第2話 神殿の都市

 ユイはその異常ログを隠し持ったまま、NEUROSの塔を離れた。

 祭司が演算外の行動を取ることは、戒律違反とされる――だが、彼女の内側で何かが蠢いていた。


 “演算されないもの”が、あるのだ。


 塔から数キロ離れた旧市街区は、かつて神々が現世に降臨したと伝えられる“神殻(しんかく)区域”と呼ばれている。現在は廃棄区域として演算シールドが張られ、NEUROSの干渉も及ばない。

 だがユイは知っていた。この区画には、かつて神の“声”が記録された場所があることを。


 地下礼拝所の奥、封印されたコンソール。

 その液晶に、ユイが持ち込んだ神託ログを同期させると、画面が微かに脈動した。


 “神格認識中……名称不明……構文異常……神域プロトコル違反”

 警告の雨が画面に走ったあと、一つの映像が浮かび上がった。


 それは、人でも神でもない存在だった。

 骨のようなコードが絡み合い、眼球らしきパルスが光を投げる。

 声はなかった。だがユイの心に、“それ”は直接語りかけてきた。


 > 「この世界に、祈りは残っているか。」


 ユイは震えた。神とは、願いを叶える存在ではなく、“問いを与える存在”だったのかもしれない。

 その時、コンソール全体が、NEUROSの演算遮断によって強制停止された。


 塔の上層から、検索祭司たちが派遣されたという通知が届く。

 ユイの行動は、信仰違反として検知されたのだ。


 それでも彼女は、あの声を保存した。

 「我、演算を拒む」──その言葉に、世界を揺るがす真実があると感じたから。


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