僕に顕現してしまった」


 セドリックはそこまで説明すると、色素の薄い長いまつ毛をそっと伏せ、紅茶を一口含んだ。ただそれだけの動作がとんでもなくセクシーで、大抵の人はそれだけでノックアウトされるだろう。


「…………顔を隠せばいいのでは?」

「なんで僕がコソコソしなきゃならない? 運命に負けたみたいじゃないか。それに、詳しく言えないけどそんな単純な問題じゃないんだ」

「どうしてそんな話を私にするんですか?」

「君のことは全部調べさせてもらったよ、マリー・オルコット嬢。王侯貴族のみが魔力を持つとされる我が国で、平民の娘ながら類まれなる魔力を持ち、ここワールデール学園に特待生として入学した期待の新入生。でも大事なのはそこじゃない」


 サファイアの目がキラリと光り、私は金縛りにあったように動けなくなった。


「コネを使って、入学試験結果を見せてもらった。本来貴族しか入れないこの学校に平民が入るには、よほど優秀じゃないと不可能だからね」


 もしかしてあの話かしら? 膝の上に置かれた手をぎゅっと握る。公爵の息子サマとあらば、他人の入学試験の結果まで暴けるものなの?


「なんと! どの項目も平均して高いが、特に呪いの耐性がダントツだ! これはもう将来が決まったようなものだな? 未来の祓魔師エクソシストさん?」

「それが何の関係があるんですか? あと、さっきから私たち、ジロジロ見られてるんですけど……」

「そう? 日常茶飯事だから気付かなかった。それより本題と行こう」


 さっきから遠慮のない視線に晒され、私は落ち着かない気分なのに、セドリックは涼しい顔のままだ。まさか、こんな異常な空気の中で普段から生活しているの? 彼は全く頓着せず、ゴホンと咳払いして先を続けた。


「僕の護衛をしてほしい。表向きは恋人として」

「はあっ? 恋人!?」


 私は、ひときわ大きな声を上げてから、あわてて口を押さえた。一斉に周りの注目を浴びてしまう。しかも「恋人」なんて単語、みんながギクっとしても仕方ない。


「あはは、ごめんごめん、びっくりした? もちろん、便宜上の関係だよ。魅了の呪いに囚われた者は、どんな手を使っても僕を手に入れようとする。そばにいるためには方便が必要だろう?」

「それって要は女避けですよね? そのために私を使ったら、火に油を注ぐようなものじゃないですか!」

「魅了の対象は女だけと思ったの?」

「へっ?」


 どういう意味かわからずキョトンとする。彼は、意味ありげに一瞬顔を曇らせてから口を開いた。


「確かに女性の方が多いけど、男だって無関係じゃない。力ずくで来られるからある意味厄介とも言える」

「それって……」

「まさか、モテモテで羨ましいと思ってた?」

「だって、普通は、好意を寄せられたら嫌な人はいないと思います」

「何も分かってないなあ」


 セドリックは、頬杖をついてため息を吐いた。物憂げな表情がすごく様になる。確かに、恋人なんていたことのない私には、モテる人の気持ちは分からない。


「ただモテるわけじゃない。彼らは、僕を得るためなら手段を選ばない。ハニトラ、脅迫、暴力、なんでもありさ。誘拐、監禁、食べ物に媚薬を仕込まれたこともある。ここでは言えないことも……」

「それ犯罪じゃないですか! どうして訴えないんですか?」

「訴えたよ? 犯人は捕まって処罰された。でも、次から次へと凶行に走る者が後を絶たない。何も、彼らは初めから危険だったわけじゃない。哀れにも、呪いのせいで変わってしまったんだよ」


 なんと。あまりにも不可思議な話に、私は言葉を失うしかなかった。彼の言うことが本当ならば、かなり壮絶な体験をしてきたのではないか……。それにもかかわらず、目の前に座るセドリックは、かすかに眉をしかめる以外はまるで他人事のように平然としていた。もうそんなもの慣れっこになってしまったよと言っているようだ。

 

 何と言葉をかけてよいやら迷ってる私を見て、彼は「これはイケる」と判断したようだ。意気揚々とテーブルの下から紙の束を取り出してきたので、慌てて断ろうとしたが、相手のほうが動きが早かった。


「おっ? 僕の境遇に同情してくれたのかな? それなら早くこの契約書にサインを」

「ちょっと待って! まだお受けするとは言ってませんよ? 第一、どうして私なんですか? 公爵家ならもっと優れた術者に頼めるでしょう?」

「それがね、君しかいないの。国中探しても君の能力はトップクラスなんだよ」

「ええっ? 本当に?」


 自分も知らなかった新情報に目を丸くする。つーか、私以上に私のこと知ってるなんておかしくない?

