第55話 『未来への扉、それぞれの道』

 三月下旬。桜のつぼみが膨らみ始め、春の息吹が感じられる季節になった。西山和樹と月島咲良は、共に第一志望の国立大学に合格し、長年の努力が報われた喜びと、新たな生活への期待に胸を膨らませていた。高校の卒業式も終わり、ホワイトデーでの「愛の誓い」を経て、二人の間には、揺るぎない絆が築かれていた。


 和樹と咲良は、来たる大学生活に向けて、共に新しい住居を探したり、入学手続きを進めたりと、忙しい日々を送っていた。新しいキャンパスに足を踏み入れ、未来の学び舎を二人で歩く。咲良の隣を歩く和樹の心には、満ち足りた幸福感が広がっていた。彼女の白い指が、彼の指にそっと絡む。それは、かつての「下僕」と「主人」の関係では決してありえなかった、確かな愛情の証だった。二人の間には、早くも「家族」としての温かい絆が芽生え始めていた。


 一方で、和樹との「深いリラクゼーション」を共有してきた他の女子たちも、それぞれ新たな道へと歩み出そうとしていた。佐々木梓、小林遥、高橋梨花、山本結衣、伊藤楓。彼女たちもまた、全員が和樹と同じ大学に進学する。物理的な距離は近いが、和樹との関係性は、高校時代とは異なる性質へと変化していくことを、和樹は理解していた。


 佐々木梓からは、時折、メールが届く。大学の履修相談や、新しいサークルの情報など、他愛もない内容が多いが、その文面には、和樹との関係が「特別な思い出」として整理されたことへの、静かな感謝と、前向きな姿勢が感じられた。彼女は、新しい環境で、知的な刺激を求め、新たな友人関係を築いていくのだろう。


 小林遥からは、先日、大学の入学オリエンテーションで会った際に、「和樹くん、今度、またゆっくり話したいね!」と、明るく声をかけられた。彼女の瞳には、以前のような独占欲は感じられない。和樹は、遥が和樹との関係を「高校時代の忘れられない解放」として、新たな出会いへと気持ちを切り替えていることを感じた。きっと、大学で新たな「ヒーロー」を見つけ、輝かしい青春を謳歌するに違いない。


 高橋梨花からは、卒業後、一度だけ連絡があった。受験のストレスから解放され、再びバレーボールに打ち込み始めたという報告だった。彼女の声は、以前のような疲労の色はなく、活気に満ちていた。

 「和樹くん、本当にありがとう。和樹くんがいてくれたから、私、頑張れた。大学でも、またバレー、頑張るから!」

 その言葉は、和樹への感謝と、彼女なりの「卒業」の挨拶だった。彼女の瞳の奥に、かつての独占欲や、報われない片思いの苦しみが、微かに揺れているのを感じたが、彼女はそれを乗り越え、アスリートとして、そして一人の女性として、力強く前へと進んでいくのだろう。


 山本結衣からは、大学のサークル活動で忙しくしているという話を聞いた。彼女の明るく社交的な性格は、大学でもすぐに多くの友人を引きつけるだろう。和樹との関係は、彼女にとって「忘れられない青春の記録」として、心の中に大切にしまわれたようだ。彼女の笑顔は、新しい環境での充実した日々を物語っていた。


 伊藤楓からは、共通テストの合格発表後、一度だけ自宅に招かれた。彼女は和樹の「癒やしの手」が、陸上部引退後の精神的な支えになったと語った。

 「和樹くん、本当にありがとう。あなたがいなかったら、受験、乗り越えられなかった。これからも、もし、本当に辛くなった時、またお願いしてもいいかな?」

 その言葉は、肉体関係の終了を示唆しつつも、精神的な「癒やし」としての和樹の存在を求めているかのようだった。和樹は、彼女の瞳の奥に、和樹への報われない片思いの苦しみが、しかし、それを乗り越えようとする、強い意志の光が宿っているように見えた。和樹は、静かに頷き、彼女の決意を尊重した。彼女もまた、新しい環境で、自身の目標に向かって力強く進んでいくのだろう。


 和樹と咲良は、大学卒業後、約2年で結婚した。咲良の憧れた通り、和樹との間で具体的な将来の計画が進展し、二人の間には、可愛らしい子供も生まれた。和樹の長年の片思いは、完璧な形で報われ、二人の体と心の絆は、他のどの関係性よりも深く、揺るぎないものとなっていた。


 しかし、和樹の知らないところで、あの「青春の思い出の証」が、ひっそりと育まれていた。咲良以外の女子の一部は、和樹との関係を諦めきれない、あるいは青春の特別な思い出を形に残したいという強い思いから、咲良に内緒で妊娠し、シングルマザーとして出産・子育てをしていた。彼女たちの母親には、不幸があり、生まれた子供(女の子)が高校生になった頃、母親の遺言(あるいは遺品の手紙など)によって、父親が西山和樹であること、そして月島咲良の存在を知ることになる。


 和樹と咲良の元に、ある日突然、見知らぬ女子高校生が訪れる。その子には、かつて和樹と深く身体を結びつけた、あの女子たちの面影が宿っている。和樹と咲良は、そこで初めて自分たちに子供がいた事実を知り、大きな衝撃と葛藤を経験する。和樹の「選択」が、時を経て、新たな「選択」を迫る形となる。しかし、最終的に、二人はその女の子を受け入れ、家族として共に生きていくことを決意する。


 和樹の青春は、月島咲良との報われた片思いによって最高の形で結実したが、同時に、報われなかった他の女子たちの片思いは、形を変えて「子供」という証を残した。それは、ほろ苦くも、愛おしい、複雑な、しかし間違いなく「和樹の物語」の一部だった。和樹と咲良、そして予期せぬ娘との新たな家族の物語が、ここから始まるのだった。

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