第2話 パラレル2


「母の死に目に会えなかった運命と納得。これはフィクションです。」


私の名前は青澤影苦労。親が「影で苦労できる人間に」と名付けたが、正直言って恨みがましい。もっと普通の良い名前にしてほしかった。


今年58歳。漫画家志望だが、描けない。フリーターでダメ人間。ADHDで一人暮の生活を送っている。亡くなった叔母と父と母の年金で暮らしている。秋口には再就職したいと思っているが、その気力すら湧いてこない。


最近、カクヨムに「ノッペラボウ」がテーマの女体化ありの小説を投稿したが、全く人気が出なかった。次の題材に悩んでいる。家の前に犬のフンがあるのを見て、それを題材にした小説を書こうかとさえ考えている。そんな私の人生に、母の死が訪れた。


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3月27日の夕方、母は息を引き取った。小学6年生の時に両親は離婚し、母は再婚相手を一昨年に亡くして、都会から離れた田舎で一人暮らしをしていた。昨年の暮れに腰の骨を折り、入院した際に末期のがんが見つかった。


母は私に会いたくないと言っていたそうだが、遺書や墓の問題など全て頼んでいた団体から、亡くなる少し前に連絡があった。病院から退院して施設に入ったが、医者からは「先は長くない」と言われ、本人も「死にたい」と言っていたという。


その母と団体の人を通じて3月27日の昼に母のいる施設に行く予定だった。しかし、私の持病である蜂窩織炎が発症し、38度以上の熱が出てしまった。「母と会うのは中止させてください」と連絡した矢先、夕方に「母が亡くなった」との連絡を受けた。


その後、母の火葬には出席し、遺言通り相続のお金も受け取った。だが、親孝行しきれなかったこと、最後に母が苦しんだのではないかという思いが、ずっと私の心に引っかかっていた。


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7月のある夜、私は奇妙な夢を見た。


白い霧に包まれた部屋で、母が座っていた。若返って、私が子供の頃の姿だった。


「影苦労、来たのね」


母の声は、思っていたよりも優しかった。


「母さん...最後に会えなくてごめん」


「気にしないで。あなたが来なかったのは、私が望んだことよ」


「え?」


「実はね、あの団体の人には頼んでいたの。あなたが来る直前に、『息子さんが病気になりました』と嘘の連絡をするように」


私は驚いて言葉を失った。


「でも、なぜ?」


「私ね、最後の姿を見せたくなかったの。あなたの記憶の中の私は、もっと元気な姿でいてほしかった」


母は微笑んだ。


「それに、あなたが来ていたら、私、泣いて苦しんで醜い姿を見せてしまうと思ったの。だから、あなたの蜂窩織炎は嘘よ。あなたは健康だった」


「そんな...」


「最後の日、私は痛みもなく、穏やかに逝ったわ。看護師さんが手を握ってくれて、寂しくなかった。だから、自分を責めないで」


母の姿が少しずつ霧の中に溶けていく。


「あなたの名前、影苦労...本当はね、『影から人を支える強さを持った人になってほしい』という願いを込めたのよ。お父さんと私の考えが違って...ごめんなさい」


「母さん、待って!」


「もう行かなきゃ。でも、あなたの書く物語、いつか読者の心に届くわ。諦めないで...」


母の姿は完全に消え、私は目を覚ました。


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翌朝、私は不思議と心が軽くなっていた。夢だったのか現実だったのか分からないが、母の言葉が心に残っていた。


その日、私は久しぶりに漫画を描き始めた。題材は「母の死に目に会えなかった運命と納得」。フィクションと現実が入り混じった物語だ。


数日後、私は母の遺品を整理していた団体の人から電話を受けた。


「青澤さん、お母様の日記が見つかりました。最後の日の記述があります」


私は震える手で日記を受け取った。最後のページには、3月27日の日付で短い文章が書かれていた。


「今日、影苦労が来るはずだったけれど、来なくて良かった。私の苦しむ姿は見せたくない。団体の人に頼んでおいて正解だった。息子よ、幸せに生きて。あなたの名前には、『影から人を支える強さを持った人になってほしい』という願いを込めたのよ。」


私は涙を流した。夢で見た母の言葉と全く同じだった。


その夜、私は書き始めた漫画の続きを描いた。母との最後の対話、そして不思議な夢と日記の一致。これがフィクションなのか現実なのか、もはや私にも分からない。


だが一つだけ確かなことがある。母は最後まで私を思い、私を守ろうとしていたということ。そして、私の名前に込められた本当の意味を教えてくれたということ。


「影から人を支える強さを持った人」


私はペンを握りしめた。これからは、母の願い通りの人間になろう。そして、読者の心に届く物語を描こう。


母の死に目に会えなかったことは、もはや後悔ではない。それは母が選んだ最後の親心だったのだから。

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