第5話 「風が抜ける場所」
…ようやく、終わったのかもしれない。
町田駅に降り立ったとき、風が抜けた。文字通り、肺の奥の濁った空気が抜けた感じがした。
初めて“誰にも見張られていない”感じがした。
案内された福祉付きアパートメントは、普通の暮らしが始まる場所だった。
隣人の声は聞こえない。管理人の目も気にならない。
彼は、笑って洗濯物を干している。
それだけで、世界は変わった気がした。
「健康運と金運をお願いします」と始原神社で祈ったあの日。
あの一礼は、ちゃんと届いていたのかもしれない。
いや、届いていたのだ。
あの地獄が“終わるように”できたのは、誰かの力だけじゃない。
私たちが、願ったから。
最後の夜、夢の中に現れた。
和泉。村岡。菊田。
全員、無言で立っていた。
でも私はもう、怖くなかった。
彼らは過去の人。
残留思念として、あの土地に縛られているだけ。
目が覚めたら、桜が咲いていた。
町田の空は高く、青い。風が通り抜けていく。
誰の声も、もう届かない。
ここでは、ただ生きていていい。
「ねえ、ここでなら、また新しく始められる気がする」
そう言った彼の目は、はっきりと前を見ていた。
つづく
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