ガム

今まで一度も霊的なものを見たことがないという、Sさんから聞いた話だ。



アスファルトの道を歩いていると、そこかしこに黒い斑点を見かけることがある。


あれは、誰かが昔吐き捨てたガムが、道を歩く人たちによって踏まれ、丸く薄くなり、汚れていき、アスファルトにほとんど完全にくっついてしまった結果、というのがほとんどである。


近頃はガムを買う人も減り、また、それに伴ってガムを吐き捨てるような人も減ってきているため、比較的新しく舗装された道には、こういった黒い斑点はあまり見掛けられない。



Sさんが中学生の頃。

Sさんが住んでいた地域には工場がたくさんあり、そのため、トラックやトレーラーが昼も夜もぽつぽつと走っていた。

そういうわけで、道路工事も満足に行われず、道は至る所がひび割れていたり、穴が空いたりしていた。


アスファルトが古いので、ガムの痕も結構な数見られたらしい。


たくさん並ぶ工場の中、ひとつだけ閉鎖された工場があった。

坂の中ごろにある工場。古びてしまっていて、看板は読めない。

Sさんは、学校への近道だったため、その工場の前をよく通っていた。


「いつもその工場の前は通っていたんですけど…歩道じゃなくて、一旦車道に降りていました。」


なんでも、その工場の前の歩道は、特にガムの痕がひどいのだという。


「黒い点々が集まって、そこだけ真っ黒になってるんですよ。」


おかしいと思ったSさんは、ある日の夕食の時間にその話をしてみた。

といっても、笑い話のつもりだったらしい。

「潰れた工場の前に、ガムの痕が集まりすぎて真っ黒なところがあるんだ〜。汚くて嫌なんだよね〜。」と。


その話を聞いてSさんの母親は笑っていた。

しかし、父親は少しも笑わなかった。

そして、携帯で何かを調べ始めた。

父親が何か熱心に調べているうち、ガムの痕の話は終わり、Sさんと母親はテレビ番組の話をし始めた。


次の日。

Sさんが家を出ようとすると、父親に呼び止められた。

「パパな、あのあと…ほら、昨日の晩の。ガムの話あったろ。心当たりがあったから調べてみたんだけどね。あの道は通らない方がいいかもしれない。」


突然そう言われてSさんは驚いた。

なんで?と聞き返すと、父親はその理由を教えてくれた。


十年ほど前。

Sさんたちがこの地域に引っ越してくる前、あの工場の前で交通事故があったらしい。

工場の前に停めておいたトレーラーに、そこで働く作業員三人が轢かれる大事故。


作業員は全員死亡。トレーラーのタイヤと、落ちてきた積荷に潰されてしまったらしい。


原因は、トレーラーのブレーキ関係が破損していたこと…つまり車の点検不足だったので、工場には多額の賠償金が請求され、工場は閉鎖された。


「だからさ、あれガムの痕じゃないんだよ。」


その話を聞いてから、Sさんは少し遠回りをして学校に向かうようにしたという。


今まで一度も霊的なものを見たことがないという、Sさんから聞いた話だ。

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