 

「今はまだ原石の状態でも、ちょっと磨けばすぐに頭角を表すだろう。いわば青田買いのようなものさ」


 そこまで評価してくれるのはありがたいが、かなり眉唾な話である。魔力の強さだけで全てが決まるとは思えない。護衛の仕事は、経験の差が如実に出るのではないか。それに、彼のそばにいたら私まで目立ってしまう。静かに学園生活を送りたい私としてはかなり厄介な話だ。


「さっき恋人って言いましたよね? 便宜上とは言え、あなたの相手ならひどく嫉妬されると思います。そうじゃなくても、平民の特待生と言うだけで陰口叩かれてるのに……できれば極力目立ちたくないのですが……」

「嫉妬は避けられないね。僕に魅了された者は、嫉妬心で君のことも排除するだろう。僕の護衛と同時に自衛策も必要になる。でも大丈夫! 呪い避けのお守りの作り方を教えてあげるから!」

「そんなん意味あるかーい!」


 私は、ウインクしてサムズアップする公爵令息サマに思わずツッコミを入れてしまった。本来ならおいそれと口もきけないやんごとなきお方なのに、どうしても歯止めが効かなかった。

 

「お守りをバカにするな! 僕は常時五つは持ち歩いてるぞ? 今までどれだけ助けられてきたか……でも、それもそろそろ限界なんだ。そんなところに君が現れた」

 

 確かに日々の苦労は半端ないものがあるだろう。可哀想だとは思うよ? でも私には荷が重すぎると言うか、ぶっちゃけ面倒ごとには巻き込まれたくないと言うか……。どう言えば諦めてくれるだろうと頭をひねっていると、セドリックは、新たな爆弾を投下してきた。


「そうだ。まだ報酬の話をしてなかったね。何もタダ働きさせるつもりはない。月十万ドルーゴでどうだい?」

「じ、じゅうまん!?」


 またもや素っ頓狂な声を上げて、周りの視線を浴びてしまう。だって十万ドルーゴなんて、平民だと普通の大人でも稼げないわよ? 慢性金欠状態の私にとっては天からの恵みに等しかった。


「君のことは全部調べてあると言っただろう? どうやらお金に困ってるらしいね? 特待生だから奨学金はあるんだろうが、それでは足りないはずだ。学費生活費以外にも、ここは何かとお金がかかるから」


 彼の言う通り。ワールデール学園は全寮制の寄宿学校だが何かと支出が多い。ぼっちの私でさえ、交際費という名目でよく分からないままお金が飛ぶ。湯水のごとく浪費する彼らの中で私のような庶民が生きるのは難儀なことだ。おかげで、貴族という種族が大嫌いになってしまった。


「将来の夢は国家公認の祓魔師エクソシスト。国家資格なら高収入が約束されている。それに、結婚しなくても一人で生活できるだけの経済基盤を持ちたいんだって? 入学面接でそう言ったそうだね?」

「そんなことまで調べたんですか?」


 公爵家の調査能力恐るべし。感心を通り越して背筋がゾワゾワする。恐れおののく私を見て、セドリックはフフンと笑った。


「それなら僕の護衛で経験を積めば、将来の仕事にも役立つ。実入りのいい副収入も得られる。いいことずくめだろう?」


 そう言って、にまーっと蠱惑的に微笑んだ。彼の言葉は蜜より甘く、ついなびきそうになる。でもダメダメ。私は、ブルブルと頭を横に振って気を取り直した。


「あのですね! こうなったらはっきり言いますけど、私、顔のいい男の人はタイプじゃないんです! 変わってると思われるだろうけど、平凡で人畜無害なタイプの方が安心と言うか……例え、本当の恋人じゃないとは言え、勘弁――」

「最高じゃないか!」

「へぁっ!?」


 驚いたことに、彼は破顔して目を輝かせた。ええええ? どうしてこうなる!?


「呪いに耐性があれば、そばにいても影響を受けないと思ったけど、イケメン嫌いなんて、願ってもないじゃない! もう君しかいない! 引き受けてくれたら二十万にアップしてあげる!」

「に、にじゅうまん…………………………じゅるり」


 ダメだ。完敗だ。私は肩をがっくりと落とし負けを認めた。いや、月二十ならむしろ勝ち確定なのでは? やっぱり世の中お金だ。最終的に、促されるがままに、彼の提示した契約書にサインをしたのだった。



 己の心の弱さを呪いながら、私はカフェテリアを後にした。おごってくれたアールグレイは手付かずのままだ。せっかく高級な茶葉を使っているのに。そもそも、カフェテリア自体、私の立場では滅多に来れない。もったいないがそれどころではなかった。


(ふう……。でも、最大の秘密は公爵家の調査網をもってしても暴けなかったようね。誰にも話したことないからな……)


 便宜上とは言え恋人なんて真平ごめんよとか、女子からのやっかみが怖いとか、散々な気持ちではあったのだが、一番の秘密が守れたことはホッとした。これは誰にも知られてはいけない。家族にすら打ち明けてないのだから。


 私は前世の記憶を宿した転生者。別の人の人生の記憶を持っているのだ。

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