第50話 『バレンタインの告白とそれぞれの選択』

 二月中旬。受験の真っただ中、張り詰めた緊張感に包まれた高校には、一年に一度の甘いイベントが訪れていた。バレンタインデー。西山和樹は、机の上の参考書を閉じて、大きく息を吐いた。共通テストの手応えはあったものの、私立大学の個別試験が目前に控えており、安堵には程遠い。そんな彼の心を、微かに甘い香りが満たしていく。


 昼休み。教室は、普段の喧騒に、チョコレートの甘い香りが混じり合い、どこか浮かれた雰囲気に包まれていた。女子生徒たちが、友人同士や意中の男子にチョコレートを渡し合っている。和樹の元にも、何人かの女子から、義理チョコと分かるような市販のチョコレートが手渡された。しかし、和樹が本当に待っていたのは、ただ一人からのものだった。


 「和樹、これ」

 そう言って、月島咲良が、小さなラッピング袋を差し出してきた。彼女はいつも通り涼しい顔だが、その頬は微かに赤く染まっている。袋の中には、手作りのチョコレートクッキーが入っていた。和樹は、それが義理チョコではないことを、直感的に悟った。咲良の温もりと、愛情が、その小さなクッキーから伝わってくるようだった。

 「ありがとう、咲良。手作り?」

 和樹が尋ねると、咲良は少し照れたように頷いた。

 「うん……昨日、頑張って作ってみたの。受験で疲れてるでしょう?これでも食べて、もう少し頑張りなさい」

 その言葉は、いつもの咲良らしい、少しだけ上から目線な優しさだった。しかし、その瞳の奥には、和樹への深い愛情が宿っているのが分かった。和樹は、その言葉とクッキーに込められた咲良の想いを、深く胸に刻んだ。


 咲良と話していると、佐々木梓が、小さくラッピングされたチョコレートを手にして、和樹の席にやってきた。彼女はいつもの落ち着いた表情だが、その瞳には、和樹への複雑な感情が入り混じっていた。

 「西山君、これ。少し早いけど、バレンタイン」

 梓はそう言って、和樹にチョコレートを差し出した。それは、市販品だが、可愛らしいラッピングが施されている。その中に、一枚のメッセージカードが添えられていた。

 (和樹君、いつもありがとう。あなたの手が、私を一番癒やしてくれるから。これからも、私を一番気持ちよくしてね。――梓より)

 和樹はメッセージを読み、梓の瞳を見た。そこには、和樹との秘密の関係性への感謝と、継続を求める、切実な願いが込められているのが分かった。梓は、咲良の存在を意識しているのだろう、和樹から視線を外すと、すぐに立ち去っていった。


 次にやってきたのは、小林遥だった。彼女は、手作りの、可愛らしいデコレーションが施された小さなカップケーキを差し出してきた。

 「和樹くん!ハッピーバレンタイン!これ、私、頑張って作ったんだよ!」

 遥は満面の笑顔でそう言ったが、その瞳の奥には、和樹との間に共有された秘密が宿っている。カップケーキには、小さなメッセージピックが刺さっていた。

 (和樹くんは私のヒーロー!これからも、ずっと一緒にいてね。――遥より)

 和樹はメッセージを読み、遥の瞳を見た。そこには、和樹への感謝と、彼への甘えたような依存が込められているのが分かった。遥は、咲良の方をちらりと見て、少しだけ頬を染めた後、笑顔で和樹に手を振って去っていった。


 続いて、高橋梨花が和樹の席にやってきた。彼女は、アスリートらしく、余計な装飾のない、シンプルなラッピングのプロテインバーを差し出してきた。

 「和樹くん、これ。バレンタイン。受験、頑張ってね」

 梨花の声は、普段通りきっぱりとしているが、その手は、和樹にプロテインバーを渡す際に、一瞬だけ和樹の指先に触れた。その指先から伝わる熱が、和樹の胸を高鳴らせる。プロテインバーには、小さな付箋が貼られていた。

 (和樹くん、私を一番気持ちよくしてくれるのは、和樹くんしかいない。これからも、ずっと私を支えてね。――梨花より)

 和樹はメッセージを読み、梨花の瞳を見た。そこには、和樹への深い信頼と、他の女子たちへの牽制、そして独占欲が込められているのが分かった。梨花は、和樹の視線を受け止めると、小さく頷き、すぐに席に戻っていった。


 山本結衣は、カラフルなキャンディが詰まった小さな袋を差し出してきた。

 「和樹くん!ハッピーバレンタイン!これ、バスケ部の皆にもあげてるから、義理チョコだけど、和樹くんには特別だよ!」

 結衣はそう言って、ウィンクした。しかし、彼女の言葉とは裏腹に、袋には手書きのメッセージカードが添えられていた。

 (和樹くん、いつも私のこと、癒やしてくれてありがとう!また、最高の時間、過ごそうね!――結衣より)

 和樹はメッセージを読み、結衣の瞳を見た。そこには、和樹への感謝と、再び深い関係を求める、彼女らしい率直な気持ちが込められているのが分かった。結衣は、和樹の顔を覗き込むように笑い、そのまま去っていった。


 最後に、伊藤楓が和樹の席にやってきた。彼女は、手作りの、シンプルな焼き菓子を差し出してきた。見た目は地味だが、一つ一つ丁寧に作られているのが分かる。

 「和樹くん、これ。バレンタイン。いつもありがとう」

 楓の声は、普段のストイックさとは異なり、少しだけ柔らかかった。焼き菓子の袋には、小さなリボンが結ばれており、そこに手書きのメッセージカードが添えられていた。

 (和樹くん、私を一番理解してくれるのは、和樹くんしかいない。これからも、私のこと、支えてくれると嬉しいな。――楓より)

 和樹はメッセージを読み、楓の瞳を見た。そこには、和樹への深い信頼と、彼への依存、そして、彼女の心の内を垣間見せるような、特別な感情が込められているのが分かった。楓は、和樹の視線を受け止めると、小さく頷き、静かに自席に戻っていった。


 和樹は、机の上に並べられたチョコレートやプレゼントを眺めた。咲良からの、愛情のこもった手作りのクッキー。そして、他の女子たちからの、それぞれ和樹との秘密の関係性を示唆するような、意味深なメッセージが添えられたプレゼント。和樹は、咲良への深い愛情と、彼女を選んだことへの確信を胸に抱きながらも、他の女子たちとの関係を将来的にどう清算していくかという、新たな課題に直面していた。バレンタインデーは、和樹にとって、それぞれの女子からの「告白」であり、同時に、彼の「選択」が、いよいよ現実のものとなっていくことを突きつける、象徴的な一日となった。

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