第4話

 文化祭まであと数日。生徒会室は、連日徹夜で準備に追われていた。


「竜也、ちょっと休憩しないか?」


 生徒会長の海斗が、俺に声をかけてきた。俺は資料から顔を上げ、大きく伸びをした。


「そうですね。少し疲れてきました」


 俺たちは飲み物を持って、屋上へと向かった。夜空には満月が輝き、学園の屋上からは街の夜景が一望できる。


「鈴音との劇、順調そうだな」


 海斗が静かに言った。


「ええ、まあ。なんとか」


「竜也、鈴音は、君にしか見せない顔がある。それは、俺たち生徒会の人間がみんな知っていることだ」


 海斗の言葉に、俺はハッとした。鈴音は、俺にだけ毒舌になる。それは、彼女が俺に心を開いている証拠だと、以前は信じていた。


だが、あの裏切りの言葉を聞いてから、その自信は揺らいでいた。


「どういう意味ですか?」


「鈴音は、本当はとても臆病なところがあるんだ。自分の感情を素直に表現するのが苦手で、だからつい、強がってしまう。特に、大切な相手には、ね」


 海斗は、遠くの夜景を見つめながら言った。その言葉は、俺の心に深く染み渡る。


「……僕にとって、鈴音は大切な幼馴染です」


「だろう? だからこそ、鈴音は君にだけ、素の自分を見せているんだ。それが、たとえ毒舌だったとしても、だ」


 海斗はそう言って、俺の肩をポンと叩いた。彼の言葉は、俺の中にあった疑念を、少しずつ溶かしていくようだった。


 その時、屋上のドアが開き、一人の女子生徒が顔を覗かせた。彼女は、学園新聞部の部長、吉川沙希。彼女は常にスクープを追い求める、探究心旺盛なタイプだ。


「あら、生徒会長と副会長じゃないですか。こんな夜遅くまで、お疲れ様です」


 沙希はそう言って、俺たちに近づいてきた。その目は、獲物を見つけたかのようにキラリと光っている。


「吉川、何か用か?」


「ええ、もちろん。文化祭の目玉である、鈴音さんと竜也くんの劇について、少しお話を伺いたくて」


 沙希は俺と海斗の間に割って入り、録音機を俺に向ける。


「学園では、お二人の関係に様々な憶測が飛び交っています。幼馴染の仲良しコンビが、なぜか険悪なムードに……そして、突然の劇の共演。これは、何か深い事情があると見るべきでしょうか?」


 沙希の質問は、いつも直球だ。俺は言葉に詰まり、海斗も少し困った顔をしている。


「……それは、プライベートなことですので」


「そう仰らずに。読者は真実を求めていますから」


 沙希は執拗に食い下がってくる。その時、屋上の隅に隠れるようにして、もう一人の人影があることに気づいた。生徒会の書記、山田亮だ。彼はいつも影が薄く、あまり目立たない存在だが、なぜかこの場にいることに違和感を覚えた。


「あの、吉川さん。文化祭の準備も大詰めですので、あまり邪魔をしないであげて下さい」


 亮が突然、沙希に話しかけた。その声は小さかったが、意外にも沙希は一瞬怯んだように見えた。


「あら、山田くん。あなたもこんな時間に……」


「僕も、少し息抜きに」


 亮はそう言って、俺たちの隣に立った。


「……わかりました。今日のところは引き下がりますが、この件、必ず記事にしますからね」


 沙希はそう言い残して、屋上を去っていった。俺は亮に感謝の目を向けた。


「助かったよ、亮」


「いえ、とんでもないです。副会長も、大変ですね」


 亮はそう言って、俺に微笑んだ。その笑顔は、いつもより少しだけ、親しげに見えた。


 文化祭当日。学園は熱気に包まれていた。俺と鈴音は、劇の舞台裏で最後の準備を進めていた。


「ねぇ、竜也」


 鈴音が突然、俺の袖を引っ張った。その声は、いつもより少しだけ小さい。


「どうした、鈴音?」


「もし、劇が成功したら……私、言いたいことがあるの」


 鈴音はそう言って、真っ直ぐに俺の目を見つめた。その瞳には、今まで見たことのないような、真剣な光が宿っている。俺は、その言葉に胸が高鳴るのを感じた。鈴音は何を言いたいのだろう?


「わかった。絶対成功させよう」


 俺は鈴音の目をしっかりと見つめ返し、力強く頷いた。


 舞台の幕が上がる。俺と鈴音は、スポットライトを浴びて舞台の中央に立った。


——劇が始まる。

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